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其の七

「やられました、全滅です」

大佐は煙草を道端に吐き捨てる。

「言ったとおりだろう」

花世木は、うんざりしたように大佐へ声をかけた。

大佐は煙草を取り出し、火をつける。

大きく吸い込み、先端が紅く燃えた。

「嘘をついたな、花世木」

「あんたに嘘をついてもしかたないだろうが」

大佐は、煙を吐き出すと言った。

「あれがヤクザだと。ふざけるな。あれはそうじゃない」

「何だと言う気だ?」

「ニンジャだよ」

花世木は苦笑した。

大佐は、獲物を狙う獣の瞳で8階を睨む。

「ヴォルグ、ボカノウスキーのチームに非常召集をかけろ」

「判りました」

「おいおい」

花世木は大佐に声をかけようとして、その鋭い瞳にとめられる。

「いくらまでなら出す」

「ふざけんなよ、おい」

「二度言わすな。あといくらだす」

花世木はうんざりしたように、肩をすくめる。

大佐は殺気を全身から放っていた。

ひとつ間違えば、この場で頭を撃ち抜かれることになるだろう。

大佐は理解していた。

もう花世木も、自分もこの街でビジネスを続けるには難しい状況にあると。

「五百万だ。四門社長と引きかえでな」

「いいだろう。ヴォルグ、MDシリーズは持ってきているな」

「ええ、大佐。MD1をアイドリングさせてます」

「MD1を起動だ。プログラムは局地戦Cモード。戦術プランはおまえが今から組み上げろ」

「了解です」

「なんだよ、MDシリーズってのは」

「花世木さん」

黒服の男が花世木の背後から声をかける。

花世木は振り向いて、男の差し出す携帯電話を受け取った。

「事務所から電話が転送されてきました」

「今はそれどころじゃないのは判ってるだろう」

「ええ、しかし」

黒服は少し困惑した表情をしている。

「社長を拉致した男を雇ったという、おんなからなので」

花世木は、電話を耳にあてる。

「ねぇ、あたしを憶えている?」

「誰だ、おまえ」

「顔を見たら思い出すかな。パソコンはあるよね。メアド言うからそこにメールして。テレビ電話をしましょう」

花世木は黒服に指示して、ノートパソコンを持ってこさせる。受信したメールにはurlが記載されていた。

そこにアクセスすると、テレビ電話のシステムが起動される。

ディスプレイにおんなの顔が表示された。

まだ若い。

そして、その顔には見覚えがある。

「はぁい、久しぶりね。花世木ちゃん」

花世木は記憶をたどる。

そのおんなが泣きつづける姿が脳裏に甦った。

三年前のことだ。

そのおんなはまだそのころ、子供だったはず。

いや、今でも二十そこそこのはずであったが。

その異様に輝きを放つ瞳は、そのおんなを年齢以上に見せていた。

その憑かれた瞳は、おんなを百年以上生きている魔女のように見せたが、同時に無鉄砲で危ういティーンエイジのようにも感じさせる。

「思い出してくれたのね」

「あんた確か真理谷。真理谷といったな」

「そう。あなたたちのせいで全滅させられた一家の生き残り。真理谷ゆき」

おんなはなぜか、くすくす笑う。

その酷く不安定な笑いは、花世木を不安にした。

「あなたのこと、覚えているわ。どういうつもりか知らないけれど、葬式にまで来たよね」

「あれは、おれたちのせいではない。むしろおれたちも被害者といえる。あの銃撃戦でおれたちも先代を失ったんだ」

真理谷の瞳が、暗くつりあがる。

「知らないよ、そんなこと。あんたたちが街中でドンパチやって、たまたま通り掛かったあたしの両親と弟が巻き添えで死んだ。あんたたちがいなけりゃ死ぬことは無かったんだよ」

真理谷は、血を吐くように言葉を重ねる。

「あたしは全てを失った。愛するひとも。人生も。希望も、未来も。だからさ。同じ目に合わせてあげるよ、花世木ちゃん」

花世木は、目眩を感じる。

相手が自分達と同じような組織であれば、交渉することもできるし裏から手を回して追い込むことができた。

しかし、このいかれたおんなが相手では、どうしようもない。

おそらくおんなを殺せば、状況は多分もっと悪化するだろう。

「ねぇ、あたしのこと頭いかれてるって思ってるでしょ」

「ああ」

「ふふ、困ったと思ってるよね。心配しなくてもいいよ。あたしの要求はとてもシンプルだから」

「要求があるんだったらさっさと言ってくれ」

「3億でいいよ。ああ、もちろんドルじゃなくて円だから」

「円だと。元の間違いだろ」

「あいにくもう、3億使っちゃったからさ。回収したいのよね。3億くれたら還すよ。あんたんとこの社長」

花世木は苛立ちのあまり、目の前がくらくなる。

「おまえが3億使ったとか知るか。そんな金をどうして即用意できると思うんだ。馬鹿か、てめぇ」

「だって、あんたたちの社長を拉致った悪魔は3億もとるんだよ。おかげであたし文無し。あんたたちってさ。売上高は年間20億あるじゃん。純利益は3億越えてるよね。楽勝でしょ」

花世木は、考える。

なぜかこのおんなは自分達が3億の金を動かせることを、知っている。

確かにそれだけの金を、用意はできた。

しかし、遊んでいる金があるわけでは無い。

それをここで使ってしまえば、いくつかのビジネスが潰れることになる。

それが何を意味するのか。

表の経済がグローバル化するということは、当然裏経済もグローバル化する。

いや、その言い方は正しくない。

そもそも地下経済は脱国家的であり、成立したときからグローバル化していた。

簡単に言えば、国際的テロネットワークが資金調達をするために地下経済を成立させていたのだから、グローバル化は必然と言える。

花世木たちの組織は、テロ組織から麻薬をはじめとする非合法商品の販売ルートを握っていた。

チャイニーズマフィアや、ロシアンマフィアが武装して夜の街を力づくで制圧しても販路を手に入れることは難しい。

麻薬で売上を伸ばすには富裕層を顧客としてとりこまないことには難しく、そこには信頼関係が必要だ。

だからこそ、彼ら老舗のヤクザに存在価値がある。

とはいえ、花世木たちの変わりを捜そうとすれば、いくらでも見つかるのも確かなことだ。

彼らに非合法商品を供給する組織とビジネスを続けるには、常に自分達が有能で役に立つことを示し続けねばならない。

だからこそ、年間数億の金を払って戦争屋とも契約している。

自分達が武力面でもリスクヘッジ可能であることを知らしめるためだ。

極東および東南アジアでのビジネスでは、結構重要なことであった。

もし、ここで頭のいかれたおんなに3億払ったとしたら、おそらくテロ組織は彼らをビジネスパートナーとては見なさなくなるだろう。

地下経済から駆逐されることになり、まさにおんなの望みどおり全てを失うことになる。

しかし、四門をもし殺されたとしても、結果は同じ、いやそのほうが状況は悪い。

四門は存在がひとつのブランドであるから、地下経済から駆逐されても利用価値はある。

それすら失えば、花世木は表でも裏でも生きていく術を失う。

いずれにせよ、金を払おうが払うまいが、全てを失う。程度の差は多少あったにせよ。

今のところどうすべきか、解はない。

「考えさせてくれ」

花世木の言葉に、真理谷は笑みで応える。

「いいよ。待ったげるよ。時間かせぎしたいんでしょ」

花世木は、呻きをあげる。

「時間かせいだら、あんたたちの傭兵がなんとかするかもしれないしね」

おんなの笑みには、獲物をいたぶる獣の残忍さが宿っている。

「そうやって希望をつないでさ。それを潰されたときのほうがね。絶望は深いんだよ。知ってる?」

花世木はそれでもほっとする。

まだ、かろうじて可能性は残った。

真理谷の雇った悪魔は、かなりできる。

ただ、花世木の契約している戦争屋も、規格はずれの存在なのは間違いない。

油断があって手を焼いているが、本気を出せばたったひとりのニンジャを殺せないはずはない。

「ひとつ聞いていいか?」

花世木は口を開く。

「なんでもどうぞ」

「一体どうやって3億の金を作った?」

あはは、と真理谷は笑う。

「ああ、なるほどね。あたしにバックがいると思っているんだ。まあ、真っ当な考えだけどね、花世木ちゃん」

「違うのか」

「うーん。あたしが言っても信じられないかもしれないけれどね。自分で確認したほうがいいよ。でも一応教えてあげる。あんたさ、葬式きたとき、五百万っていう中途半端な金置いていったじゃん」

「ああ」

「ようするに、金を受け取ったからにはがたがた騒ぐなよってことなんだよね。すんごくムカついた。殺してくれよって思ったよ。でもね、その金ももとでの一部にしたよ。保険金、家と土地を売ったお金全部注ぎ込んでネットを使ってデイトレーディングをやったのよ。それで3億に膨らました」

「株でか? しかし」

「まあね。あたし一応大学で経済専攻だったけれど、素人だしね。そう簡単にはいかないけどね」

真理谷は、暗く目を輝かせながら、憑かれた表情で語る。

「ようするにさ、株価の変動をフォローしきれないから損失が大きくなる。だったら簡単。24時間、値を監視してればいいのよ」

花世木は苦笑する。

「できるわけがない」

「やったよ、あたし。三年。部屋に閉じこもって。睡眠も30分以内にしてさ。食事はデリバリーでね。もうね。着替えもせずシャワーも浴びず。百以上の銘柄の値を十台のディスプレイを使って常時監視して。あたしはマシーンになった。閾値を越えて値が変動すれば売って買っての繰り返し。コンマ2パーセント程度の利益を確保し続けて、投入資金を膨らましていって」

真理谷は虚空を見据えて、少し笑う。

「あたし、やったよ。誰とも会わず話もせず。闇の中で数字だけを見つめて。運もあったけど基本的にはマシニックな操作で膨らませた」

理論的には可能なのだろうが。

壊れている。

花世木は、そう思う。

このおんなは壊れた機械だ。

そして、それを生み出したのは、おれ自身。

そう、思った。



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