重責。
「……行くぞっ!!」
刀を構え、全力で駆ける。強く握り過ぎて、手の感覚が薄れていたが、生暖かく感じるということは恐らくそういうことなのだろう。
「ウォォォン!!」
狼は刀を注視しながらも、俺の首を狙っているらしく、先ほどから首めがけて飛び付いてくる。刀で往なすようにしているが、衝突した際の衝撃で手から離れでもしたらその時が最後だ。
だから、叩きつけることにした。
「でぇぇぇぇい!!」
「ギャオン!?」
峰の側を、狼の鼻の頭に叩きつける。叩きつけた際に何かが砕けるような音がした。恐らく、牙が砕けたのだろう。何度もやって来たこととはいえ、元は仲間の体だから少し心が痛む。しかし……
「そんなこと気にしてられるか、もう終わらせるっていったんだからさっ……!!」
間髪いれずに狼の顎を蹴りあげ、浮いた所に左の義手の拳を叩き込む。狼は血を口から吐きながら、地面を転がった。
「雛、今だよ!」
「すみません、どうか安らかに……!!」
雛が魔力の矢をつがえ、それを宙に放つ。放たれた矢は屋根を貫き、空で何度も分かれ、地面へ雨のように降り注ぎ土煙が舞う。
「……これで、終わってるといいんだけど……」
そう言った途端、矢の雨を突っ切りながらこちらに駆けてくる狼の姿が目に入った。矢が何本も体に突き刺さっているのにも関わらず、速度を落とさずに駆けている。
「やっぱそう簡単に終わってくれる訳、ないよなぁ……」
狼に向け刀を構え、そのままジリジリと距離を詰めていく。しかし、全力で駆けている狼を見失い、狼の突進をもろに受けてしまった。
「うっあ……!!」
「ガァァ……!!」
少し地面を転がる程度のダメージだが、腹に入った衝撃は無視できない。腹部から何かが込み上げていて、今にも吐きそうだ。
耐えきれず、口を押さえて蹲っていると影がかかる。狼が首を狙い、飛びかかっているのだろう。影も丁度それぐらいの大きさだ。
「光牙さん!」
「大丈夫……」
肩口に牙が突き刺さる。肩が熱くなり、上下の顎による圧力によって尋常じゃないほどの痛みが走る。
「があぁぁぁ……! クソ痛ぇ……!」
「ルオォォ……」
おまけに斬られていない爪が体を引っ掻き、その部分から血が流れる。今にも紅蓮を持つ手から力が抜けてしまいそうだ。
あぁ、みっともなく泣いて叫びたくなる。痛みには全く耐性がないんだよ俺は。それでも、ここに来てからはマシになったが。
刀を手放しかけていた手に再度力を込め、握り直す。狼の体を左の義手で押さえつけ、紅蓮で深く貫く。
「グ……ガァ……」
「……ごめんな、白焔」
……本当に嫌になる。自分達の仲間を手にかけなければいけなくなるのだから、精神的なダメージも大きいだろう。……本当に、ひどい物を作ってくれた。
「グルル……ルオォォ……」
「……あぁ、分かってるよ。終わりにする」
相変わらず、何を言っているかなんて分かる訳もなかったが、その声が終わりにしてくれと言っている気がして、一気に刀を引き抜いた。
体中に勢いよく血が降りかかるが、微動だにせずその血を浴びる。最早赤くない部分を探すのが難しいほどだろう。
紅蓮についた血を払いその場に突き刺してから、肩口にある狼の顎を掴み、牙を引き抜く。そうすると、狼の体は地面に落ち、その場に横たわった。
こうやって白焔の亡骸を見るのは、二度目だがその亡骸を見ても、あの深い悲しみが来ることはなかった。今あるのは終わらせたという感覚しかない。その感覚と共にその亡骸に右手を乗せ、語りかける。
「……お疲れ様、白焔。思い返せば、お前に無茶ばっかりさせてたよ。特に暴虐の嵐の時にはお前がいなきゃどうなってたか……どうかゆっくり、休んでくれ……」
そう言いながら、自分もその場に倒れかけたが、誰かの腕に支えられた。
「全く、無茶しすぎです……!」
「……雛……? 離れた方がいい、汚れてしまうよ……」
「もう土埃や煙で真っ黒ですよ、今更血塗れになってもあまり変化はありません。……外には里の人達がいます。騒ぎが起きた途端、皆起きてこっちに来たんです」
そう言う雛の顔を見ながら、肩を貸されて運ばれていく。紅蓮のことを忘れかけていたが、もう片方の雛の肩に背負われていた。
「……いつも、ごめん……」
「謝るぐらいなら無茶の頻度を減らして下さい!!……全く」
盛大に怒られてしまった。誰かに怒られるなんて、いつぶりだろうか……久しぶりというか、怒られた経験がなかった気がする……怒ってくれる人がいる時は、怒られるようなことをする気もなかったし。
丁度日が昇り、その光が目に飛び込んでくる。目が眩んで顔をしかめながら、日差しを手で遮る。
「……雛」
「なんですか?」
「そろそろ、ここから出ていこう……白焔を弔ってから、自分の足で」
できることなら、ここでずっと止まっていたかった。でもロアの奴を止めないといけない。今回の事件で、強くそう思った。
「……ですね……ここの人にも迷惑がかかりますし……」
あっ、そっち方面は考えてなかった……しかし、その通りだ。
最後にもう一度、白焔の方に振り向く。奇跡なんて起こらず、血溜まりの中に横たわったままだった。
「……ごめんな、白焔……何度も言うけど、お疲れ様……」
疲労が蓄積しきった体ではそう言うのがやっとだった。もっと他に言いたいことがあった筈なのに……!
「ごめんな……!」
謝ることしかできない自分に腹が立ってしかたがない。結局繋がりは一つ、断たれてしまった。
「クソッ……」
これからはこの後悔も背負っていくことになると思うと、辛いと感じるより先に、重くなったと思うのが先だった。