其の三
廃墟の街に、ツーシータのドイツ車が入ってくる。
あたりは、黒服の男たちによって封鎖されていた。
申し訳程度に、工事中の標識が立てられている。
ツーシータの車から、長身の男が降りた。
痩せており、ミュージシャンのように長い髪を靡かせている。
ただ、明らかにミュージシャンと異なるのは、その獰猛な目の輝きであった。
まるで飢えた猛禽のような漆黒の瞳で、あたりを見回す。
「花世木さん」
花世木と呼ばれた長身の男は、黒服のほうを振り向く。
声をかけた黒服は、花世木に一礼をする。
「社長がいるのは、そのビルか」
「はい。踏み込みますか?」
「いや、戦争屋が来るまで待つ。要求はまだ何もないのか」
「はい」
「情報も無しか?」
「はい。戦争屋ですか。金がかかりますね」
花世木は苦笑する。
「どこが雇った鉄砲玉か知らんが、後でたっぷりとりたててやるさ。まさか、王のところが雇った者ではないだろうな」
「あそこの幇には内通者がいますので、あそこに雇われたのならすぐ判ります」
花世木は、しゃがみ込むと死体に被せられたカバーをめくり、覗き込む。
「日本刀か」
「はい、凄まじい切り口です。こんなふうに斬られた死体、始めて見ましたよ」
花世木は立ち上がり、放置されたリムジンを見る。
防弾ガラスが二カ所砕かれていた。
黒服が感心した口調で説明する。
「多分、25ミリのライフル弾ですね」
「ああ?」
花世木は、呆れた声を出す。
「大砲じゃねぇか、それは。対物ライフルかよ」
「バーレットかもしれません」
「馬鹿言え」
花世木は、口を歪める。
「戦争屋、遅いな。所轄には連絡したのか?」
「はい。手だし無用ということで。やつらも命は惜しいですからね。通報があっても工事中ということで片付きます」
「まあ、相手はひとりなんだから、そうそう派手な銃声も爆発音もたたないだろうが」
花世木がそう言い終えたとき、2台の軍用トラックが入ってきた。
トラックからコンバットスーツの男たちが降りてくる。
カラシニコフタイプの自動ライフルを手にしていた。
よく見れば中華製のコピー品であることが判るしろものだ。
「戦争屋のお出ましですか」
黒服の言葉に、花世木は歪んだ笑みで応えた。
男たちが整列た後に、黒のロングコートを身につけたおんなが降りてくる。
狼の鬣のように波打つ黒髪を靡かせたおんなは、アイパッチで片目を覆っていた。
それでもおんなは、とても美しい。
化粧をしているわけでもなく、残った片方の瞳は恐ろしく深い闇を潜ませていたが。
それでも、闇色の光に覆われているような美を放っていた。
「マリア・キルケゴール大佐」
花世木に声をかけられた大佐と呼ばれたおんなは、楽しげに笑ってみせる。
「よう、花世木。おいしい仕事をありがとうよ。ヤクザひとり片付けるだけで2千万なんだろ」
花世木は憮然とした顔になる。
「殺したらペナルティーとして一割もらうぞ」
大佐は喉のおくで、くつくつと笑いながら煙草をくわえる。
「たった2百万だろ。太っ腹だな。一応注意するさ」
「社長が死んだときには、必要経費の精算のみだ」
「ふん。さすがにそれはないな。たかがヤクザひとりが相手だろ」
「嘗めないでくれよ。実戦経験のある特種部隊あがりの傭兵を4人殺している」
大佐は、あはははと笑う。
「おいおい。USAの実戦配備経験があるサラリーマン兵士だろ。あたしたちとそんなのを一緒にしてもらっては困るな」
大佐は獰猛な笑みを見せた。
「あたしたちはね。殺して殺して死体の山を踏み越えてここにいるんだ。戦うことが生きることなんたよ、あたしたちは」
大佐は、ふうっと煙草のけむりを吐き出す。
花世木は、溜息をついた。
大佐は、傍らの痩せた男に声をかける。
「ヴォルグ、どうだ。いたか、ヤクザは」
ヴォルグと呼ばれた男は、赤外線スコープと、ノートパソコンのディスプレイに表示されたソナーの結果を見比べる。
「熱源が二つ。最上階の八階ですね、キルケゴール大佐」
「隣から屋上に行けるか」
「大丈夫ですよ」
「よし、ブリーフィングで確認したプランどおりだな」
大佐は、獲物を前にした虎のように優しく微笑む。
「ユーリの隊と、アレクセイの隊は屋上から。左右に展開して突入」
兵たちが応える。
「了解」
「イワンの隊と、アリョーシャの隊は非常階段を上がって廊下で待機」
「了解」
「ユーリとアレクセイの隊は、アサルトライフルを使うな。トカレフだけで十分だ。ターゲットの武装は日本刀。もしかしたら対物ライフル。まあ、そんなもの屋内ではじゃまになるだけだ。できれば、ターゲットは殺すな」
「了解」
大佐は、手を振り下ろした。
「野郎ども、突入だ。あたしは腹が減っている。さっさと片付けて気前のいい花世木のだんなの金でディナーを食いに行くぞ。王の店で満漢全席だ」
男たちは静かに頷くと、闇のなかへ溶け込んでいった。
「花世木。30分かからんよ。こんな仕事を週一でくれればありがたいね」
花世木は肩を竦める。