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死にたがり看守の最期の楽園 作者:文崎 美生
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19/41

嫌い嫌いも好きのうちとか都合の良い思考回路だったりする

彼、囚人番号0046にとって、看守番号19は、ある種の天敵のようなものだった。
へらり、と愛想良く笑ってみせる0046に対して、にこりともしないのが19――ディチャンノーヴェだ。
そもそもの相性が良くないことは、簡単に想像が出来る。

笑顔と無表情が向き合っているところに至っては、サクの頭の中で見たこともないのに鮮明に描かれた。
しかし、本人達が気付いていないだけで、0046とサクが向き合っている絵面と変わりない。
空気感が違うだけである。

鉄格子に触れながら、瞳には剣呑な色を灯したまま、0046が記憶を取り出すように口を開く。
サクもまた、静かに鉄格子向かいの壁に寄り掛かり、その言葉を聞いていた。



***



囚人番号が産まれて始めて与えられたその日、0046は看守番号19のディチャンノーヴェと出会った。
薄暗い独房の中でも、ディチャンノーヴェのエメラルドグリーンの髪は、存在感が強く、その色だけが浮き上がって見えていた。

「それ、地毛?」

美術専門だったが、大学まで通っていた0046は、流暢とまではいかないものの、伝わる発音で英語を話すことが出来る。
鉄格子を挟んで、ディチャンノーヴェに問い掛けた。
しかし、答えはない。

暗い紫の瞳を細めたディチャンノーヴェは、汚れ一つない白衣のポケットに両手を突っ込み、薄らとした笑みを刻む0046を見る。
長い前髪で、片目が隠れているが、両目とも、0046を映しているのが分かった。
あまりにも真っ直ぐに向けられる視線に、0046は小さく肩を竦めて見せる。
小刻みに鎖が揺れる音がした。

「運命は存在しない」

0046が笑顔を貼り付けたまま、静かに目を細める。
鎖が高い金属の音を響かせるが、ディチャンノーヴェの言葉は更に続く。

「非科学的過ぎる。そんなものに決められて生きるのは、楽しいか?」

ガシャンッ!と鎖よりも遥かに高く、大きな音が響く。
コンクリートに包まれた独房では、その音が良く響いた。
確かに鼓膜を揺らすはずの音だったが、ディチャンノーヴェは、顎を上げただけだ。

鉄格子を握った0046は、口角を上げただけで、先程のような人好きのしそうな笑顔ではない。
剣呑な色を見せる瞳は、ナイフのように、細く、そして鋭かった。

「少なくとも俺は信じてるよ。そして、俺とアンタの間には運命はない。だから、隙あらば殺す」

比較的、日本人にしては身長が高めの0046だったが、怪力ではない。
鉄格子を握るだけで、壊そうという無謀かつ馬鹿げた考えは持っていなかったが、その手は力の込め過ぎで白っぽくなっている。

独房に放り込まれる前には、その手にペーパーナイフを持って、運命以外を切り裂いた。
そのペーパーナイフも、独房に入れられるよりも前に没収されたのだが。
それが無くても、殺せる自信はある。

「……確か君は、かつての恋人または友人を対象に殺してきたはずだ。その中に身内、更にはその他大勢の人間は含まれない。オレは、君の恋人でも友人でもないのだが」

「俺だってアンタみたいな恋人も友人も欲しくないね。ただ、それでも真っ向から意見が衝突するなら殺す」

殺す、の発音だけが、嫌に流暢だと、ディチャンノーヴェは思っていた。
一度閉じられた瞳が開いた時、詰まらなさそうな溜息が落とされ、ポケットに差し込まれていた手が取り出される。

「オレはなァ、囚人番号0046の思想や思考に興味は無いんだよ。オレが興味あるのは、君のその体だよ」



***



「何、あの人そういう趣味ですか」

話を聞き終えたサクは、いの一番にそれを口にするので、0046の肩がガクリと音を立てて下がる。
出会い頭に、女として意識することは無い、と言われていたので、納得出来る部分があるのだろう。
無表情なので、本気とも冗談とも付かない。
実にタチの悪い部類だ。

浅く息を吐く0046がゆらりと顔を上げた時には、既にいつもと変わらない人好きのする笑顔が浮かべられている。
その目も、分かりにくい色で、感情を覆い隠していた。

「少なくとも、そういう意味でも趣味でもないと思うよ。『その身体能力に興味がある』って言ってたからね」

僅かに傾けられた首を見て、今度もサクは納得出来てしまう。
同じようなことを言われているのだ、納得せざるを負えない、とはこのことだ。

「……ねぇ、看守さん」

「何ですか」

何かを考え込むように、自身の顎を撫でたサクに、0046がニッコリと効果音の付く笑顔を向けた。
悪意のない笑顔だ。
同時に、腹の底が見えない笑顔でもある。

「俺ならアイツ殺せるけど。どう?」

ギィッ、と見せられた歯は虫歯一つ見付からないくらいに白かった。
歯並びの良いそれを見ながら、サクは、よっこいしょ、と壁から背中を離す。
癖のある黒髪が揺れても、暗闇に溶け込んで分かりにくい。

微妙に錆び付いた鉄格子の隙間から、骨張った白っぽい手が差し出される。
手の平を上に向けた差し出し方は、何かを要求しているようだ。

「ボクも死にたいですけど、犯罪に手を染めるつもりはありませんから」

乾いた音と共に弾かれた0046の手。
決して本気ではなく、じゃれあいのような力加減なので、痛くも痒くもなかったが、色素の薄い瞳は、きょとん、と丸められる。
直ぐに、気の抜けたような息と共に、笑い声が響く。

独房に入れられているとは思えない、実に楽しそうで快活な笑い声だ。
目尻に浮かぶ生理的な涙を拭う0046は、怪訝そうに眉を寄せたサクを見る。
看守と囚人、対称的で対なる存在らしく、その表情も真逆だ。

「俺も看守さんのことを殺す気はないけど、アイツは別物だからなぁ。気が向いたら、宜しくねぇ」

「……と言うか、その前にボクを殺すっていう選択肢はないんですか」

「ないよ」

両手で鉄格子を握り、0046に顔を近付けるサク。
至近距離で見る顔に対して、0046は視線を小刻みに動かした。
狼狽ではなく、観察。

「だって看守さんはアイツと違って、運命を信じる信じない以前に、どうでも良いってタイプでしょう?」

つい、とサクの目の前に差し出された指先は、目を抉り出せそうなくらいには爪が伸びている。
顔を逸らすことなく、指先を見つめるサクは、意図せずとも寄り目気味だ。
0046は、その顔を見ながら更に言葉を重ねる。

「真っ向から意見が衝突して分かり合えなくて、それでいてどうしようもなく、俺を否定する人間じゃないなら、殺さない」

重そうな前髪の隙間で瞬きをするサク。
長い睫毛が小さく揺れるのを見ながら、0046はその顔に既視感を覚えていた。
同じ日本人だが、日系タイプの顔を見ることが、監獄島にやって来てから極端に減ったため、サクを見ていると、時折、どうしようもなく記憶を漁られるのだ。

多分、殺せない、という心中の呟きは、サクには届かない。
絶対、でも、きっと、でもないけれど、現状を見る限りでは、0046は自身の担当看守を殺さない。
それは、ディチャンノーヴェが見立てた通りだった。

「……それで、その興味から外れたんですか」

ガシャンッ、と鉄格子を揺らすサクは、不満げに唇を突き出して問い掛ける。
細められた黒目は、澱まないが、光もない。
ディチャンノーヴェの言葉を思い出しているのか、抑揚のない声音でも、硬い雰囲気が漂う。

「いいや。それは知らないけど、データは取り終えたってさ。今現在の、ね」

「データ」

サクが自分の制服に視線を下ろす。
上着のポケットには、ノートやら手帳やらを無理やり突っ込んであった。

「血液取られたりとか。運動中にガン見されたりとか」

「気持ち悪いですね」

「そうだねぇ。まぁ、俺が言うのも何だけど、看守さんの『それ』だって同じでしょう」

未だ、目の前に差し出された指先が、右目を抉り出そうとするように突き立てられそうになり、勢い良く顔を後方へ逸らすサク。
まるで後ろ髪を引かれたような勢いで、天井を見上げたサクは、視線だけで0046を見やる。

何も抉れなかった指先は、宙に浮いたまま。
残念だとでも言うように竦められた肩と、笑みを刻んだその顔には、反省の色が見られない。
罪悪感も何も無いその顔は、避けるのを分かっていた顔だ。

「同じものが嫌い同士、共同戦線も俺はいいと思うけどねぇ」

細められたサクの瞳は、暗闇と同化してしまうほどに、暗い。
そんな目で射抜かれようとも、0046は動じることは無かった。
ニッコリと、柔らかく笑い、明るい髪色を強調させるように揺らす。

当然、自分が死にたいだけのサクからすれば、そんな誘いに頷くことはなく、首が何度も左右に振られた。
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