廃墟。
「龍人……? 馬鹿にしてるのか、龍人ならこんなギルドの職員として入れる訳ないだろう」
「……私はこの眼鏡で、自分の魔力や姿を隠蔽していますので。眼鏡が完膚なきまでに破損しない限り、騙しきれます……なので、そこで眠る青年には焦らされました。ギリギリ間に合ってよかったですよ、隠蔽」
……残念ながら、これが真実かどうかはミナスが眼鏡を外してくれないと分からない。ギルドの内部で姿を晒す訳にはいかないだろう。
いくら中々人が来ないとはいえ、だ。
「……では、龍人であるなら、左腕を龍化してください。そこに光牙さんが拳を振り下ろしますから」
「……分かりました」
スーツの袖を捲ると、ミナスの左腕が灰色の鱗に包まれていく。その腕をこちらの前に差し出してきた。
それを確認してから、躊躇せずに拳を腕に振り下ろすと、堅いものをぶつけあったような音が響き、右の拳からビリビリと痺れが肩まで登ってきた。
「これは……本当に鱗みたいだな……」
「では、よろしいですか? ……すべての龍人が、人間達と戦争をしようなんて考えている訳ではありません。数少ない黒龍の一族が、仕返しと言わんばかりに……」
「……ロア達か……あいつらもかなり人間を憎んでいたからなぁ……だからって殺すのは間違ってるだろう」
今でもたまに思い出すロアのロアとの戦闘。酷い重傷を負ったのはあの戦いが初めてだった。
……あの雷の威力や、ロアとの実力差を嫌でも刷り込まれた、あの戦い。人の感情に疎い俺でも理解できた強い憎悪。
奴だけは、絶対に止めなければいけない。
「それで? なんで俺達なんだ。他にも強い奴なんてゴロゴロいたろうに」
「人間では、何をしても届かないので。命を省みないでいけば、一撃程度は与えられるでしょうが……その為に骸の山を作るわけにはいかない」
……暫定的には、味方側と考えていいようだ。しかし……信用しきるのは危ういな。
まず、気を許せるような気がしない。ディーンのこともあるけれど……それ以外に何か、あるようなないような……気のせいか?
「……分かった。じゃあまず何をすればいい?」
「ありがとうございます。では、ここには廃棄された闘技場がありますので、そこの地下へ向かってほしいのです。そこに仲間達がいますから」
……仲間達、かぁ……
「……その人達も龍人か?」
「まぁ、一部はそうですね」
「それだけ分かれば十分だ。じゃあ俺達は向かう。ディーンのことちゃんと治してくれよ?」
話を切り上げ、出口へ向かって来た道を帰り出す。その道中、雛が話しかけてきた。
「あの……光牙さん。信用して大丈夫でしょうか、あの人」
「完全には信用してないよ。でも……多分悪いやつじゃないと思いたい」
誰も信じずに生きるというのは、もう懲りているし、嫌なものだ。何よりも辛すぎるんだ。全てが敵に見えて、相談できるような相手もいない。一種の軽い地獄だ。
「……ですね……悪人でないことを祈ります」
そうこうしているうちに、廃棄された闘技場に到着した。至る所に皹が入っており、下手に暴れようものなら崩れてしまいそうだ。
「……なるほどな、こんなとこ近付く物好きは中々いないって訳か」
「少々危ないですからね、ここまで廃れていると……」
辺りを見回しながら、どこかに地下への道がないかと闘技場の各地を巡る。時折席についた血痕を見つけ、ここはかなり昔から治安が悪かったんだろうなと思った。
「っと、あった……隠されてるもんだと思ったら全開なんだな……もう少し警戒した方がいいと思うんだけど」
地下へ向かう階段を見つけた。当たり前だが松明には火が灯っておらず、かなり暗かった。
「……確かに、これならバレないだろうけどさ。俺だって聞いてなきゃ何もいないだろうと思うし」
暗い空間を、目を凝らしながら進む。時折人影を見たような気もするが、木箱の山と、たまにボロボロになった武器が置いてあるだけだった。
……大抵、ボロボロになった武器は血塗れになっており、刃を見てもまともに斬れないようなものばかりだ。
「……確かにこれなら、観光目的に来るやつはいなさそうだな……」
「幽霊とか住み着いていそうですね……」
壁に手を当てながら、前に進んで行く。今にもそこの角から何かが飛び出して来そうだ。だが、足を止める気は全くしない。
なんて事を考えていると、背後で何かが落ちる音がした。急いで振り向くと、尻尾が少しだけ目に入った。
「……見つけた、っぽいな……」
「ですね、追いましょう」
まずは話を聞こうと、その尻尾が消えた角を曲がり、駆け出した。