黒い決意。
……あれからどれぐらい経ったのだろう。そんなに長い時間は経っていない筈だが、かなり体は軽い。
「……ん……くあぁぁ……おい、縛りっぱなしかよ、寝たら外してくれたっていいだろ。全く……」
自分を縛り付けている鎖を、全力で引っ張る。そうすると鎖が揺れ、音を立てる。音を立てれば誰かが来るだろうと思っていた。暗くて、昼か夜かなんて分かりゃしないが。
「……来ないな……夜なのかな?」
外に意識を向け、耳をすませた。微かだが、梟のような生き物の鳴き声が聞こえてきた。
「梟が活動してる……バリバリ夜じゃん。このまま暫く過ごさないといけないのか……」
体の重さ、というか倦怠感は消えているのだが、ずっと座らされているからか、体の節々が痛む。せめて寝かせてくれ、頼むから。
「いててて……痛いなぁ……髪の毛引っ掛かってるし……」
この世界に来た際から、男としては長髪の部類に入っていたが、長い時間が経って更に伸び、赤い髪が腰の辺りまで伸びていた。少し動くと鎖に絡まり、ちょっとした痛みが走る。こうなると下手に動けない。
「……そろそろ、髪の毛切らないとなぁ……」
そう言いながら、縛られていることを忘れ、自分の髪に手を伸ばそうとしたが、結果は鎖を揺らし音を立てただけだった。
「夜が早く明けてくれないかなぁ……」
そう言った時だった。何かが激突するような音が聞こえ、それと同時に壁からミシリと皹が入るような音が僅かに聞き取れた。
「ちょっと待って、嘘だろ……!? ここで、このタイミングでか……!?」
何度も体当たりを繰り返しているのか、部屋の中に壁が軋む音と、なんとか抜け出そうともがき揺れる鎖の音が響く。そして、ついに壁が粉砕された。飛来する破片に目をやられないよう、顔を背ける。
破片が落ちる音が聞こえなくなり、その方向にゆっくり顔を向けると、見知った顔の、見知らぬ輩がそこにいた。
「やっぱお前だよな……白焔……!!」
「グルルルルゥ……!」
しかし、この状況はかなりまずい。身動きは取れない上、白焔の力も何故か上がっている。
おまけに武器がない。あると言えばあるともいえるが、正直心もとないのだ。
「グァアウ!!」
「ざっけんな……っ!!」
俺の身を縛る鎖に白焔が噛みつき、鎖が噛み千切られる。そのまま間髪入れずにその牙がこちらに向かうが、顎を蹴りあげてから距離を取って、空いた穴から外へ走り出した。
全力で走るが、白焔の息遣いが段々近づいてくるのを感じる。
「やっぱ、追い付かれるよなそりゃあ……!」
近くにあった木材を乗り越えながら、そう愚痴る。乗り越えた木材は白焔の突進により、容易く砕かれた。砕かれた木材の破片が少し突き刺さったが、歯を食い縛って走り抜く。
「ぐぐっ……やっぱ木材じゃ足止めになるわけないよねっ!」
木材の破片を引き抜きながら、走り続けていたが、曲がり角を曲がったところで向きを変え、拳を白焔の目に向け一気に振り抜く。
「グガァァァァァ!?」
「うっわ、嫌な感触……二度とやるかこんなの……」
振り抜いた拳は、容易く目を潰すことができた。しかし血が勢いよく吹き出し、自分の手だけではなく、様々な箇所が紅く染まっていく。紅く染まるなか、手にこびりついた嫌な感触をなくそうと手を振るい、血をその場に落としていく。
白焔の方を向くと、痛みで地面をのたうち回っていた。血を地面に流しながら、こちらを強く睨んでいる。
「……お前を、ここで眠らせてやるからな……あの森に連れて帰れないのは、とても残念だけど……ごめんな、白焔」
「グルルルルルゥ……!!」
こうして相対しているだけで、自身の力の無さに怒りが込み上がってくる。
繋がりを守れなかった。生きてまた会わせることが出来なかった……何より一度眠りについたのに敵として殺し合うことになったことが悔しかった!!
歯を食いしばりながら、拳を強く握り締める。白焔……いや、敵の準備も出来ている。互いの一挙一動を見逃さないように見据えながら、拳を構えた。
「……ここで終わりにするぞ、クソ野郎っ」
「グォウ!!」
互いに全力で地面を蹴り、目の前の敵に向かっていく。勢いのまま拳を振るうが、狼の動体視力の前には容易く避けられてしまう。狼は左側に回り込むと口を大きく開き、こちらに飛びかかってきた。
「グォォォォ!!」
「ちっ……! 食らうかよそんなの!」
義手を咄嗟に突き出し、牙を受ける。右腕ならまだ手傷を浴びせられただろうが、こっちは義手だ。貫通すらせずに牙を止めた。
「ギャウゥゥゥ……!」
「恨めしげにこっちを見るなよ、クソ狼」
義手に噛みついている狼の鼻っ柱に、全力で拳を叩き込んだ。怯んで義手を離したところに、飛び回し蹴りと尾による二連撃を加え、大きく吹き飛ばす。
「容赦はしないよ……白焔であって、白焔じゃないんだから。ここで……殺す」
鋭くそう言い放つと、手を鉤爪に変化させ、飛びかかった。