苦労。
「私がフォローします、気にせず突っ込んで行ってください!」
「あぁ、頼んだよ雛……! これでダメージ覚悟で突っ込まなくて済みそうだ!」
雛が魔力で編んだ矢をつがえるのを横目で見ながら、刀を構え走り出す。纏った光は既に粒子となって消えているが、恐ろしくは感じなかった。
「いぃぃぃやぁぁ!!」
走る勢いを利用しながら、刀を横凪ぎに振るう。狼はそれを跳ねて回避したが、足に魔力で編んだ矢が突き刺さる。
(隙を作って、そこに矢をしこたま撃ち込んでもらうか、その逆でもいいな……)
距離を取った狼に対し、全力で地面を蹴り、肉薄する。狼の前足が振るわれるが、それを刀で受け、弾く。
「ここだ!!」
「ガァァァァ!?」
狼が体勢を崩した途端、返す刃で肩口からバッサリと切り裂いた。しかし……
「……浅いかっ!」
「グルァァァア……!」
ギリギリで一歩下がられたらしく、致命傷には至らなかった。黒い体毛とどす黒い血が、地面へ落ちる。
「私を忘れないでください!」
そんな言葉と共に、矢が風を切って飛来する。先程斬った箇所に、深く突き刺さった。
「ガァッ!? グァァァ……」
「……もう、終わりにしようよ。君も限界だろう?」
倒れかけている狼から、言葉が返ってくる筈もなく、狼は足を震わせながら立ち上がる。
それに合わせ、刀を地面に鋒が着きそうな程に低く構える。それを見て、狼が走り出した。ギリギリまで待ち、狼の牙が俺の皮膚に届きそうになった瞬間、刀に炎を纏わせる。
「……飛焔」
炎に包まれた鋒を地面につけ、地を焦がしながら振り上げる。狼は炎に焼かれながら吹き飛び、憐れな声をあげながら地面を転がる。
「……やっぱり、刀身が当たらない。咄嗟に体を捻ってやがる」
狼の体についた炎はすぐに消えたが、今回は体に切り傷はなかった。全身ひどい火傷だが、それでもまだ戦おうと、立ち上がろうとしている。
しかし足には力が既に入らないのか、何度も地面を引っ掻くような状態になっている。
「光牙さん! どうなりました……?」
雛がこちらに駆け寄ってくる。そして狼が生きていることを確認すると、静かに弓矢を構えた。
「グルルル……」
「ごめんな……どうか、安らかに眠ってくれ………」
刀を逆手に持ち、振り下ろそうとしたその時。狼が口を大きく開いた。
「っ!? やっば、雛!」
「わっ!? 一体何を……」
咄嗟に雛を突き飛ばすが、既に遅い。ダメージは免れないものの、酷い怪我を負うレベルではない筈だ。それを確認すると、地面に刀を突き刺し、吹き飛ばされないようにして、歯を食いしばって痛みに備える。
「アオォォォォォン!!」
遂に咆哮と共に衝撃波が放たれ、様々なものが吹き飛んだ。
「ぐうっっ……! がぁぁぁ!!」
「キャアァァァ!!」
雛も、自分の体も吹き飛ばされるが、それより早く吹き飛んだ石が体を掠め、その箇所から血が垂れる。しかしこんな怪我なら問題ないと、吹き飛びながら、次はどうすればいいかと必死に考えていた。
(どうすればいい、相手はもう既に限界だけど、この紅蓮にはまだ慣れてないからまともに斬れやしない! 雛の援護射撃も同じだ、当たるとしても足とかで間違っても急所じゃない……!)
背中に走る衝撃で、意識が現実に戻ってくる。その時には既に狼はフラフラとしながらも、その場に脚をつけて立っていた。
「あぐっ……! ごほっ、ごほっ……ダメ元でやるしかないな……!」
背中に走った鈍い痛みを堪え、刀を杖代わりにして、ノロノロと立ち上がる。そして雛の方に振り向き、語りかける。
「……雛、一回だけでいい。大きな隙を作れるかな?」
「……一度だけなら、なんとか……!」
「頼んだよ……合図したらお願い!」
そう言いながら、真っ直ぐに駆け出す。狼の爪や牙を刀で受けながら、時折突きや拳で攻撃を加えて行く。
しかし素早さでは狼の方が早いため、早々に自力での差が表れ、爪による攻撃を掠め、鮮血が宙を舞う。
「あぁくそ、いったいなぁ……!!」
爪を刀で受け、そのまま力任せに刀を振るう。狼の爪を切り裂きながら、狼の体が吹き飛んだ。
「さっきから痛いんだよ、もうそろそろ……終わりにしようよ」
指で頬から流れる血を拭いながら、狼に刀をの切っ先を向けた。