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進むということ

俺はすぐにレオニをなんとか動かそうとしたけれど……ピクリとも持ち上がらなかった。結局、引き摺るのがやっとで、怪我を増やすだけとの判断をし、人を探すことにした。


しかし、少し経つと自分も負けず劣らずの重傷だと理解させられた。視界が揺れ始め、全身の至るところが痛んだ。かなり血を流したから仕方ないことだとは言え、自分の回復魔法ではどうしようもないレベルだ。


歩くのにも一苦労で、一歩進むごとに反れていってしまう。怪我をした状態で真っ直ぐ進むことがこんなに難しいとは思いもしなかった。


「はぁ……はぁ…… ぐっ……誰か、いないのか……!こっち、に……かな、り深い傷をっ……」


遂に体が限界を迎え、その場に倒れてしまう。倒れた時の衝撃で体に激痛が走り、自分の血が地面を赤く染めていく。


「あ……がぁ……う゛ぅ……! 誰か……気付いてくれ……!」


痛みのあまり、その場で身を捩りながらも、気付いてくれと声を出し続ける。


あれだけ賑やかだった街なのに、今じゃ静か過ぎるぐらいで、人の気配も感じられない。


感じられている気配と言えば、自分がゆっくりと近付いている……死の気配とも言うべき代物だろうか。


(痛い……痛い……! けどまだ生きてる、まだ生きている間に、レオニを助けてもらわないと……!)


今正常に機能している感覚と言えば、聴覚と痛覚だけだろう。しかし、その痛覚も段々と薄れてきている。


死が、明確に近寄ってきているのだろう。今この首筋に、死が手を伸ばし、握り締めようとしているように感じられた。


「だれ、か……来てくれ……レオニ、だけでもいいから………」


最早弱々しい声しか口から出ず、自分の視界が明滅を始めた瞬間だった。


体が持ち上げられる感覚と共に、声をかけられた。こちらに向けて何を言っているのかまでは聞き取れなかったものの、消え失せそうな意識を保ちながら、背後に目を向けると、レオニに男性が肩を貸し運んでいるのが見えた。


(あぁ……間に合っ、た……死ぬ前に、なんとかたすけが……)


見知らぬ人の焦る顔と、微かに聞こえた声が、最後に目に映る景色であり、聞く音だろう。別れた仲間と再度会えないのが心残りだったなと思いながら、ゆっくりと目を閉じた───


──────────────────


……体が重い。重いと感じるということは、生きてはいるのだろう。まず暫くは、戦闘等は行えないのだろうけど。


目をゆっくりと開く。幻想的な世界が見える訳でもなく、少し血の匂いがする為、あの地下街だろう。真っ先に目に入ったのは、石の天井ではなく天幕だった。


服を脱がされており、上半身が裸で寝かされていた。体に何ヵ所も巻かれた包帯と、外された義手を見ながら、また怒られるなと苦笑しながら体を起こす。


「……っ、なんだっ、これ……重っ……!」


上半身だけ起こそうとして、思うように動かない体に愕然とした。思っていた以上に体が重く、起こすだけでもかなりの労力を必要としている。


これではまた、長い間足止めを受けてしまう……


「……やっちまったか……」


頭を抱えたい気分だったが、義手は外された状態、右腕は吊られて固定されている為に動かせない。下手に動くなと言われているようだった。


……いや、動くなってことなんだろうけども。


「さーて、今日はどうかなぁ……お、目が覚めたのが一人……かなりボロボロだった赤毛の奴か。気分はどうだ?」


天幕の中に、男性が一人入ってくる。その際に見えた外の光が眩しくて目が眩んだのもあるが、顔の大部分を覆面で覆っており、人相までは分からない。


「なんとか大丈夫です……吐き気とかはないですけど……強いて言うなら体が重い、程度ですかね……」


「いやお前……それは当たり前だろ……血をあれだけ流したんだぞ、死んでもおかしくない量だった。体が重くなるのは当然だ……」


そう言うと男はそこで一旦言葉を切り、義手を手に取るとこちらに近寄ってきた。義手をつけながら、話を続ける。


「その年でこんなもんつける羽目になったってことは、相当無茶してるってことが嫌でも分かっちまうわ……っと、よし。付けるぞ、心の準備しとけ」


「……色々と始めるのが遅かったんです、よ゛っ……!」


強い痛みと共に義手が装着され、左腕の感覚が戻る。拳を握る、開くのを数回繰り返して動きに不調がないか確かめる。


「うし、問題ないみてぇだな……で、始めるのが遅かった、か……それでも無茶し過ぎだ。運んで来た時にはこりゃ駄目だって思われてたんだからなお前。心臓止まってたし」


「……本当に一回死んでたのか……」


「おう、本当に危ない所だった。それで体の重さは出血量が多かったのと、疲労によるものだな。それは飯食って休めば良くなるから心配ない。後、ついでに義手の整備もその手のやつがやってくれてたぞ」


そう言われ、義手に目をやる。そういやさっき動かした時に以前よりもスムーズに動かせたし、不安を煽るような音が鳴らなくなった。


見た目も綺麗になっており、煤や砂で薄汚れていたのが今では光を反射し、新品のように見える。


「整備はしっかりやっておけよ、ガタガタだったってよ」


「……やっぱり、騙し騙しじゃ駄目ですよね……」


「そりゃそうだ、お前も息抜きとかしなきゃ生きていけないだろ? 義手だって、そうして整備してやんなきゃガタがきておしまいだ。だから今はゆっくり休んどけよ? じゃ、またな」


会話を終えると、男性は天幕の外へ出て行く。そこで出会った誰かと話しながら歩いて行き、その声は聞こえなくなった。


そして上体を起こしているのもかなり辛くなってきた為、横になって天幕を眺める。そうしていると、人の声や歩く音が耳に入ってきて、少しだけ落ち着けた。


そうしているうちに、ふと気付いた。


「……幾らなんでも、暇過ぎる……やることがないってこんなに辛いんだなぁ……」


動かずにじっとしているというのも、少し辛い物がある。何か暇を潰せたらいいのだが……


「……本とか読みたいな……なんでもいいけど。こっちではまともに本読む暇なかったし」


昔は友達もいなかったから、ずっと休み時間は図書館に入り浸っていたなぁ……ヌシ扱いされてた上に、どこに何があるかまで把握してたっけ。


……此処等で止めよう、泣きたくなる。というより泣きかけた。昔のことを思い出すとかなり辛いことしかない……


「次誰かが来たときに、本とかあれば聞いてみよう……あるかどうか分からないけれど役に立つ知識が欲しいよな」


そうして暫く横になっていると、誰かが天幕に入ってきた。誰だろうと思いながら体を起こし、顔を見ようとそちらを向いた途端、頬を打たれた。そのタイミングで誰か分かったし、とんでもなくお怒りだと言うことも分かった。


頬を打たれたことにびっくりして、硬直していると、両肩に手を置かれて目を合わせて来た。咄嗟に、ものすごい怒気を放っている雛から目を反らしてしまった。


……想像してたよりも怒ってるぅ……そろそろ怒られても仕方ないなと思ってたけど物理はダメだよ、互いに痛いから……


「……また無茶したんですね」


「……アイツからは逃げられ無さそうだったからさ……レオニと二人でやったからなんとかって感じなんだよね」


「だからって……!」


「変えられそうにないんだよ、自分を。自分から死に向かっていってる気がするんだ……心の何処かで、それを望んでるのかもね」


死を望むのと同時に、繋がりが欲しい。でも繋がりを失うのは怖くて……だから死地に自分から突っ込んでいく。


死ぬのは自分だけでいいと、何処かで思っている大馬鹿者だ。昔から変わらない為に、全く進歩がないから質が悪い……


痛む頬を抑えながら、自嘲したような乾いた笑い声が口から漏れた。


「ハハ……可笑しいよな、繋がりを大切にしたいのに死にたいとか思ってるなんてさ……イカれてるよ」


「……じゃあ、動けなくなったり、瀕死の仲間の為に死ねと言われて死ねるんですか……?」


その言葉に、雛の方へゆっくりと向く。その顔はとても悲しげで、苦しそうだった。


仲間の為に……そう言われたら、俺はどうするのだろう。しかし……


「……どうしようもなかったら、選ぶかもね……」


「っ、そう、ですか……光牙さん……」


元々近かった距離が更に近付き、肩に置かれている手の力が離れ、背に回された。


「? 何を、して……」


「こんな危険な事をしてて、絶対無事に終わるなんて言えませんし、そう言える根拠だってありません。現に白焔さんが……亡くなってしまいましたし」


「……うん……そうだね……」


白焔のことは、未だにもっといい方法がなかっただろうかと考える。考えた所で、白焔が戻ってくる訳ではないのに。


自然に力がこもり、義手の拳を震える程握る。不甲斐ない自分に対しての怒りは、以前から散々抱いてきた。


「今、この瞬間にも皆さん、どうなってるか分からないですし……大変なのか、眠っているのか、それすらも分かりません……何か騒動に巻き込まれたりしているかも……それだけならいいです。皆さんならなんとか出来そうですから。でも、死んだらもう、絶対に会えませんよ……!」


そう言う雛の声は、途中から震えていた。俺達には、今のところ連絡手段が何もない。ここまで離れてしまっては、魔法を使っても意味がない。


もしも、仲間の誰かが道半ばで倒れても……その亡骸が見つけられない。自分が死んだ場合も同じで、もう皆と会えない……


そう考えると、ひどく恐ろしくなり、義手の震えが別のものに変わった。


「それでも、あなたは死にたいんですか……!?」


「雛……俺は……死ぬのも、繋がりが消えるのも怖い……死にたいかとどうかと言われると……死にたくないさ……死にたくないよ、そりゃ……!」


様々な感情が頭を過り、義手で頭を抑える。あぁクソっ、頭の中がごちゃごちゃだ…… 訳が分からない。


混乱し、感情がない交ぜになり、目から涙が零れ始めた。


「なぁ……俺、どうすればいいんだよ……一体どうすれば、繋がりを失わずに済む……?」


「……まずは、私達が強くなりましょう。守れる位に……そこからです。守れるかどうかは、私達次第ですよ」


雛は、俺の背を撫でながらそう言った。


結局のところは、進むしかないんだ……英雄にはなんて気はない。ただ繋がりを守れる位には、強くなりたい……!


雛の腕に包まれながら、強くそう思った。

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