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甘えん坊将軍【番外編】

拍手みたいなものです。

「待って、おいてかないで玲奈おねーちゃん!」

 幼少期、俺にとって玲奈は憧れのお姉ちゃんで、何をするにも彼女にべったりだった。

 責任感が強い彼女はたった一歳の歳の差でも、俺を守ってくれた。

 兄貴と聡也と三人でぐんぐん森を駆け抜ける彼女にどうしてもついて行きたくて、俺は泣きながら必死で彼女を追っていた。

 でもやっぱり身体が弱い俺が彼らのように動ける訳もなく、俺はいつも途中でリタイアしていた。

 それでもおいていかれるのが嫌で、男のくせにぴーぴー泣きわめいていたら、いつも決まって彼女が迎えにくる。

 もう、旭斗は泣き虫なんだからと呆れたように……でもどこか愛おしそうに、彼女はそう言って背中を差し出すのだ。

 その頃の俺は男のプライドなんてなくて、役得だとばかりに彼女の柔らかく香しい背中に飛び乗っていた。

 それから暫くして、親の都合で俺達はあの山を去った。

 中学生の頃、俺は変わった。いつまでも泣き虫のままではいじめられると知ったからだ。

 俺は中学から虚勢を張り続け、いつしかそれが俺の本当の姿だと周りも信じるようになった。

 実際に俺も、あの泣き虫な俺から卒業したんだと思っていた。

 しかし実際は甘えたい、泣きたいという衝動を抑えこんでいるだけで、本当に周囲の言う“強くて格好良い、俺様な旭斗”になった訳ではなかった。

 そんな時、芸能界に入らないかとスカウトされた。しかも五人いっぺんに。

 俺も他の奴らも迷わなかった。

 玲奈に良い男だと思わせるため、箔をつけるため、そして……偽りの自分を演じ続けるため。

 俺達はそんな理由で、こんな重要な人生の選択を二つ返事で決めてしまったのだ。

 では後悔しているのかと問われると、どちらとも言えない。

 時間に追われ、色んなものに縛られるくせに本当に好きな相手には会えない生活に、何度もやめたいと思った。

 でも、今はそれなりにやりがいを感じている。

 俺達に救われたという人を見ると、ああ、やってて良かったと思う。

 ――それに有名になったから会いたい人を見つけられたしな。


 *********


「やっぱり旭斗はいくつになっても甘えん坊だね。身体ばっかりこんなに大きくなっちゃって……もう」

 生が終わってすぐ自宅に駆け込み玲奈の前に頭を差し出すと、呆れたような声が降ってきた。

 ふわふわと柔らかく頭を撫でられ、安心すると共に眠くなる。

 俺は玲奈の“もう”が大好きだ。

 呆れたふりをしていつも面倒を見てくれる。

 素直な彼女の数少ない照れ隠しだ。

「なあ……玲奈ぁ……抱っこ」

「無理に決まってんでしょ! 何キロあるの?」

 無理とは言っても“駄目”とは言わない彼女の優しさに触れ、ますます欲望が高まる。

「そういう意味じゃねぇよ。ぎゅってしてくれ」

 また彼女の“もう”が聞けるのだと踏んで、俺は両手を広げた。

 しかしいつまで経っても彼女は何も言わない。

 嫌われたかと彼女の顔を見ると、なんと真っ赤に茹で上がっていた。

「……なっ……何言ってんの! 旭斗はアイドルなんだよ!? そういうのは大事にとっておかないと……。もう子供じゃないんだから、異性相手にハグすることの意味ぐらいわかってるでしょ!?」

「――わかってる。わかってて言ってんだ。お前を異性として大事に思ってるから、ハグしたい。……できればキスも、それ以上も……」

 俺の知らない間にどうやら彼女の中の俺は“泣き虫で甘えん坊な可愛い男の子”ではなくなっていたようだ。

 彼女の口振りからずっと子供の頃の感覚のままだと思っていたのだが、ちゃんと男として見てくれているらしい。

 ……しかも明らかに意識されている。

 俺は心の中で小さくガッツポーズをした。

 脈ありだ! 

「……旭斗は格好良いんだから、もっと自分を大事にしなよ。こんなオバサン相手にしてる暇ないでしょ? ほら、あの最近噂になってる女子アナとか……この前撮られたアイドルの子なんか若くて可愛くて良いんじゃない……?」

 玲奈は俺から目をそらして早口でそう言った。

 全く、普段あまりに正々堂々としているせいで、逃げるのが下手すぎだ。

「――逃がすかよ……」

 俺は玲奈の了解を得ずに強く抱きしめた。

「……な、何……? ちょっと、離してよ」

「嫌だ。今ここでお前を離したらどっかいっちまうだろ? この状況に耐えられなくて。わかってんだよ俺は。お前が俺達の中の誰かと男女の関係になるのを恥ずかしがってることぐらい」

 玲奈はここに住み始めた頃はまだ、俺達のことをただの“仲の良い男友達”としてしか見ていなかった。好意はあったが、友達としてで、男としては見られていなかった。

 しかし最近は違う。俺達に接する時、妙にぎこちなくなった。

 それはきっと、やっと俺達が大人の男だと気づき始めたからだろう。

 明らかに男として意識されている。

 やっと俺達はスタート地点に立つことを許されたんだ。

「……だって、あの旭斗だよ……? 泣き虫で、いつも私の後ろを一生懸命追いかけてた旭斗だよ? 恋なんて、できる訳ないでしょ? 彰人も、聡也も、弘太も、仁も……みんなただの友達としか思ってなくてあの時こっぴどくふっちゃったのに、今更恋愛なんて恥ずかしいというか、申し訳ないよ」

 それに、こんなに良い男になってるんだもん。それが理由で惚れたなんて思われるのは癪じゃん。と彼女は続けた。

 俺は別に構わないんだがな。結果として欲しいものが手に入りさえすれば。

「そんなこと、気になんかしねぇよ。お前に惚れて欲しくて俺達はこの仕事始めたんだ。風貌が良いからだとか、人気アイドルだからだとかを理由に惚れられることも考えていたさ。それに、お前はそんな理由で人を好きになんかならないってわかってるしな」

 我ながらアホだ。こいつが有名人だからとかいう理由で好きにならないってわかってて芸能界に入ってるんだからな……。

「じゃあなんで……」

「お前に“頑張ったね、偉いね”って頭撫でて欲しいから……じゃねぇか? 男ってのは大体そんな生き物だ」

 玲奈は暫くポカンとした後、ひとしきり笑ってから俺の頭を撫でてくれた。

 どうやら俺の余計な一言で彼女の中の俺達はまた“可愛い男の子”に戻ってしまったらしく、その晩俺は随分久しぶりに枕を涙で濡らしたのだった。

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