公爵令嬢セーラ
全話を通して、伏線や伏線回収の重要箇所には傍点(・)を打っております。
各国からの賓客をお招きしているランダース王家主催の夜会。
その重要な宴の場で、この国の王太子であらせられるロミオ殿下が側近達を従え、婚約者である私を指差し、とあるご令嬢を腕の中に収めて宣言なさいました。
「この世に災厄を撒き散らす呪われた魔女め! 私は魔女セーラとの婚約を今此処で破棄し、フローネ嬢を新たなる婚約者とする!」
夜会会場は一瞬にして静寂。私の頭の上にも?が立ちました。
あらどうも、私はランダース王国クルー公爵家令嬢、セーラ・クルーと申します。
一部の方々からは“魔女”とも呼ばれているみたいですが。
ロミオ殿下の後ろに控えながらも親の仇とばかりに私を睨む面々を見てみると、宰相ご令息であらせられるハック様、近衛騎士団団長ご令息であらせられるベンジャミン様、宮廷魔術士ご令息であらせられるジャフ様、あらまぁ、何年ぶりかしら、私の弟、ジョセフも居るわ。
それにしても可笑しいですね? ロミオ殿下は公の場で国の恥を晒すような真似をする程に甘やかされて育った顔だけの馬鹿王子などでは御座いません。
それどころか、外見こそ見目麗わしいですが、かなり頭のキレる腹黒王子様です。実際に政敵である他の王子様達を全て廃除してしまった程なのですから。
しかも、素直に自分の軍門に下った御兄弟達には上位貴族や他国への婿入りをお膳立てして上げて、あくまでも抵抗する者は血の繋がった肉親と言えども罠を仕掛け、最悪処刑してしまった程の御人。飴と鞭を上手く使い分けてらっしゃいますね。
たかが女の色気や甘言などには惑わされたとは考え難い。彼女自身の話にも出て来なかったので。
なのに何故こんな茶番を演じてらっしゃるのでしょう?
私としても、王家側から無理矢理捩じ込まれた婚約で御座います。婚約者すら己の手駒程度にしか考えないであろう御人と一緒になるのは御免被りたいので、婚約破棄万々歳なのですが、一応探っておきましょう。
「……婚約破棄ですか……私は別に構いませんよ」
「ここに来て漸く己の非を認め観念したか!」
「己の非?観念?……何を仰っているのか分かりませんが、確かフローネ様は男爵令嬢ではなかったでしょうか? 男爵令嬢如きは王太子妃になれませんよ。それ以前に、今夜の夜会に男爵家は出席出来ない筈ですよね? 聡明な殿下がそんな事すらご存知無いのですか?」
「もう彼女は貴様の実家、クルー家の養女となる事が決定している! それに、今夜の夜会を用いてロビン家が新スカール伯爵へと叙爵される事が昨日の会議で急遽決まった! これで何も問題無かろう! 早急な決定故に、賓客の方々や貴様に連絡が入らなかったのは致し方無いのだ!」
私は、今初めて知った驚きの内容を直ぐ様頭の中で総括し、瞳だけを動かして改めて周りを確認します。
すると、人混みの中、私の実家であるクルー家とクルー家の分家であるロビン家の面々だけがほくそえんでいました。
成程……お膳立ては全て完了していたのですね……
可笑しいとは思いましたよ。夜会嫌いの私に何故今夜に限って参加を強制したのか。
私はつい最近後宮入りする迄、王都郊外にある私専用の屋敷に引き込もり、極力表に出ないで他国の方々とばかり親好を深めていましたからね。
そう、私だけがクルー家の中で、実家の家族とは別々に暮らしていました。家族は、私がご先祖様と同じ体質を持っていたが故に私を疎んじ、態々私専用の屋敷を建て、そこに私を押し込めていたのです。
屋敷で働く使用人達も、最初は私を気味悪がっていましたが、今では諸々の事情から喜んで私個人に忠誠を誓ってくれています。
それでも、実家は私の存在を秘密にしたかったので、学校へは通わせてはくれなかった。
と言っても、信用出来る使用人達から情報を仕入れたり、本を読んで知識を蓄えたりしていたので、貴族の子供がある一定の年齢になったら学校へ行くという事を存じておりました。
そこで家族に「別に学校に行かなくても良いから、家庭教師を付けて欲しい」とお願いしたのです。
幼い私からの些細なお願いすら、当初実家は渋っていましたが、軽い脅しを掛けたら直ぐに納得してくれましたね。
それからは、雇われた家庭教師の皆様のご指導の元、様々な知識と貴族令嬢としてのマナーを吸収していきました。
すると、私の物覚えの良さに驚いた家庭教師は、知識人仲間に私の事を語り始めました。そうこうしていたら今度は、雇ってもいないのに頭の良い人達が自国他国問わず挙って私の元を訪れるようになったのです。
その方々は、頭頂部が白髪だったりハゲ上がったりしていますが、凄まじいまでの知識欲とバイタリティに溢れるお爺さん賢者達でした。
流れのまま彼等と親好を深めた私は、並みの者が知り得ない領域すら自分の物にしてしまい、老齢の賢者達とも対等に渡り合えるようになる迄に至りました。
比べる相手が居ないのでよくは分からないのですが、どうやら私はかなりどころか人外的に頭が良かったみたいです。お爺さん賢者達がそう仰ってました。
またそうこうしていると、何時の間にやら私は、良い歳して独身ばかりのお爺さん賢者達のアイドル、孫娘みたいな存在になっていったのです。
更にそうこうしていると、今度は王家の相談役も担ってらっしゃる彼等の口を通して、実家がひた隠しにしている私という存在が世界中の要職に付く方々に伝わってしまいました。
私に興味を持った諸外国の王室御一家や要人の方々が、お忍び観光という名目を使い、お爺さん賢者に連れられて屋敷を訪れ始めたのです。
しかも、各国の皆様が私の屋敷で鉢合わせするので、私を通して顔見知りとなり、仲良くなってしまいます。
その結果、お爺さん賢者達曰く、私の評判はランダース王国内よりも国外での方が良くなっていったそうです。
すると、私の外交術、ルックス、体質と相俟って、今度は諸外国の要人のアイドルみたいになってしまいました。
これも比べる相手がいないので良くは分かりませんが、どうやら私は外見も人外的に良かったみたいです。
しかし、お忍び観光でも、やって来るのは各国を代表する方々ばかりなので、当然ランダース王家には報告が入ります。
皆が王都郊外にある屋敷にばかり集う変な状況に漸く気付いたランダース国王陛下も、他国に遅れ馳せながら、遂に私という存在にも体質にもお気付きになられました。
実は、ランダース王家の興りと、ご先祖様譲りの私の体質とは密接な関係が御座います。
故に、私を他所に取られては一大事とばかりに、10ヶ月程前に何の前触れも無く電撃的に、実家を通してロミオ殿下との婚約を申し込んで来られました。
それはもう、明日返事を寄越せという無茶振りで、私自身に知らされる前に大々的に公表してしまった程ですから。
でも、何故かしら? 諸国との戦争に明け暮れていた建国当時なら、ご先祖様の体質は貴重だったかも知れませんが、今では世界中の誰もが必要とするある物をランダース王国が独占販売しております。そのお陰で、現在我が国に強く出たり、戦争をふっ掛けようとする国など皆無です。私如きを婚約者にしなくても良いのに。
まぁ、実家は私と関わりたくなかったから、今では私の体質など何の意味も無い事をご存知無かったしね。
それでも、既に公表してしまった事を表向きの理由にして、裏では私個人の莫大な財が目当てなのかも知れませんね。今のランダース王国はかなり潤っているというのに、どれ程強欲なのでしょう。
実家の方も婚約を打診された時、何故王家が私の存在を知っているのかかなり狼狽えたみたいでした。私は捨て置かれ隠されて育ったのでデビュタントすらしていなかったので。
しかし、自国王家からの打診を断る事など出来る筈も御座いません。私は急遽、無理矢理デビュタントさせられ、無理矢理ロミオ殿下と婚約させられてしまいました。
それでも私は、私専用の屋敷に引き込もり、王族の方々と親好を深める為の決められた日にしか登城しませんでした。また、デビュタント以降も社交界には顔を出しておりません。
王妃教育? そんな物、私を手離したくないおじいさん賢者達が太鼓判を押して、王妃教育などもう必要無いと王家に進言してくれてましたからね。
外交も一緒。各国要人のアイドルとなってしまっている私には今更夜会に出向く必要など御座いません。
そのせいで、たまに登城すると王妃様が「他国では人気があるようですが、此処はランダース王国ですからね」と嫌味を仰られたり「王妃は国の為ならば自ら率先して命を捧げねばなりません」といった自己犠牲溢れる有り難いお言葉を仰られます。
更には、何とか私の隙を見付けて必死に挙げ足を取ろうとしてこられたりもします。隙なんて見せませんが。
反対に国王陛下は、あれだけ私とロミオ殿下との婚約を欲したのに、その後は事前に此方から申し込まない限りは姿を見せませんし。何の為の親好の場なのでしょう。
噂によると、国王としての仕事はロミオ殿下に押し付けて、何時もお忍びで愛妾の屋敷に入り浸っているらしいです。側室を持つ事は王妃様が許さないのだとか。
ロミオ殿下も、私に面と向かって「外見だけでも利用価値はあるな。賢しくて私に興味を示さないのは気にくわんが」と仰いましたし。どんだけプライドが高くて腹黒なんですか。
諸外国の王子様は悲しげな表情を向けて「期を見て貴女に婚約を申し込むつもりだったのに。でも、この国の王太子を敵に回したくないし……」と、仰ってくれたのに。
まぁ、私を可愛がってくれるお爺さん賢者達が、例え相手が王子様であろうと私にちょっかいを掛けないよう目を光らせていましたしね。
それにしてもロミオ殿下……貴方様は如何程恐れられているのですか……
何にせよ、私は私専用の屋敷から出なくても全てが事足りており、狭い範囲ながら日々の生活を十分に堪能しておりました。
しかし最近になって、王太子妃として本格的に王城生活に慣れる為として、お爺さん賢者達の反対を押し切り、王命により後宮へと移り住む事を余儀なくされてしまいました。
如何な私とて自国の王命には逆らえません。嗚呼、サヨウナラ……お爺さん賢者達……屋敷の皆……私を可愛がってくれた人々……
故に、少し前から後宮での生活を始めました。だから、学校へは通ってなくとも、ロミオ殿下の側近をしてらっしゃるハック様、ベンジャミン様、ジャフ様は存じていました。
弟のジョセフは久しぶりでしたが、昔の面影が御座いましたし、何よりお父様ソックリですからね。
でも、そうなる前、私専用の屋敷で暮らしていた頃、基本引き込もっていたと言っても、月に何度かは出掛けていましたね。
そう、ロビン家に。
物語に出てくる固有名詞は、全て世界○作劇場関連です。