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其の四

「宮本武蔵は生涯で50数回の試合をして、一度も負けることは無かった。これはどういことか、判るか?」

闇の中だった。

窓から、微かな光が入ってきている。

四門は、折りたたみ式の車椅子に縛り付けられていた。

広々した部屋。

かつては、オフィスフロアであったのだろうその部屋には今は何も置かれておらず牢獄のように殺風景だ。

耳の傷には止血をされ、包帯を巻かれている。

モルヒネを打たれたおかげで、今は痛みはない。

百鬼と名乗った男は、キャスター付きのバッグから取り出したものを組み立てている。

小さなハンドライトの輝きが、闇のなかに百鬼の顔を浮かび上がらせていた。

四門は、投げやりに応える。

「何が言いたいんだ、あんた」

「ああ、つまりだ。宮本武蔵は負けると判っている相手とは試合をしなかったんだ。記録では細川藩の剣術指南役、松山主水の一番弟子村上吉之丞との試合から逃げ出している。松山主水は、武蔵より強かったということだな」

「それが、どうしたんだ」

百鬼は、四門の不機嫌な返事を意に介さず、話を続ける。

手は作業を続けていた。

「松山主水は、二階堂流の使い手だった。武蔵はようするにその二階堂流を攻略する術を編み出せなかったんだよ。二階堂流は無敵ということだな。事実ある種の魔法に近いものがある」

四門は吐き出すように言った。

「そんな遠い昔の剣術など、どうでもいいだろう」

「なぜ、おれが強いのかあんた知りたくないかと思ったてね」

「なんだと?」

百鬼は、闇のなかで四門のほうを振り向く。

闇のなかで影となって浮かび上がる百鬼は、悪魔のように見えた。

「おれは二階堂流の最後の伝承者だ」

四門は溜息をつく。

「あんたは自分が魔法使いだといいたいのか?」

「おれはただの剣術家だよ。現代は剣術家にとっていい時代だと思う。武蔵も現代に生まれていればもっと斬ることができたし、もっと技を極めることができたはずだ。武蔵の斬った数は三桁にとどいてないたろう。おれは千人以上斬った」

「馬鹿な。そんなことできるわけが」

「ジョン・レノンの歌に戦争のない世界を想像してみな、っていうのがあるだろう。おれたちの住むこの世界は、まさにそれなんだよ。戦争のない世界」

四門は目眩を感じる。

百鬼の言うことに、苛立ちを感じた。

こいつは、同じ時代、同じ世界に生きていながら、全く別のものを見ているかのようだ。

「戦争はなくなっていない。いくらでもやられているだろう。今この瞬間も」

「戦争というのは、戦時法に基づき一定のルールに乗っ取って行われる外交行為の延長だ。戦時法を無視した戦闘が行われれば、それは戦争てはなく犯罪、テロルと呼ばれるものになる。現代、いや、第二次世界大戦以降に行われた国家間の戦闘は全てテロルであると言ってもいい。そして、戦争が無くなったということは平和も無くなったということなんだ。戦争は時間と空間を区切って行われるものだが、テロルはそうではない。いつでも、行使可能だ。現代とはそういう時代なんだよ」

四門はあきれて首を振る。

「あんたは、第二次世界大戦もテロルだというのか」

「もちろん。まさにそうだ。ドレスデン、広島。非戦闘区域に対する無差別爆撃。戦時法では禁止されている。これをテロルと言わずして何がテロルなんだ。それはベトナム戦争にも持ち込まれ、やがてテロルは常態化する。ヤルタ体制が継続している間はそれでも世界は安定していたが、それがくずれた以降。例えばボスニア・ヘルツェゴビナ、ルワンダ、チェチェン、スーダン、ダルフール。社会的道徳的規制は存在せず、恣意的な殺戮だけが世界に溢れ出した。国連はそれらを公式に容認した。つまり虐殺は国際社会で倫理的に正当化されたんだよ」

四門は吐き出すように言う。

「屁理屈だろう、それは」

「かもしれない。でも、国家が正義を維持するのを放棄したのは否定しようがない。歴史的に見てそれは始めての出来事だ。だからおれたちはもう自らの意思において、自身の倫理を選択するしかないんだ。おれはチェチェンでも、ルワンダても、ダルフールでもそれをやってきた」

四門は鼻で笑う。

「あんたの倫理とはいったいなんだよ」

「美しく斬ること。ただそれだけだよ。武蔵の時代ですら、それは赦されなかった行為だ。現代は素晴らしい、よい時代になったといえる」

そう言い終えると百鬼は立ち上がった。

組み上げていたものが、完成したらしい。

それは人型をしたものだ。

百鬼と同じくらいの背丈があり、同じコンバットスーツを着せられている。

暗闇では本人と見分けがつかないかもしれない。

「よくできたデコイだろう。風船と形状記憶ワイヤーを組み合わせて出来ている。ヒーターが最下部にあって中の空気を温めているから、赤外線スコープで見ても熱源として認識される」

百鬼はそのデコイを四門の傍らに置くと、バッグから取り出したスプレーを身体に吹き掛け始める。

「なんだよ、それは」

「温度を下げるスプレーだ。氷の細かな破片を吹きつけてる。これで30分ほどは、おれの身体は赤外線スコープに認識されない」

百鬼は、空になつたスプレーを放り捨てると、抜き身の日本刀を手にして歩き出す。

「おい、百鬼」

「あんたの仲間があんたを救出するために、もうしばらくしたら突入してくるだろうからな。身を隠すよ」

そういうと、壁にある電源設備の点検スペースへ入るためのドアを開き、中へと入る。

後に残ったのは、デコイと四門だけ。

闇が音も飲み込んだように、沈黙か降りてきた。



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