表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

恋とは病であり、呪いである

 恋とは病である。誰がこんな言ったのかは忘れてしまったし、どこで聞いたのかも忘れてしまったけれど、その言葉に俺は聞き覚えがあった。聞き覚えがあると言っても、軽く聞き流していたものだから、その言葉の正しい言い方もどういう経緯でそういう風に言われているかも俺は知らなかった。正しい言い回しや現象の詳しい意味なんて言うものには興味はなかったからだ。いや、この言葉を聞いた当初は恋なんて言うものにも興味はなかったかもしれない。


 でもそれは……所詮昔のことだ。


 人間、年をとって男女の差というものを理解し始めれば、多かれ少なかれお互いに興味を持ち出す。お互いにないものを持っている人に興味を示す。それは人間の本能的なものなのではなかろうか。それに対する絶対的な、体質でも能力でもない、一度違ってしまったら絶対に手に入ることがない、それが性別というものなのだから。それに興味を持たないものなどいない。


 では、その興味の行く先はどこなのだろう。最初はお互いを差異による興味。その先にはなにがあるのか。人によってこの答えは様々だろう。ただの無関心に戻るのか、敵対心と変貌するのか、恋というものになり、やがては愛にレベルアップするのか……


 少なくとも俺は、そのどれにも当てはまってはいなかった、的外れだった。女の子に対して無関心になるようなことはないし、ましてや女の子という存在に敵対心を持つわけでもない。ただ恋をして愛になることもなかった。だが、俺の心に抱いていた感情はそのどれよりも違っていて、身勝手なものだった。心ではだめだと分かっている。知っている。でもそれは治ることはなかった。


 これこそ……本当の恋の病というものなのかもしれない。


 いや……


 「ごめんなさい……あんたの愛は重すぎて、あたしじゃ無理……さよなら」


 これは……恋の呪いだ。


 

**



 雪が降り積もる冬の日。外はちらちらと雪が降り、教室と外とを分け隔てている窓ガラスは白くなり、外と中の温度差をこれでもかというくらいに表していた。だがそんなものとは比べものにならないほどに俺の心は冷え切っていた。これを言い表す言葉を俺は知らないけれど、きっと南極に裸でいるくらいには俺の心は寒くなっていた。

 

 「あ~……隕石降ってこねぇかな……」


 「おいおい、物騒だな。 今日はめでたい日だっていうのに」


 めでたい日、その言葉に俺はツッコむ気力もなく、右手をひらひらさせて適当に返事を返した。めでたい日、そうだ、確かに今日はめでたい日なのかもしれない。確かに俺も数時間前までは今日がめでたくも感慨深い日になるはずだった。そう、数時間前までは……だ。今の俺はそんなことはもうどうでもよくて、今すぐにでも家に帰って布団に入りたい気分でいっぱいだった。


 「もう家に帰りてぇ……」

 

 「早すぎるだろ。 まさかオマエ……今日はあれだだったのか?」


 あれ……。俺はその言葉に肯定の意を表してうつ伏せになりながら頷いた。


 「あ~……そうだったのか。 すまん、知らなかった」

 

 「いや、別にいい……むしろ知ってたらビビる」


 「あ、あはは……そうだよな。 えっと、何回目だっけか……」


 「今日で人生始まってから、百回目だ」


 「お、おぉ……区切りがいいな」


 百回、この回数は異常だ。普通じゃない。普通じゃあり得ない。少なくとも、今日中学校を卒業する人間が出せる数ではない。もうすぐ人生を終える人間ならな、まだ信憑性があるだろう。


 「今回は何日間もったんだ?」


 「三週間……」


 「お、なら結構長持ちした方じゃないか? この前は三日間だったろう?」


 そんなのは結局ドングリの背比べだ。三日だろうと三週間だろうと結局短い事には変わりないし、その原因が俺にあるというのも変わらない事実なのだから。何もかもが俺の、自分の罪だということは、言葉にする必要もなく明らかなのだから。なにも変わりはしないのだ。


 「まぁなんだ、あまり自分を責めすぎるなよ? オマエのそれはそう簡単に治せるもんでもないんだからよ。 ほら、もう皆体育館に行ってるし、俺らも行こうぜ」


 「あぁ……わかってるよ」


 憂鬱でありながらも、こればかりは出なければならないだろう。一つの終わり。中学生という自分の殻を、完全に脱ぎ捨てる。そんな儀式を。そんな卒業式を、俺は今までの自分を振り返ることに使ってみた。体育館には行き、席についたものの……今までの学校生活を思い出して泣けるほど、俺は思い入れがあったわけでもなかったし、むしろ俺の人生が始まったころからの呪いで学校生活がめちゃくちゃになった思い出しかなかったからだ。それに、隣ですでに号泣している我が旧友のおかげで、俺の涙も吸い込まれてしまったようだから。


 さて、ではどこから語ろうか。


 最初に、その呪いが始まったのは五歳の頃、幼馴染だった女の子に告白された俺は、まだ恋愛感情もなにも知らなかったにも関わらず、ただ了承してしまった。だが、相手を好きという感情を知らないその時の俺にとって、恋愛というものを知る由もなく、ただ一緒にいることが恋愛なのだと思っていた。だから俺は、どんな時でもその幼馴染の隣にいようとしたらしい。お風呂でも、トイレでも、どこでも。そんなにしつこくされれば幼馴染だって鬱陶しく思うのは当たり前で、幼馴染は……、ついてこないで!、と言ったらしい。


 それに対して俺が言った言葉は……どうして? 好きって一緒にいることなんだよね? ねぇねぇ なら一緒にいようよ。ずっと、いつまでも、ずっとずっと。僕がおじいちゃんになるまでずぅっと……これが好きで、僕達同じ気持ちなんだよね。ならこのままでいいじゃない、どうしてついてこないで何で言うの? 僕達がいればあとは何もいらないよね?


 ……、そういったらしい。今から十年も前の話だから詳しくは覚えていないけれど、それを怖がった女の子はおびえて、結果的に引っ越してしまった。今思い返してみれば、とんでもない勘違いで一方通行のヤンデレだ。過去の自分とわかっていても、いや、わかっているからこそ気持ち悪かった。そして、これからが、俺の呪いのような恋愛劇の始まりだった。


その後、幼馴染と疎遠になった俺は小学校へと入学した。そこでの俺は、特に目立つような子供ではなかった。人気者というわけでもなかったし、物事の中心に立つような子供でもなかった。ボッチではなかったものの、友達がたくさんいるとも言えなかった。ちなみに、先程少し話題に上がった旧友と出会ったのはこの頃だったような気がする。どうでもいい話はさておき、小学校に入れば、今までとは比べものにならないほどに同い年の人と過ごすことになる。これはあの頃の子供にとってはいい刺激になるだろうが、俺にとっては、そこに行ったことさえも間違いではないかと俺は考えていた。


 その理由。自慢ではないが、あの頃の俺は良くも悪くも正直者だった。思ったことは全て包み隠さずいうし、人に対して抱く感情というのも、プラスなことがほとんどだった。だからなのか、可愛いとか綺麗とか、そういう言葉を異性に対して堂々と言える子供だったのだ。それがまたお世辞ではなく全部本当なのだから、小学生の異性が自分に好意を向けていると勘違いするのにそう時間はかからなかったのだろう。そして、小学生の時は異性の方から告白され、俺は全て流されるがまま付き合うことになっていった。


 だが、俺の恋愛観は幼馴染の時ほどとは言わないが歪んでいたため、一方的な依存、そして嫉妬の権化ともいえるほどに嫉妬をしてしまい、また一方的にヤンデレを発動させていたのだった。そうなれば、小学生の異性が耐えられるはずもなく、破綻していった。今まで付き合っていた人の七割は、皆小学生の時に付き合っていた人達で、長く続いても一か月が長い方だった。それでも、一人別れればまた違う人と付き合ったりと、はたから見ればただの女垂らし野郎だ。


 そのため、小学校では小学生らしい物理的ないじめも多く、毎日体に傷を作っていたが、親に心配はかけたくなったこともり、そこは普通の子供と同じように嘘をついて誤魔化していた。


 中学校でも恋人が出来るのは早いものの、直ぐに別れるということを繰り返していた。中学校では、肉体的ないじめよりも精神的なものが多く、人と人とを渡って俺の悪評は広がり、俺と付き合って依存している姿を楽しみ、プレゼントを買ってもらうためだけに付き合ったり、今度はどれくらい続くのかを賭けている人もいた。俺は別にそういう人達のことは無視していたのだが、それもあり、俺は中学校で孤立していった。最後、卒業式の頃には、旧友と、先程フッてきた女の子しか話していなかった。


 そしてめでたく今日をもって口をきくのは一人になってしまったわけだが……それはもうこの際どうでもよくなっていた。


 これが、俺の言っている呪い。俺の曲がってしまった恋愛観、変えようにも、本気になればなるほどその恋愛観は表に出ようとする。何度も抑えようとしたけれど、やっぱり駄目だった。


 この呪いとはきっと永遠に付き合っていくことになるのだろう。そして、このままでは、一生添い遂げるような相手は出来ないだろうし、将来は独身で過ごしていくのだろうな、と何となく思ってしまう。別にそれが嫌だというわけではない。むしろ、俺のせいで純粋に悲しんだり、怖がっているのなら、そんな相手は作ろうとしない方がいい。そんな人の顔を見るのはもう嫌だから。


 だから俺は……これからは一人で生きていく、誰も隣にいなくていい……最後の一瞬まで、一人でい続けるんだ。



**



 過去回想はここまでにしておこう。正直これ以上細かく掘り下げて過去話をしたら鬱になって死にたくなる。わざわざそうなりに行く理由もないからこれで終わりだ。


 卒業式は俺の過去回想をしている間に終わり、教室にいる生徒達は思い思いの思い出話を繰り広げ、泣いたり、写真を撮ったりしていた。旧友は何か用があるとかで先に帰ってしまったので、正直ここに長居する必要もない。ただ、外は卒業式が終わったあたりから吹雪になっていたので、帰るのには少し骨が折れそうではあった。


 今更だが、どうしてこの季節に雪なのだろう。もう三月くらいなのにも関わらず、雪が降るとか、地球もそろそろ末期なのかと思ってしまう。ホワイト卒業式とかいったい誰得なのか。そろそろやんでくれませんかね。


 そう願っても、吹雪はやむ気配がなく、仕方ないのでこの吹雪の中帰ることにした。少しは雪に当たって行くのも一向かもしれない。そう思い、俺は吹雪の中下校する。案の定外は寒く、もっと厚着をして来ればよかったと軽く後悔していた。


 でもそのうち慣れるだろうと思いながら下校の道を進んで行く。中学の卒業式を迎えても、その道は違って見えたりすることはなく、いつもと変わらないつまらない道だった。年を重ねれば成長するという話も時々聞くが、人の人生とは、そんなに単純なものでもないのだろう。


 「ん……?」


 もうすぐ家に着こうとしていた時。見慣れた公園の中心に、一人の女の子が立っていた。少し青が混ざった銀髪に少し小柄な姿。顔は遠くてよく見えないものの、きっと可愛い子だろう。白を基調とし、体が小柄なせいか、ひざちょっと上まで隠しているダッフルコートに、白いマフラー。足に履いているのは黒のニーソックスだろうか。


 ただ、確かに可愛いオーラは出ているものの、普通ならそれくらいの女の子なら、歩きながらチラ見するくらいが最高限度だろう。でも俺は足を止めて、食い入るようにその子を見ているのだ。変態だからとかそういうことはないから誤解はしないでほしい。俺が足を止めた理由はちゃんとあるのだ。しっかりとした理由が。


 それはその女の子が、公園の真ん中に立ちながら空を見上げているのだ。こんな吹雪の中、微動だにせずに。


 これだけのことがあれば、不審に思って足を止めた俺を誰も責めることは出来ないだろう。だから俺は、意を決して、覚悟を決めて、その女の子に話しかけてみようと思った。なにか困っているのかもしれないし、困っているのなら助けてあげない。電波ちゃんの場合は、まぁ……謝って退散するか、聞くだけは話を聞くことにしよう。


 そう決心した俺は、公園に入って女の子に近づきながら声をかけてみた。


 「あの~、そんなところにいると風邪ひいちゃいますよ?」


 「……っ」


 よし、当たり障りのない言葉だったはずだ。これで何気ない会話に発展で出来る。そう思っていた俺の考えは、次の瞬間どこかへと消えることになる。

 

 「ん……」

 

 「んむっ!?」


 気づけばいつの間にか、女の子の顔は目の前にきていた。予想通り白く整った顔立ち、おとなしそうな表情でありながら、ほんの少し赤く染まる頬。女の子特有の甘い匂い。そして……唇に当たる柔らかい感触。


 柔らかい感触? これってまさか……キスというものだろうか、日本語で言うところの接吻。場所によっては様々な意味を持つ、そんなキス……キスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキス……キス!?


 「ぷはっ……な、なんで……」


 混乱する俺をよそに、その子は微かに微笑みながら、ゆっくりと口を開いた。


 「私は貴方を……愛しています」


 その時の女の子の笑顔に、俺はただ見惚れてしまった。











 


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ