其の五
屋上からは、廃墟のような街を見渡すことができた。
それは、地上に堕ちた星空にできた暗い穴のようでもある。
「ユーリ。作戦どおりおれたちがヤクザをしとめ、君達がバックアップでいいな」
ユーリと呼ばれた男は頷く。
「了解した、アレクセイ」
この島国にきてもう2年近くになるが、ここまでイージーな仕事は始めてな気がする。
ヤクザひとりを排除するのに20人以上が動員され、突入だけでも8人で行うとは、過剰すぎる気がした。
「ターゲットはボディーアーマーを身につけている」
アレクセイは、ブリーフィングを続ける。
「できれば9ミリ弾で手足を打ち抜き、戦闘力を奪う。それが無理であれば接近してスタンロッドをぶちこむ。それがうまくいかなければ、ユーリ。ためらわずにカラシニコフを使え」
「判った、そうする」
カラシニコフは銃肩を折り畳んだ状態で、背負っている。
基本的には大佐の指示どおり、トカレフで片付けるつもりだ。
ユーリたちは配置につき、赤外線スコープを装着するとトカレフを手にする。
DPRK経由で入ってきた改造版トカレフであり、ダブルカラムの装弾数17発のダブルアクションであった。
セフティはついていない。
「よし、カウントダウンをはじめる。10、9、8、7」
ユーリは屋上の手すりにつけたワイアーを、胴に接続ている。
ワンタッチで取り外すことができるものだ。
「4、3、2、1、ゴー!!」
アレクセイの号令とともに8人全員が一斉に、8階へと降りる。
部屋の中でスタングレネードが炸裂し、容赦ない轟音と閃光がまき散らされる。
それと同時にユーリたちは窓ガラスを破り部屋へ突入した。
アレクセイたちが発砲したらしく、銃声が響く。
ユーリは赤外線スコープの中でターゲットが倒れるのを見た。
部屋は再び闇と静寂の中に戻る。
アレクセイたちが、ハンドライトでターゲットを確認した。
「畜生、これは」
アレクセイが叫ぶのと、スタングレネードが炸裂するのはほぼ同時であった。
轟音と閃光で奪われた視界が戻ってきたとき。
ユーリは、信じがたいものを見た。
アレクセイの身体が縦に裂け、左半身が床に沈んでゆく。
残りの三人も、胴で切断され、頭部を両断され、手足を斬り飛ばされていた。
チェチェンで、ボスニアでひとが死ぬのはさんざん見てきたが、ここまで鮮やかにひとの身体が斬り裂かれるのを見たのは、はじめてだ。
紙を鋏で斬り裂くような、手軽さを感じる。
闇の中に黒い影が浮かびあがった。
日本刀を手にした、漆黒の悪魔。
奇妙なことに、赤外線スコープが熱源として認識していない。
「カラシニコフだ!」
ユーリは周りの三人にそう叫びながら、自分はトカレフを撃つ。
かき消すように黒い影は闇にのまれ、ユーリの左右で血飛沫があがる。
切り落とされた首が足元に転がり、金属の輝きを持つ血を迸しらせながら、手足が飛ばされた。
ユーリは獣のように、絶叫する。
そして、頭部に衝撃を受け気を失った。
「あがっ」
ユーリは、左手に激痛を覚え意識を取り戻す。
左手に、日本刀が突きたてられていた。
ユーリが意識を取り戻したことを確認すると、黒のコンバットスーツの男はユーリの手から日本刀をはずす。
「指示に従ってくれ。断るならまず目をえぐる」
黒い男はロシア語で語りかけてきた。
ユーリは頷く。
「逆らう気はない」
「ありがとう。ではまず無線で連絡してくれ。余計なことを言えば、即死ぬことになる」
「判った。しかしあんた、勝ち目はないぞ」
ユーリの言葉に黒い男は暗い笑みで応えた。
ユーリは指示通り本部のヴォルグに連絡をとり、服を男と同じ黒のコンバットスーツに着替えた。
黒い男は楽しげに、車椅子に括りつけられた男へ語りかける。
「さて、見せてやろう。二階堂流の魔法をね」