決意。
……あれから長い間悩んだが、答えが出ることはなかった。様子を見かねた雛に、一度里の外へ歩きに出てみてはと言われ、今は里の外にある、森の中を歩いていた。
天啓のように解決策がパッと頭に浮かべば、どれほど気楽になれただろう。
しかし、そんな単純にいかないのが人の悩みというものだ。一人で悩んでもいい結果が出ないのは明白。それでもこんなこと打ち明けられるものかと、一人で抱え込む……こうして、悪い意味での循環が出来上がる。
「慣れるか、殺さない戦い方を模索するしかないんだろうな……」
仲間の白焔をベースとした敵を斬るだけでこれだ。次こんなことがあったら斬れるかと言われると、とてもじゃないが斬れない、そんな思いが頭の中に渦巻いている。
「はぁ……難しいな……」
自分は出来れば殺したくないのだろう。しかし敵なら……最低でも無力化をしなければならない。ここで皆の戦闘能力を思い浮かべて、変な笑いが顔に貼りついた。
「……無力化を狙うには骨が折れそうな相手、ばかりだな……」
そう、まず皆が自分と同等かそれ以上なのだ。こんな魔物が溢れる世界で生きてきたのだから、分かりきったことだったのだが。
それによく考えれば、無力化ができるのは自分より格下の相手だけだ。格上に無力化を試みるのは愚策でしかない。
八方塞がりだと感じ、苛つきながら頭を掻く。
「はぁ……体を動かすことが出来ればいいんだろうけどさぁ……」
そう呟いた途端、背後から枯れた木の枝を踏み折る音がした。その音の方向に顔を向けると、緑色の皮膚をした醜悪な顔を持つ小さな鬼……所謂、ゴブリンが群れをなしてこちらを見ていた。
「……最悪だ、俺は今武器持ってきてないんだぞ」
「グカカカ……」
その場に立ち上がりながら周囲を見回す。ゴブリン達はそれぞれの手に、無格好な武器を持ち、笑いながら囲む輪を狭めてきた。
「はぁ……ボロ雑巾になっても知らないからな、お前ら」
そう言いながら、格闘の構えを取った途端、背後のゴブリンが突然飛び上がり、棍を頭に向け振り下ろしてきた。
「怪我するわけにはいかないんだよねぇ。君たちには、容赦出来ないんだ」
「グギャウ!? ガァ……!」
振り下ろされた棍を掴み、地面に叩きつけてから醜い顔を踏み抜く。
何かが砕ける感覚を足に伝えてから、ゴブリンが持っていた棍が地面に落ちる音がした。その棍……棍というより木の棒だが、それを拾い上げながらゴブリン達を睨む。
「……で? 次は? 誰が来るのさ」
ゴブリン達は、仲間やられてしり込みしており、群れのほとんどが踵を返して逃げ出したが、五匹ほどその場に残った。顔には恐怖のような表情が張り付いていた。
「へぇ……精々憂さ晴らしにはなってくれよ」
その後、森には殴打の音と、ゴブリンの悲鳴が響いた。
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「……くっせぇ、鼻曲がるわ」
全身の至る所が返り血で濡れている。周りには残った五体のゴブリンがそれぞれ別の死に方をしており、一体の頭には棍が頭の半ばまでめり込んでいた。
「……死体は、放置……するしかないか……」
頬に着いた血を拭い取りながら、めり込んでいた棍を持ち上げる。雑な作りだったようで、大きな罅が入っており、その場で棍を放り捨てた。
「もう使えないな……打撃武器も、一つの戦術として考えておくか。案外、力任せに殴り付けるのもたまにはいいな」
考え事をしながら、その場に佇んでいると、ポツポツと雨が振りだし、次第に雨足が強まっていった。
「……急いで戻るか」
雨が降るなか、滑りやすくなっている地面を全力で駆ける。
時折滑りそうになったものの、家に問題なく辿り着いた。
「……結局、気分は晴れなかったな……」
少しはマシになったと思っているが、それでもほんの少しだけだ。もう一度考えてみると、今ではなんで仲間が殺される前提だったのかと思う。しかし、気分は全く晴れないどころか、モヤモヤとした気分が強まっている。
そのモヤモヤとした気分が、やがて押し潰されそうな不安感に変わり、やがて頭を抱え込む。
「……気持ちわりぃ……」
壁にもたれかかり、そのままズルズルと滑り落ちて蹲る。
「本当、難しいや……」
取り敢えず、このままでは駄目だと、目を閉じて少し眠りについた。
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「……牙さん、光牙さん! そんな所で寝たら風邪引きますよ!」
誰かに体を揺すられ、目を覚ます。雨音はもう聞こえなかったが、外が暗くなっていた。
「あ……ごめん雛。寝ちゃってた……」
「いえ、それはいいんですけど、場所が問題ですね……」
確かに、玄関近くで寝ると冷える。雛に感謝を伝えようと顔を上げると、その手に小さな刀と、見知った上着を持っていた。
「あれ……なんで雛がそれを?」
「光牙さんが、完全に忘れてたようなので代わりに取ってきましたよ」
……しまった、完全に忘れていた。明日の昼にはここを出るのだから、取りに行かねばと考えていたのに……
「あー……ごめん」
「大丈夫ですけどね? それで、どうです? 少しは楽になれましたか?」
そう問いかけられて、その視線から目を反らすことしかできなかった。
……答えは出ない、その上頭の中は今もぐちゃぐちゃのままだ。
「……大体分かりましたよ。取り敢えず、進んでいきましょう。ほら、これ着てみてください」
そう言われ、手渡されたのは、白焔の毛を使い強化されたコート。赤地に黒のラインが入っていたものが、白地に赤のラインが入っているものに変わっていた。
「名前が着くほどの性能らしいですよ。耐熱効果は勿論、寒冷地に行った時には体を冷やさないようにしてくれるようです」
いや待て、ただのコートから跳ね上がり過ぎでしょ。
「……これが俺の最終装備になりそうだなぁ……名前は?」
「それは自分で付けろとのお達しでしたね。脇差しの方は……火花、というそうです」
話を聞きながら、脇差しを鞘から引き抜く……刀の美しさというものはよく分からないけれども、とても良いものを作ってくれたと感じた。
「なるほどねー……じゃあコートは自分の感性で名付けないといけないか……」
……正直に言ってしまうと、良いものが思い付かない。コートの名付けなんてしたことがない。
「……あー……」
「決意と誓いの衣・白焔でいいんじゃないですか?」
「……そうだね。自分に必要なのは誓いだ……もう二度と、失わない」
最後の方は呟く程の声の大きさになっていたが、誓いを声に出してからそのコートに袖を通す。
確かに白焔は死んでしまった。でも、白焔は近くにいる。これを着ているとそんな気がしてくる。
「……吹っ切れましたか?」
「多分ね。明日までには踏ん切りをつける……色々とありがとう」
「いえいえ、困った時には力を合わせていきましょう」
この日はこのまま、明日に備えて眠りについた。眠るのには少しかかったが、白焔に跨がってあの森を駆ける夢を見た。
……これが現実になればよかったんだけども……時は決して巻き戻せない。優しくも、とても悲しい夢だった。
だから進む。白焔のような犠牲を出さない為にも……夢の中で、そう決意を固めた。