体の限界。
距離を詰め、レオニが豪腕を振るう。それを岩の魔物は防ぐか避け、その隙に岩の魔物の拳が振るわれる。それを繰り返しているうちに、レオニの体には傷が増え、血が流れていた。
「レオニ、隙は俺がなんとか作る! だからちょっと落ち着け!」
「グオッ!?」
レオニの肩を借り、高く飛び上がって刀を突き刺す。岩の魔物は、刀を防ぐ必要すらないと考えたのか、避けすらしない。
実際、岩の魔物の体には切っ先が少し突き刺さる程度のダメージしか与えられなかった。
「やっぱりか……! なら、押し込んで……っ! 危なっ!」
刀を強く握り、肩口に向けて振り下ろそうとした時だった。岩の魔物の右腕がこちらに向けて突き出され、危うく串刺しになるところだった。
飛び乗っていた箇所から飛び降り、地面を転がりながら距離を取ると、直ぐ様炎を放ち、目眩ましをする。
岩の魔物の視界を奪った途端、レオニがその巨体を生かした体当たりを繰り出し、吹き飛ばした。岩の魔物は壁を突き破り、地面を転がっていく。
「ふぅ……危ないところだった……突き刺すだけじゃダメか……」
「ゴア……ウオォッ」
声を聞いて顔を上げると、レオニが呆れたような表情をしてこちらを見下ろしていた。
正直考えて戦うのは苦手なんだ、すまない。
しかし、それはレオニも同じだ。レオニの肩は今の突進で腫れ上がっている。
レオニには攻撃方法が素手と投擲しかない。投擲は中々当たらない為、素手によるダメージ覚悟の攻撃しか今は出来ないのが現状だ。
「……無茶させてごめん……さっさと決着つけようか!」
「ヴォウ!」
岩の魔物が立ち上がる前に駆け出し、顔に向けて剣を突きだしたが、刀を受け止められ、持ち上げられてしまう。
レオニもその隙に攻撃を仕掛けるが、足元から石柱を生やされ、避けた所をレオニよりも巨大な岩で狙撃され、吹き飛ばされる。
「グ、ガァァァ……」
「レオニ! くっそ、離せ!! 離せっての!」
刀を掴む腕を、必死に殴りつける。それでも岩の魔物の手は決して開かない。自分の抵抗がまるで響いていないことに気が遠くなりそうだ。
「だから、離せって──ガッ……!?」
今度こそと思い、拳を握りしめた瞬間だった。腹部に重い衝撃が走り、息が出来なくなった。
そのまま刀を離され、再度を腹部蹴り飛ばされた。地面をバウンドして吹き飛び、レオニが吹き飛ばされた場所の近くまで吹き飛ぶ。
「あっ、がぁぁ……う゛うっ……! げほっ、げほっ!」
腕に力を入れて体を持ち上げたが、持ち上げた途端、腹から込み上げてくるものに耐えきれず、噎せ返りながら吐き出した。
その吐き出したものは、地面に赤い染みを作りあげ、自分が受けたダメージの深刻さを告げていた。口からだけでなく、頭から感じる生暖かい感覚からして、頭からも出血しているだろう。
「げほっ、こりゃ……深刻だな……!」
口から垂れた血を拭い、ふらつきながらも何とか立ち上がり、構える。しかし視界が何度か揺らぎ、自分の体が限界に近いのを感じ取れた。
そうして意識を飛ばさないように思考を動かしているうちに、岩の魔物は目の前にまでやって来ていた。レオニに頼りたい所だが、レオニは頭や鼻から血を流して気絶している。
「もう、やるしかないだろ……!!」
近付いてきた岩の魔物に向け、横薙ぎに刀を振るう。しかし、その巨体は硬く、何度も刀が弾かれる。体に切れ込みすら入れられず、まるで歯が立たない。
弾かれる度に、小気味いい音が響く。その音が焦りを助長させていく。
何度か繰り返しているうちに、弾かれて体勢を崩し、尻餅をついてしまう。岩の魔物はそれを見ると、拳をゆっくりと振り上げ始めた。
「ちくしょう……! まるで歯が立たねぇ……! せめて脆い部分だけでも分かれば……!」
もう岩の魔物は確実に殺せると考えているのか、ゆっくりと拳を振り上げている。その間に脆い部分を見つけなければ、俺は地面の染みになるだろう。
(焦るな、落ち着け……! 良く見ろ……!! 弱点が確実にある筈だ!)
そう思いながら、ひび割れた箇所を見ていると、微かに光が漏れ出ているのが見えた。更に目を凝らすと、僅かに魔力も感じ取れた。
恐らく、ここが心臓部……!
「っ、そこか……! 全力で、突き刺す……っ!!」
刀を強く握り、柄に手を当て、体に突き立て押し込む。ひび割れていたこともあって、表面は容易く貫通できた。
それによって驚いたのか、岩の魔物の動きが止まる。
(動きが止まった! この機を逃したら俺は死ぬ、全身全霊で押し込め……!)
あらん限りの力で刀を押し込み、刀身の半ばまで押し込むが、そこで刀身が押し込めなくなった。どれだけ力を込めて押そうがびくともせず、引き抜こうと力を込めるも全く微動だにしない。
「……ハ……ハイ、ジョ……!」
そうしてもがいているうちに、岩の腕が高く振り上げられた。ゆっくりとした動きだが、攻撃を後一撃でも受ければもう立ち上がれないだろう。しかし防ぐのも不可能……詰みだ。
「くそっ……最後まで抗ってやる、例え意味なんて、なかったとしても……!」
刀から手を離し、拳を構える。それと同時に腕が勢いよく振り下ろされ、頭を強く打ち据える。
頭を硬いもので打たれ、重く、鈍い衝撃が駆け抜け、意識が少しずつ遠退いて行く。
体が前のめりになり、多量の血が地面に滴り落ちる。そのまま重力に従い、地面に倒れる……
「……ウガァァァァ!!」
寸前で、レオニが飛び込んで来た。血を流しているものの、必死で組み付き、岩の魔物の動きを妨害している。
「ガ、ガ……ジャ、マ……!」
岩の魔物が、しがみつくレオニの体を何度も殴りつける。その度に痛々しい音が響く。肉が裂けたのか、血が地面に滴り落ちる。
「っ、レオニ……!」
体があちこち痛み限界だと訴えるが、そんなこと知ったことか。ここで倒さなければ……!
ふらつきながら立ち上がり、岩の魔物に一歩ずつ確実に近付いて行く。腕が届く距離にまで近寄ると、強く拳を握る。
「これで……終わりだっ!」
柄の部分を全力で殴り付け、深く押し込む。
刀の切っ先が背部から突き出し、心臓部を貫くと同時に、岩の魔物の動きが完全に停止し、目から光が消えていく。
「ゴァ……グォォ……」
「レオニ!? おい、死ぬなよ……!」
岩の魔物が動きを止めたのを見届けると、レオニはその場で崩れ落ち、倒れた。
咄嗟に駆け寄り、脈や心臓の音を確認したが、気絶しているだけのようだった。焦りが消え、その場に力なく座り込む。
「ハァ……びっくりさせないでくれ……」
他に敵はいないか、辺りを見渡して確認する。さっと見ただけだが近くには敵の姿はないようだ。それに何かが壊れる音や、悲鳴も聞こえない。
かなり被害は大きいが、襲撃が終わったとみて良いだろう。使用した武器をしまいながら、静かになった周りの被害を見ながらその場に座り込む。
落ち着いて見てみると酷い惨状だった。瓦礫の下に、夥しい量の血と、力なく横たわっている腕。相討ちになり、血を流して倒れている魔物と亜人の2つの骸。何度も槍を突き刺されたのであろう、無惨な死体……
以前ならこんな状況を見て、吐き気を催していただろうが……いや少し来ているけども……耐えきれずに吐くということはなくなった。血の匂いに慣れて来たのかもしれない。
……それでも、嫌な匂いに変わりはないが。
突然視界がグニャリと曲がり、地面に腕を着く。急に頭が痛み出し、頭を抑え、顔をしかめながらも立ち上がる。一種の興奮状態が切れたのだろう、全く気にならなかった痛みが戻ってきた。
「……取り敢えず、合流しないとな……レオニを連れ……連れていけるのかこれ。デカ過ぎるし、今怪我だらけだし……まず皆が……無事だといいんだけど」
戦闘が終わり、漸く一息つけそうだと思うと同時に、どうしたら自分よりも大きな、レオニの巨体を運べるかで頭が一杯になった。