再開
どのくらいの時間が経ったのだろうか。健人は母がつけたテレビの音で目が覚めた。しかし、目が覚めたにも関わらず、健人は一向にこたつから出られない。
「健人!春休みだからってボーっとしてないでたまにはゴンの散歩にでも行ったらどうなの!?」
母がトーストを食べながら健人に言う。ちなみにゴンとは春坂家の愛犬である。犬種はビーグル。
健人は身体がまだ働かない状態だったが、たまにはゴンの散歩もいいかと思い、何とかこたつから起き上がり、顔を洗いに行く。
しかし、3月の朝はまだまだ寒い。どうしても行く気が湧かない。ダラダラしている内に結局出発が11時になってしまった。
「ほらっ!ゴン散歩行くぞ!」
健人は玄関のドアを開けてゴンに話しかけた。しかし、ゴンは玄関から人が出てくる音を察知しており、既に散歩に行けることを予想して犬小屋から出て待機していた。
そういえば永見町を歩くのも久々だな。健人はゴンを連れて、かつての中学までの道のりを歩きながらそう思った。高校へは電車通学であり、地元を歩くことは中学を卒業以降ほとんどなく、遊ぶ場所もないため、永見町をブラブラすることは皆無に等しかった。
懐かしい道を歩き、テキトーなところで切りあげて家に着いたところ、時刻は11時30を過ぎていた。ゴンはまだ歩き足りないと言っているかのように犬小屋に繋がれるのを嫌がっていたが、いざ繋がれるとすんなり諦め、置いてあった水を飲み干す。
健人が散歩から帰ってきて昼食を食べ終わり、そろそろ返信来るかなと意識したとき、計ったかのように奈緒からラインの返信が来た。
「今部活終わってライン見た!返信遅くなってごめん(>_<)15時で大丈夫だよ!じゃ、現地集合でいい?」
ラインを見た健人は、またよっしゃと思い、ガッツポーズする。「現地集合で大丈夫だよ!じゃあまた後ほど!」とラインを返し、ウキウキ気分でいると、そういえば着ていく服どうしようと別の問題があることに気づいた。散々悩んだがそこまで服にレパートリーがあるわけではないので、無難にボーダーのパーカーにベージュのカーゴパンツに着替えた。これからは麻衣さんとデートに行くとき用の服も買っとかないとな、と健人は決心しつつ、末永珈琲を目指して電車に乗り込んだ。
高校までの最寄り駅である京松駅を過ぎ、風水駅で健人は電車を降りる。そこから10分ほど歩いたところで目的の末永珈琲に到着した。
早く着きすぎたな。健人はスマホで時間をチェックしながらそう思った。15時の待ち合わせで、スマホの時間は14時半と表示している。外で待っていようかと思ったが、今日は昼を過ぎても寒く、ここで30分待っておくのは厳しかった。健人は近くのコンビニで時間を潰そうかとも考えたが、先に入って待っとくかと思い、店内に入っていった。
入った瞬間、コーヒーのいい香りが健人を出迎える。次に若い女性の賑やかな声が健人を出迎える。若い女性客が多いだろうなと健人は予想していたが、さすがに女性のがやがやする声を聞いて、健人は男一人の状態が途端に恥ずかしくなり、奈緒と一緒に入れば良かったと後悔した。とりあえず店から出ようと健人は思ったが、引き返す前に店員が「何名様ですか?」と聞いてきたため、健人は引き返すタイミングを失った。引き返すのを諦めた健人は、店員に後からもう一人来ると伝え、席に案内してもらう。
席に案内されたときに店内を軽く見渡したが、やはり女性客しかいない。早く来てくれと思いながらスマホをいじっていると奈緒からラインが来た。
「ごめん。友達とご飯行ってたからちょっと遅れそう(>_<)」
まじか!頼むから早く来てくれ!俺の精神がもたない!健人はスマホを握りしめながらそう思った。
「了解!先入ってるわ。」
健人は余裕があるような文章で返信するが、相変わらずの女性客の笑い声が、みんなが自分のことを見て笑ってるような感覚に健人は襲われていた。健人には少し女性恐怖症が入っているのかもしれない。
15時を10分ほど過ぎたころに、いらっしゃいませという店員の声が奥から聞こえた。女性の声に終始ドキドキしていた健人に別の緊張が走る。しかし、店内に入ってきたのは別の客であり、少し緊張が緩んだ。しかし、そのお客さんのすぐ後に、奈緒が店内に入ってきたのが見えた。
奈緒は健人を探すため、辺りを見渡していたが、大勢の女性客の中で一人ぽつんと座っている健人をすぐに見つけることができた。目が合った途端、奈緒からぎこちない笑みがこぼれる。そして、奈緒は足早に健人の席まで来た。
「あ・・・。と、久しぶり」
「お、おう・・・こんにちは」
お互いまるで初対面かのように、ぎこちないあいさつを交わす。その瞬間、お互いタガが外れたかのように笑い出した。
「ちょっと健人!こんにちはって何!?さすがに余所余所しすぎるでしょ!」
「いやいやあいさつはやっぱり大事だよ!英語で言うとハローだよ!普通じゃ ん!」
「いやでもおはようとかこんばんははよく言うけどこんにちはって・・・!」
奈緒は健人との会話に笑いが止まらなくなっていた。こんなやり取りするのも久々だなあと健人は笑いながら思った。一度は疎遠になっても腐れ縁的なものはなかなか切れることはない。健人は久々に二人で話す一番仲がいい異性との再開に心の底から喜んだ。