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ファーストキスは謎の味

キスというのは、ただの口と口の粘膜が接触しただけのこと。そんなことを、恋愛に対して過剰な程に否定している芸能人が言っていたような気がした。確かに科学的に見ればそういうことなのだろう。事実を事実のままに、なんの装飾もなく伝えてしまえば……それだけの話なのだ。ただ、それだけだととても味気ない。味気ないという言い方も少しどうかと思うので、この場合はロマンがない。という言葉に言い直しておく。


さて、そんなキス……別名、接吻なのだが。もちろん色々な種類がある。それこそ、場所によって色々な意味があり首筋や手の甲。手のひら、頬……他にも挙げればたくさんあるだろうが、万国共通の認識からして、口へのキスは……たぶんというのかもちろんというのか、恋愛的な意味を持つ。そしてそれをする相手も、もちろん恋愛的に好きな人とするのだろう。


なら……出会って数分という関係で、口へのキスをしてしまった……されてしまった場合は一体どうすればいいのだろうか、取り敢えずご馳走様とでも言えばいいのか、俺には正解を見つけられる術がなかった。極めつけには貴方を愛している……なんていうストレートな告白までされてしまった。もうどうしようもない、考えるのをやめたい……その前に、既に考えられるほど冷静ではない。


「あ、愛してるって……」


「はい……愛してます」


少しも言いよどみもなくはっきりとその言葉を口にする女の子。小柄な体つきを見る限りは年下なのかもしれないが、その肝の座った精神は凄いと素直に感心してしまう。あの発言からこの女の子は一度も、俺から目を離してはいない。まっすぐに俺を見つめていた。その藍色の瞳に吸い込まれるような感覚に陥りながらも、なんとか言葉を返す。


「い、一応……意味はわかって言ってる?」


「もちろんです……愛してるっていうのは、その愛している人に身も心も捧げたいっていう気持ちだと記憶してます」


ま、まぁ、確かに間違ってはいない。恋愛観が崩壊している俺が言ってもなんの保障にもならないし、むしろ間違っているのではないかとさえ錯覚してしまうが、これくらいなら普通の人でもそう思うことだってあるはずだ。


「それから……愛している人にペットみたいな扱いをされたり、亀甲縛りにされたり、言葉責めにされたりしたいという意味だということも」


「……はい?」


少し不穏な……おかしな単語が聞こえたような気がした。あれ? 愛してるってそんなにハレンチな意味を持っていただろうか。聞き間違いなのかもしれないとそう思っていると、さらに少女は淡々と続けた。


「愛してる人に四六時中イジメられたり、特には監禁プレイなんかもしてほしい……という意味だということも」


「それは流石に違うよな!?」


聞き間違いではなかった。この少女は本気であんなことを臆面もなく言っていたのだ。顔は無表情なままなので、恥ずかしがってるとも思えなかった。これは流石に……俺が言うのもなんだが異常なんじゃないだろうか。人の性癖に口を挟むほど俺は無粋ではないが、これは流石にこの子の将来的に不安を感じる。


「違いましたか……?」


「あぁ、違う……というか、俺達まだ会って数分だろ? そんな奴にどうしてそんなことを……」


俺がそういうと、女の子の表情が初めて変わった気がした。変わったと言っても、少しも眉がぴくっとした程度だが……変化はあった。


「覚えて……ないですか?」


「え……?」


次に女の子が発した言葉に、俺は驚きと疑問を覚えた。覚えてない……その言葉の意味を考えるのならば、きっとそのままの意味になるんだろう。となると、俺はこの子とどこかで会っているということになる。しかし……記憶を探ってみたが、正直見覚えはなかった。俺はあまり記憶力に自信はないから、忘れてしまっている可能性もあるが、流石にこんなに可愛い子を忘れるなんて……と、少し自己嫌悪に襲われてしまった。


「覚えてないのなら……仕方ないですね」


「わ、悪いな……なんか」


「気にしなくていいです……身体で思い出させますから」


「俺達ってそういう仲だったの!?」


今日一番の衝撃的な事実だった。俺は体の関係まで持っている女の子のことをすっかり忘れていたというのか。そこまで最低な男だったのか……そう考えると頭が痛くなる。これは流石に謝るべきだろう。誤って許されることじゃないだろうが、せめて誠意はしっかりと見せるべきだ。むしろ、俺の一生をかけて償うくらいの……。


「安心してください……私はまだ処女ですから」


「俺の心配を返してくれませんかね!? っていうかそんなこと聞いてないからっ!」


少しホットしたものの、何なんだろうかこの子は……俺を知っているみたいだけど、ちょっとブラックなジョークを言ってみたり、さらっと処女宣言してみたり、なのに顔は冷静そのもの。感情の起伏がないというより、感情がないに近いように感じてしまう。


「そうでしたか……くしゅんっ」


「あ……そういえばまだ外だったんだよな。 風邪ひいちゃうといけないし……そろそろ家に帰った方が」


「そうですね……そうします」


「あ、あぁ……それじゃあな」


「はい……」


不思議な子だったな……そう思いながら家へと向かう。あのまま放置をしてしまうのは少し冷たいかもしれないが、あれ以上話を発展させたら本気でいろいろと大変なことになる気かしたのだ。だから、今は考えないことにする。ちなみに俺の家は……言ってしまえば平凡だ。特に金持ちというわけではないが、貧乏というわけでもない。普通の一軒家だ。


「ここが家ですか……」


「あぁ、そうだな」


「普通ですけど……いい家ですね」


「そりゃあ、ありがとな」


「そして今日からここが私の家になるわけですか」


「……そろそろツッコミいれていいか?」


「青姦がお好みですか……?」


「ちげぇよ!! なんで付いてきてるんだってこと!」


そう言うと、何を言ってるのかと言わんばかりの表情を向けられる。え、なに? 俺が間違っているのだろうか。突然の告白してきた女の子がいて、その子が勝手についてきたことに対して可笑しいと思うのは普通じゃないのか? 自分の価値観が疑わしく思えてきてしまった。


「私は恋人ですし……」


「いつの間に!? 俺まだ了承してなかったよな!?」


「ダメですか……?」


「だ、ダメっていうかなんていうか……こういうのはもっと段階ってものがあると思うんだが……」


「大丈夫です」


「その自信はどこから……」


そんなやり取りをしていると、少し寒い風が吹いた。女の子の方を見ると、当たり前のことながら寒そうに体を震わしていた。相変わらず表情は変わらないけれど、体が小刻みに震えているのを見れば充分わかる。


「はぁ……取り敢えず入りな。 このままじゃ風邪ひいちまう」


「……優しいんですね」


「普通だろ……これくらい」


優しい……そんなことを言われるのは俺は苦手だ。なんていうか、言われ慣れていないのもあるが、少し照れくさい。それに……俺はそんなに優しい人間ではない……と思うから。


「ただいま……って!?」


「あ、おかえりぃ。 くぅちゃん」


ドアを開けるとそこには、全裸の女の子がいた。黒い髪の毛が腰のあたりまで伸びていて、幸か不幸か、髪の毛が胸部を隠しているためおおよその大きさしかわからない。しかし、胸部はかなり立派なことがわかる。


「おかえり、じゃなくて……なんで裸なんだよっ! 服着ろよっ!」


「え~……仕方ないんだよぉ? さっきまでお風呂はいってたんだしぃ……それにぃ、アタシ達は姉弟なんたからぁ、問題ないでしょぉ?」


「問題大ありだろっ! 姉弟とはいえ俺は男だぞっ!」


ちなみにこの女の子は因幡秋羽。話にあったように……俺よりも一歳年上の姉で、高校生。どこの高校に入ったのかは聞いても教えてくれなかったが、とにかくこの家の大黒柱と言っても過言ではない人だ。


「なるほど……こういうのもありですね……」


「そこっ! 何してるのかなっ!」


「何と言われても……次に向けてメモをしておこうかと」


「没収!」


「あ~……なにするんですか……」


なにやら不穏な単語が見えたような気がしたので取り敢えずそのメモを没収することにした。あわよくばそのまま押し倒すなんて単語は俺は見なかったし、どこにも書かれてなんていなかった、うん。


「ん~? あれぇ? もしかしてぇ、出雲ちゃん?」


「お久しぶりです……秋羽さん」


軽く会釈をする女の子。姉さんの反応からしてやっぱり知り合いらしい。俺はさっぱり覚えていないが……どうして俺は知らないのだろう。一応、この子は出雲っていう名字ということはわかったのが収穫だろうか。


「姉さんは知ってたのか」


「あれれぇ? もしかしてくぅちゃんは覚えてないの?」


「あぁ、さっぱりな」


「へぇ~……まだ効いてるんだねぇ」


「なにか言ったか?」


「ううん、なぁんにもぉ~、もぉ、くぅちゃんは忘れん坊だなぁ」


にっこりと笑う姉さん。確かにさっきなにか言ったような気がしたが、気のせいだったのだろうか。まぁ、何か言っていたとしても、姉さんは一回こういうと話してくれないから、諦めるしかないだろう。


「ところでぇ~、卒業式はどうだったぁ?」


「それは後で言ってやるから、さっさと服を着てこい服を」


「はぁ~い」


小走りで二階にある部屋に向かう姉さん。学力では群を抜いている姉さんだが、こういうことには疎い……というか、少し抜けているところがあると言った方が正しいだろう。服が表裏逆だったりすることは日常茶飯事だし、暇あれば寝ていることが多い。だがあの容姿な事もあってか、姉さんがあの中学にいた頃は眠り姫という二つ名があったくらいだった。その眠り姫に告白する男子は当たり前のことながら沢山いて、でも一人として結ばれたことは無かった。


彼氏を一人も作らない美人の眠り姫の姉と、異常な恋愛観を持った彼女を作っては別れる弟。一時期学校では有名だったが……人というものは飽きるもの。姉さんが卒業する頃にはそういうことで話題に上がることはなく、あったとすれば……俺の陰口をいう奴らくらいだった。


「はぁ……さてと……俺も着替えてくるかな」


「手伝います……」


「じゃあお願いしようかな……なんて言うと思ったかっ! 先にリビングに行って待ってることっ、OK?」


「仕方ありませんね……」


落胆した様子で俺が指さしたリビングの方へ向かう出雲という女の子。もちろん、表情にでていたわけではないが、なんとなく……声のトーンでそんな感じがしたのだ。よく考えるとあの子もわかりやすい……のだろうか。


そんなことを考えながら、上の階に上がって自分の部屋に入る。学ランを脱ぎ捨ててベットに横になり、ふぅっと息を吐く。部屋には置いてある時計の針の音が響き、それ以外は何も聞こえない静かな場所。先程まで騒がしかったせいか、静かになると色々と記憶が再生されてしまう。最初はやはりフラれたこと……慣れているとはいえ、フラれると心が痛くなる。いつだって慣れることはないし、きっと慣れてはいけないことだ。


二つ目はあの出雲っていう子のこと。いきなりキスをされて告白された。いくら俺でも……ここまで衝撃的なのは初めてだったので、今でも夢のような感じがしてくる。でも微かに感じる疲労感は、間違いなく先程まで緊張していた糸が緩んだせいだろう。姉さんは覚えていて俺は覚えていなかった。理由はわからなかったが……少しひっかかる。でも何がひっかかっているかもわからない。考えれば考えるほどわからなくなっていく気がするので、深く考えるのはやめるが、早く思い出さないといけないだろう……。


「なんだか眠くなってきた……」


卒業式を終えたからなのかなんなのか、少し眠気が襲ってきた。早く着替えて出雲さんのところに行かないといけないのに、何故か体が予想以上に重かった。そこまで疲れることはあっただろうか……なんてことを考える気力もだんだんなくなっていった。


がちゃりとドアが開けられる音が聞こえたが、もうそれに反応する気も起きず、そのまま眠気に俺の意識はさらわれていった。最後に感じたのは体が何かに覆いかぶされるような感覚と、柔らかくて暖かい感覚。


そして……


「因幡空叶さん……貴方は私を……助けてくれますか?」


そんな声が……聞こえた気がした。



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