冤罪証明
私は手始めに、顔色を無くしてよろめく愚王子達へ、わざと惚けた台詞を投げ掛けます。
「あらまぁ、どうなさったのですか、皆様そんなに震えて? お顔の色も優れない様ですが、お風邪ですか? 確かに、王城にある魔封石が全て使い物にならなくなったみたいですから空調設備も稼働してないので、さっきよりも少し冷えますものね」
あら、私の小粋な冗談にも、言葉通り震えるばかりで無反応ですね。
このような状態なら適当に遊んでいても面白く無いですね。
「皆様、折角私が話を合わせてあげているのに、揃いも揃って台詞を忘れられたのですか? はぁ……仕方が無いですね……それでは、茶番はここまでにして、本番を始めると致しますか」
私は全ての表情を消して腕を付き出し、手に持った扇でベンジャミン様を指します。
「ヒィ!」
おやおや、騎士にあるまじきお声ですね。先程迄の威勢が見る影も御座いません。
ベンジャミン様の不様な姿に内心でほくそ笑みつつも、無表情のまま命じます。
「さあベンジャミン様、捕らえられた魔女の使徒……いえ、お爺さん賢者達と使用人達を今直ぐ釈放して此処に連れて来なさい」
ベンジャミン様はガタガタ震えながらも、私からの命令に従って良いものなのかどうかチラチラと愚王子に視線を送ります。
そんな分かりやすい視線にすら気付けない程、愚王子は狼狽えているみたいですが。
まだ分かって無いようですね。この場での、いや、現状において、全世界の支配者が誰なのか。
「ベンジャミン様、貴方が何を迷っているのか存じませんが、今、全世界で私に逆らえる者などおりません。それでも騎士らしく魔女の言いなりにならないと言われるのなら、私の放つ呪方の栄光ある最初の体現者になりますよ?」
「あ……ああ……あ……」
言葉にならない母音しか発せられないベンジャミン様に向かって、私は目に力を入れて言い放ちます。
「死にたくなければ、早く皆を解放なさい!」
「うわああああああああああ……!!」
少しだけ脅しを掛けたら、悲鳴を上げながらスッ飛んで行きました。
ちゃんと投獄された皆を解放するかしら? そのまま逃げてしまいそうな勢いだったし。
暫く経って此処に来なかったら、また誰かを脅して迎えに行かそうかしら?
その間の時間潰しに、気になっていた疑問を解消致しましょう。
まぁ、今更ですけど、賓客の皆様の名誉の為でも御座いますしね。
私は、愚王の方へと顔を向け、ゆっくりと淑女らしく近付いて行きます。
この場に赴いてから、ずっと豪華な椅子に座ったままの愚王夫妻も、口元をワナワナさせながら私を凝視します。
しかし、私の本当の目的は、愚王や愚王妃などでは御座いません。
愚王の前まで辿り着いた私は、ビッチ姫を呪ったとされる目撃証言の書類を拾い上げます。
目を通すと、書かれている内容は予想通り。
「これは、これは、可笑しいですね。この書類を拝見する限り、私がフローネ様を呪ったと目撃証言した殆んどの方々は、私と出会われてない方々ばかりですね。貴族名鑑でその名を拝見した事は御座いますが、確かランダース王国、それもクルー家に連なる貴族家のご令息やご令嬢じゃなかったかしら?」
「きっ……貴様が学園で脅していた生徒達だ!」
残された勇気を振り絞り、私に意見したのは立派ですが元愚弟、大爆発する迄もなく自爆してしまいましたね。
「それはもっと可笑しいですね。私は、学園なる所には通っておりません。それは、この夜会に他国より招かれている方々なら誰でもご存知ですよ。それに、クルー家は私と関わりを持たないよう自国の貴族達に通達していたのでは無かったかしら?」
「確かに家族は貴様を恐れていたから、ずっと何年も関わりを持たなかったが、普通に考えて庶民でもない限りは、貴族令嬢が学園に通っていないなど有り得ない!」
元愚弟、言ってる内容が支離滅裂ですよ。貴方こそ学園に通って何を学んでいたのですか?
それに、また墓穴を掘ってしまいましたね。本人は気付いていないようですが。
「貴方の言葉通り、私は何年も家族から捨て置かれ存在すら消されていました。事実、貴族名鑑にも名前が無かったのだからね。で、親が何もしなくとも子は学園に通えるのですか?」
「そっ……それは……」
「別に嘘だと思いたければそれで構いません。それでも私は、元々が隠されたクルー公爵家令嬢で、10ヶ月程前からはロミオ殿下の婚約者でした。そうなると、何処に赴こうと目立たない訳が御座いませんね。では、この夜会に出席されている学園関係者、並びに学園生の方々は、私を学園でご覧になった事が御座いますか?」
この場にいらっしゃる私と同年代であろうご令息ご令嬢達は、怪訝に首を捻ります。
そんな彼等と相反して、クルー家と関わりのある者達はバツの悪そうな顔をします。
当たり前ですよね。後宮に移り住んだ後も、私は学園どころか夜会すら出席せずに、ずっと引き籠っていました。
流石に後宮から出ないという事は御座いませんが、然程王宮に出入りしない学園関係者は、今夜初めて私をご覧になったでしょう。
それこそ、私の姿を知っている方となると、愚側近と学園長様ぐらい。
全教師、全生徒並びに彼等の実家へ口裏合わせの圧力を掛けるなど出来る筈も御座いません。精々出来て、クルー家に連なる者達ぐらいですね。
学園関係者全員に断罪劇の根回しをするという事は自国の貴族達に、私を罠に嵌めると吹聴しているようなもの。
それは、他の貴族へランダース王家並びにクルー家の弱味を握らせる結果となる。
弱味故に辻褄が合わないと分かっている私は、容赦無く主張致します。
「先程申しました通り、当時の私はこの国の最重要人物であり、今まで姿を現さなかったのでかなり目立つ存在でした。当然、学園関係者全員と言って良い程の方々が私をご覧になっていますよね? まさか、この書類に目撃者と記載されている方々だけでは御座いませんよね?」
「勇気を持って証言してくれた者達が嘘をついたと言うのか!」
「私は、そんな事を申しておりません。学園関係者全員が、学園内で私をご覧になったかと聞いているのですよ。ジョセフ、何年も関わらなかったと証言した貴方を含めてね」
「なら、何故貴様はフローネを知っていたんだ!」
「別に学園へ通わなくともフローネ様を見て存じ上げる事は出来ますよ。直接ロビン家に赴けば良いだけなのだから。私がロミオ殿下の側近の方々のお顔を初めて拝見したのも王宮ですからね」
「そっ、それでも、心優しいフローネの評判を噂で耳にしたのかも知れない! 殿下がフローネを労っていると知った貴様が、嫉妬からロビン家に赴いてフローネを脅したんだろ! そうだっ!そうに違いない!」
評判ではなく恥態なら聞く事は出来ますよ、ビッチ姫本人からですが。
それに、この場にいらっしゃる皆様は、自国他国問わず要人故に一癖も二癖も有る知恵者ばかり。
もう、私がロビン家に赴いていた理由を薄々気付いていますからね。ビッチ姫に盲目で、何も知らされていない元愚弟と愚側近以外は。
「だとしても、私が自分専用の屋敷に住んでいた頃から今の今迄、学園には一切通っていないし、この国の貴族達はクルー家よりの通達によって誰一人私の屋敷へ訪れてはおりません。と、すると、学園関係者やランダース王国貴族達の目撃証言には何の信憑性も無いし、証拠にもならない。それに……」
私は、チラリとクルー家の面々に目を向けます。
「確か、クルー家は邪悪な魔女に脅されてロミオ殿下へ婚約を打診したのですよね? にも関わらず、私と貴殿方、クルー家の面々とは、ずっと何年も会っていないのですか?」
この発言で、元家族全員が、しまった!という表情をあからさまに表しました。
「もし、私がクルー家に、ロミオ殿下との婚約を要求したとしても、脅迫している私への事後報告を何年もせず、何の音沙汰も無かったのですか? 自分達家族の命が危ないと言うのに?」
そう、元愚弟は「ずっと何年も関わりを持たなかった」と証言してしまった。
これが事実なら、私はかなり前に元実家へ、愚王子との婚約を打診するようにと命じた事になる。
つまり、魔封石が初めて発売された時期に、漸く婚約が成立したとしても、クルー家は何年も王家へ婚約の要求も相談もせず、私へこれまた何年もフォローを一切入れず何もしなかったという事になる。
家族を皆殺しにすると脅されていたのに、それこそ普通に考えたら有り得ない。
この状況を例えるなら、誘拐犯に大切な身内を拐われ身代金を要求されているのに、何年もほったらかしにした挙げ句、忘れた頃に交渉人を送ってくるようなもの。
実際に、家庭教師を付けて欲しいと要求した時が、元家族との最後の関わりだったかしら。
「魔女を邪悪だと罵る割には、なんて気が長いのでしょう。私を最も毛嫌いしている家族を皆殺しにするとまで言っておきながら、捨て置かれていたので返事の文すら届かないのに、ずっと何年も首を長くして待っていたのですから。そのくせ、嫉妬や依頼された暗殺だと、直ぐ様相手を呪い殺すのですか?」
この皮肉には、先程まで息巻いていた元愚弟はグウの音も出ないみたいですね。
今度は私の方が先手を打ったので、今更手紙を送っていたなどという言い訳は通用致しません。
しかも、愚王子の証言は嘘である、クルー家は脅されてはいないと証言してしまったと同じなのですから。
これにより、私と親交の無かった自国の貴族達も、疑いの目を愚王子達、愚王夫妻、クルー家、更にはスカール家へと向けます。
それでも、私は追撃の手を弛めません。
「それと、貴殿方が捕らえた私の使用人達の証言も取っているようですが、この目撃証言も有り得ませんね」
「……何故だ」
あら、今度は宮廷魔術師馬鹿息子のジャフ様が応えました。
そうですね、ヒントを差し上げましょう。
私は、持っている扇を広げて口元を隠します。
「だって、彼等は私個人に忠誠を誓っているから」
「そんなのはとっくに知っている。使用人達も貴様に傾倒している魔女の召し使いだという事はな」
「なら、お分かりになるでしょ。ちゃんとした個人への忠誠ですよ?」
「ちゃんとした…………まさか!」
「そうですよ。因みに、後宮の私の部屋にある姿見と、この扇ですよ」
漸く分かったようですね。腐っても魔術師といったところでしょうか。
貴族が王家に口だけの忠誠を誓う事と違い、個人への忠誠は神聖な物とされ、主から従、又は雇い主から従業員へと強制出来ないし、見返りが有ろうが無かろうが契約となってしまいます。
そう、契約なのです。そうなると今回の場合、良くも悪くも私を裏切れば、私が長年愛用しているマジックアイテム、等身大の“魔鏡”に裏切者の姿が浮かび上がるようになっております。
更には、今私が手に持つ“魔扇”にも裏切者の名前が印されるのです。
でも、これ見よがしにジャフ様へ向かって広げられた魔扇には誰の名前も印されておりません。誰も私を裏切っていないという明確な証拠です。
恐らく、使用人達が私に忠誠を誓っているとは知っていても、貴族と同じく所詮口だけで契約までしていたとは思ってもいなかったのでしょう。
冤罪の証言に信憑性を持たせる為に、最も私の身近に居て、最も私を知るという理由から使用人達を捕らえた。
最初から証言全てをでっち上げれば良いだけだし、拷問も出来ないので、尋問する必要は無い。
尋問しなかったからこそ、彼等が契約する程の忠誠を誓っていたとは気付かなかった。
まぁ、ジャフ様は、ビッチ姫の証言と愚王子から用意されただけの証拠をそのまま鵜呑みにしていたので、初めて知らされた事実を信じたくないみたいですが。
「そっ……その扇が契約のマジックアイテムだという証拠は何処にも無い!」
「なら、ジャフ様ご自身でこの場で鑑定なさいますか? 言葉通り、鑑定魔法を使えばこの扇がどのような物かは簡単に分かるでしょ?」
「使用人達が忠誠を強制されていた可能性も有る!」
「そうだとしても、この扇に名前が印されない限りは、書類に記載されている使用人達の証言は嘘だという事になりますね」
「ぐっ!」
私からの単純な結論によって、苦々しい表情を醸したジャフ様は言葉を詰まらせてしまいました。
それでも無理矢理話の方向性を変えて反撃して来ます。
「いや、そもそも忠誠を誓っているという貴様の証言自体が怪しい! 忠誠の儀式は、主従と契約を行使する魔術師の3人によって行われる」
「その通りですよ。それの何処に可笑しな点が?」
「儀式を行える魔術師とは、何年も修行を積み、強力な魔力を手に入れた宮廷魔術師並み、若しくは神官長並みの者を指す。貴様は魔力を持っていないし、各国要人の方々も要人であるが、それ程の魔力は持っていない筈だ!」
あらあら、何を言おうと結局は一緒なのにね。それも、自分達がお膳立てした根本的な事を忘れているようですし。
私はパチリと音を弾ませ、今度は扇を閉じました。
「確かに、私の屋敷へ訪れていた各国要人の方々は、宮廷魔術師程の強力な魔力を持っておりません」
「ほら見ろ! 簡単にバレる嘘など……」
「ですが、貴殿方が魔女の使徒と呼ぶ賢者様方も訪れておりましたよ」
「あっ!」
ここに来て思い出したのか、ジャフ様は声を上げて驚きます。
その反応の意味するところ、私は、魔力の強力さも知識の膨大さも宮廷魔術師であろうと比べものにもならない彼等の偉大さを改めて示します。
「賢者の称号というものは、そんなに軽いものでしたか? 無駄と知りながらも魔力の頂点と全知全能を夢想し、生涯を掛けてこの世の理を求め足掻き続ける彼等の努力と才能と実力は、私や貴方程度の若輩者では到底知り得ませんし、語り尽くせませんし、真似出来ませんよ」
賢者のなんたるかを教示されたジャフ様は、顔を歪め拳を強く握り、今度こそ何も言えなくなってしまいました。
彼だって曲がりなりにも賢者への第一歩とも言える魔術師の卵です。老齢なる探求者の人外さを知っているようですね。
これで私がビッチ姫を呪ったとされる証言は全て覆しました。
茶番劇の中で愚王が登場して以降、愚王子が私の言葉を遮って一切まともに喋らせなかったのはこの為でしょう。
私が反論してしまえば、適当に用意した目撃証言のボロが出てしまうから。
だからこそ、自分のシナリオ通りに終幕を迎えられるよう、戦争までを一気に捲し立てたのは分かってますよ。
そこまで行ってしまえば、用意した証言が穴だらけでも何の問題も無くなりますからね。
でも、それもこれもランダース王国が魔封石を独占し、私の呪法を防げるという前提があってこそですが。
大爆発という脅しではなく、私が冷静に愚王子の陰謀を明らかにした事で、場の空気は多少落ち着きを取り戻します。
と、そこへ、見計らったかのようにナイスタイミングでお爺さん賢者達や使用人達が姿を現わしました。
本当に、丁度良い時間潰し……いえ、暇潰しになりましたね。