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宴の始末

これで最後です。

 彰人のゴリ押しは凄い。

 あいつは元から一度決めたら曲げないタイプだから、誰かから文句を言われる前に全て終わらせた。


 私達の村は市町村合併で県庁所在地と合併していた。彰人は自分の名前を使って市長にうんと言わせた。

 ……悪い大人がここにいる。

 名前が変わっても急に都会になることなんてなくて、久しぶりにきた私達の村はそのままだった。

 何度か打ち合わせを済ませてから、マスコミに嗅ぎつけられる暇もなく軽めの結婚式を済ませた。

 彰人の言った通り確かに校舎はそのまま残っていたし、体育館も残っていた。

 あまり込み入った話はしたことがないから今まで知らなかったけど、彰人達に親戚の類はいなかった。

 ……もしかしたらこれが理由でこの村にきたのかもしれない。

「……ねえ、彰人」

「なあに? 玲奈ちゃん」

「私って良く考えたら彰人のことなんにも知らない」

 彰人が有名人だってことや、表面的な性格ぐらいしかわからない。

 彰人が普段何を考えているのかとか、どういう人生をおくってきたのかとか、何も知らないんだ。

「……知らなくてもいいよ。これから知っていけばいいから」

 それとも、全部知らなきゃお嫁さんになれないと思ってる? ときかれて答えに詰まった。

 そうか、全部知らなくても困ることはないし、彰人にだって知られたくないことぐらいあるよね。

 私が何も言えないでいると、彰人はぶはっと豪快に吹き出してから謝った。

「ごめんごめん。君があまりにも真剣だからちょっといじめちゃった。……大丈夫。ちゃんと話すよ、全部。正直向き合いたくないことも少しあるんだけどね」

 そう言った彰人の横顔はいつになく精悍だった。まるで何かを決意したみたいに。

「話したくないことを無理に話す必要もないよ。確かに隠し事されるのはモヤモヤするけど、そのせいで彰人が傷つくのはもっと嫌だからさ」

「ははっ、男前だなぁ……」

 彰人はへらっと情けなく笑った後、少ししんみりした顔で感謝の言葉を言った。

「……玲奈ちゃんのそういう優しさに僕達はすごく救われているんだよ。そういうことは誰にだって言える訳じゃない」

 そう言われてもいまいちピンとこない。

 特に彰人達に対して何かをしている自覚はないし、むしろデリカシーがないから無自覚に傷つけているかもと思っていた。

 彰人にそう伝えると、彼は複雑な顔で笑った。

 ……こいつはアイドルになってからやたらと笑顔の種類が豊富になった気がする。

「何ていうか…僕達が単にチョロすぎるだけかも知れないし、君の育ちが良いだけかも知れない。……とにかく周りが何と言おうと君は僕達にとってとても魅力的な女性なんだよ」

 彰人が嘘を言っているとは思わない。

 彼は狡猾でペテン師だけど、私を騙すための舌先八寸嘘八百ではないような気がする。

 気心の知れたと言う程長くも深くも付き合っていないけれど、彼の立場なら私相手にわざわざ嘘をつく必要がない。

 それに、私はなるべく彰人が言うことを信じたかった。

 それは惚れた弱みとかじゃなくて、彰人を含め、desireのみんなが否定されることを恐れているように見えたからだ。

 過去に何があったのか、私には皆目検討もつかないし、私と別れてからのことなんかますますわからない。

 でも、大人になると人間の裏側をなんとなく予想できるようになってくる。

 強がりで泣き虫で、消極的でネガティブで、暴れん坊で甘えん坊で…そんな彼らの欠点をみんな知っている私には、テレビに映った彼らしか知らない人達とは違うものが見えるんだ。


「僕には……母親がいなかった。父親は厳格な人で、封建的というか頭が古いというか、とにかく仕事一辺倒で、幼い僕に構うことなく仕事に明け暮れていたんだ。与えられるのはお金と暴力、罵声だけ。少しでも父親に甘えようとすれば蹴り飛ばされて、食べ物も自分で工面するしかなかった」

 当時を思い出したのか、彰人は複雑な顔をした。

 いくつになっても子供の頃のつらい思い出は心をえぐる。

 それが両親のこととなれば尚更だ。

「僕は街で他人の母親を見るのがつらかった。どうして僕にはああいう存在がいないんだろうと惨めな気持ちになった。お利口にしているだけで両親に笑顔を向けられている子供が羨ましかった。だから僕は大人に褒められたくて、大人が喜ぶ“ 良い子”になる努力をした」

 どんな気持ちだろう。まだ小学校にも上がれない少年が、自分をいじめる大人と同じ家に暮らして、何でも自分でやって、愛を知らずにすごすのは。

 これで目に見える全てが闇だけだったなら、いくらか苦痛は減っていただろう。

 でも、周りには幸せそうな子供達。いかに自分が惨めかをはっきりと見せつけられた気分になりそうだ。

「そんな頑張りも父親には届かなかった。代わりに、新しい母親が僕の父親を奪ったんだ。継母は子供嫌いだった。両親の意見が一致して、僕は彼女の連れ子……旭斗と共に継母の実家に預けられた」

 ふたりが全く似てないのも、お婆さんと暮らしていたのもそのためか。

 確かに言われて見れば彰人はどこかよそよそしかった。

「……あ、ご、ごめん……私――」

 私が過去の無礼を謝ろうとしたら、彰人に止められた。

「いいよ。もうすぎたことだし。それに、僕は君のこと、ちっとも迷惑に思わなかった。大人も子供も、僕に本気で構ってくれる人はいなかったから」

 心が軋む。暗闇で頭を抱えてうずくまる子供を想像してしまった。

 痛いよ。怖いよ。苦しいよ。お腹すいたよ。お父さん、なんで怒るの? ごめんなさい。僕が悪い子だったから? 良い子になったら褒めてくれるの?

「――う……うううっ……ごめっ……私……我慢……できなくて……」

「ありがとう。僕のために泣いてくれて。それだけでもう僕は救われた」

 なんで彰人は泣かないの? 嫌じゃないの? 苦痛じゃないの?

「うううっ……なんで、彰人が私を慰めるのぉ……」

 一度出た涙はなかなか引っ込まない。それどころかどんどん酷くなっていく。

 彰人はそんな私をあやすように抱きしめて背中を撫でてくれた。

「玲奈ちゃんは優しいね。関係なくても自分のことみたいに悲しんで、自分のことみたいに怒ってくれる」

 私の頭を胸に抱き込んで、彰人がぽつりとつぶやいた。

「だって……普通、こんなの誰だって悲しむでしょ?」

 グズグズと鼻を鳴らしながらの言葉を、彰人はしっかりと聞き取ってくれた。

「同情してくれた人はいたけれど、本気で自分のことみたいに悲しんで泣いてくれた人は初めてだよ」

 私だって同情と変わらない。だって実際に経験したことがないから、どんな気持ちかわからないんだもん。

 だからこの涙は共感じゃなくて、同情なんだ。

 でも彰人は違うと言った。

「優しい涙は……本気の涙は、汚いんだ。見てくれなんて気にしないで、力の限りめいっぱい感情を出し尽くすから。お情けや自分をアピールする涙はね、自分を綺麗に見せる余裕がある」

 彰人の言葉に改めて自分の今の状況を思い出した。

 涙は顔面全体をびっちょりと濡らし、鼻水は口に入り、化粧もボロボロ。

 アイラインやマスカラが取れて頬に黒い縦線ができているだろう。

 そんな私の顔を胸にぎゅっと押しつけている彰人は気持ち悪くないのか。

 質の良いブランド物のVネックが色んな体液でびっしょり濡れているんじゃないか。

 私は慌てて彰人から飛び退こうとした。

 でも彰人が力いっぱい私の頭を押さえ付けていて、私は身動きがとれない。

「なんで!? 私、鼻水つけちゃうよ? 汚いよ?」

「良いの。玲奈ちゃんのなら、大丈夫。だから、お願いだから……そのままで聞いてて……」

 彰人の切羽詰まった声に、私はなんとなくこうせざるを得ない理由に気づいてしまった。

 ……もしかして、彰人も泣いてるの?

 大人の男性が泣いているところを誰かに見られて嬉しいはずはない。

 ならば私は大人しく彰人の胸に抱かれていても良いのか。

「僕は村でも完璧な良い子を演じた。旭斗は最初は人見知りが激しかったけど、同年代の子供と遊んだことがなかったらしくて、すぐに打ち解けた」

 それから先のことは言われなくてもわかる。

 学校という小さなコミュニティに入れられたふたりは、私達と強制的に行動を共にすることになった。

 そして私のお節介やみんなの積極的な声かけのおかげで、あっさり溶け込んだんだ。

 色々あったけれど、その全てを思い出すことはできない。例えそれが彰人にとってかけがえのないものだったとしても、私にとってはただの日常だったから。

「ただ、都会には君みたいな子がいなかったから、ちょっと戸惑ったかな。最初は鬱陶しかったけど、次第に君から母性を感じるようになった」

 そうか、彰人にはお母さんがいなかったから、心のどこかでお母さんになってくれる人を求めていたんだ。

 やっときた継母も、彰人が望んでいたものと違ったし、その絶望は想像を超えると思う。

「どうしても、君が欲しかった。僕だけのお母さんになって欲しかった。おかしいよね、年下の女の子にお母さんになって欲しいだなんて」

 彰人は自嘲するように乾いた笑い声を出して目線をそらした。

「……でもね、君と別れてからはもっと面倒な感情が湧き出してきて、なんていうかその……いわゆるヤンデレっていうものになっていったんだと思う。君のことが好きすぎて、自分の理想を君に全部押しつけて、勝手に君を神みたいに崇めて、そして、なんとしてでも手に入れようと思った」

「じゃ、じゃあアイドルになったのも」

「うん。前に言ったよね。でもちょっと意味がまた違ってて、どっちかっていうと、君に見て欲しかったからというより君を見つけた時に簡単に逃げられないようにするためかな。この立場を使えばいくらでも脅せるって思ったの」

 彰人は策士だ。子供の時はもっと直情的なところもあったけれど、今では物理的でない攻撃に力を集中させている。

「現にこうして君の隣を手に入れられた。だからもう、僕はこの仕事をする理由がなくなったんだ」

 でも、芸能人はやめられても、有名人はやめられない。

 これだけ人気者になっているのにいきなり引退したら、逆に注目の的だ。

「でも彰人はみんなの人気者ってことには変わりないよね」

「うん、だから年齢を理由に、俳優業に専念していこうかなと思う。歌やダンスや顔を売りにするのはもう体力的にもキツいし、オジサンがアイドルなんてサムいでしょ?」

 そんなことはない……とは言えなかった。確かにどのアイドルも年季が明けたら俳優かタレントに転向している。

「ってことは彰人はdesireを抜けるの?」

「ああ、いや、そうじゃないよ。もうみんなせーのでやめちゃうから、desire自体なくなっちゃうの。だってほら、あいつら、君が人妻になって傷心気味だから。あのままでファンに笑顔ふりまくのは不可能なんじゃないかな。それに、アイドルでいる理由がなくなったし」

 ……もしかして私のせいなんじゃ。彰人と結婚しただけでなく、他のdesireメンバーにも愛され、そのせいでdesireを解散にまで追いやったとか、ファンからしてみれば悪女じゃん。

「……ごめんなさい」

「なんで君が謝るのさ。まあ、仕方ないよ。そんな不純な動機で芸能界に入ったんだから、やめる理由も不純さ。それは僕達が一番理解してるし、非難ならいくらでも受ける覚悟ぐらいある」

 そりゃあみんなはそれで良いかもしれないけど、ファンや事務所は納得しないと思う。

 それに、企業やテレビ局も。

 それくらい、みんなは有名になったんだ。

「……まあ、方向転換で困る部分もあるだろうけど、そこは僕が上手くやっておくから安心して。大丈夫。僕達はハリウッドも経験したんだ。演技力なら本業の人達にも引けをとらないはずだよ」

 彰人は天才で、策士で、腹黒で、何があっても全部あっさり解決できるけれど、それでも心配してしまうんだ。彼にとっては不服だろうけど、未だに私は彰人を信用していない。

 だって普段の性格がアレだし。オンとオフの差が激しいのも、多重人格を疑う程に演技派なのも、何の説明もなしに勝手に何かやっちゃうのも、みんなヒヤヒヤする。だから信用してもらえないんだよ。

 なんで頭が良いのに、そこだけはいつまで理解できないのかなぁ……。


 *********


 ――そして一年と経たないうちに、彼らはアイドルから歌手、俳優、司会、タレント等、自分の個性を生かした職業に転向した。

 最初は戸惑っていたファン達も、次第に彼らのマルチな才能に骨抜きになった。

 まあ、元々何でもできちゃう男達だったから、世間からの高い評価も当たり前っちゃあ当たり前だけど。

「……あーあ、また今年も彰人が抱かれたい男ナンバーワンかぁ。弘太は好感度ナンバーワンだし、聡也は男性人気ナンバーワンだし、旭斗や仁だって色んなところでぶっちぎり一番だし……。芸能界のパワーバランス崩れ放題だよ」

 本気になった彼らは凄い。私はずっと近くにいたからわからなかったけれど、こうして離れてみると、ありえないくらい何でもできる。

 ダイヤの原石である彼らに発破をかけたのが私だという事実からは目を背けたいけれど、彼らがみんなから褒められることは素直に嬉しい。

「例え世界中の女の子が僕を好きでも、僕は君にしか興味がないんだけどね。だから好感度とかどうでも良いよ。僕が気になるのは君からの好感度だけ」

 ぬるめのココアを差し出しながら、彰人が後ろから抱きしめてきた。

 こぼれるからやめてと言いたいが、そんなヘマをする男じゃないことは自分が一番良く知っている。

「好きじゃないならこんな面倒な男と結婚なんてしないよ。私って結構ズボラだったりことなかれ主義だったりするし」

 本当に、何でこんな男が良いのか今でも疑問だ。

 多分、私のお節介でオカンなところが、彼の子供っぽい部分に反応したんだと思う。

 捨て犬みたいで、ほっとけない。自分が助けてあげないとこの子が可哀想。そんな気持ちだけで、彼を選んだ。

 それは凄く失礼なことだと思う。男ってプライドとかあるだろうし、三十路の男を子供扱いってどうかと思う。年上だし。

「……うん。僕も、多分世間一般でいう恋愛とは違った感情で君に接しているんだと思うよ。特殊な生い立ちだから仕方ないって言い訳も無駄だろうね」


 彰人はお母さんが欲しいから、私は子供が欲しいから、それぞれの利害が一致して、それを愛情だと言い張って、結婚した。

 それって良いことなのかな。私達は間違ってない?

 でも、愛の形なんて人それぞれだと思う。

 だから、私達はこれで良いんだ。

「彰人……私は、彰人を愛しているってはっきり言えない。それでも良い?」

「愛がもらえないなら、もらえるように努力すれば良い話だよ。今までそうやって生きてきた。それに、君は恋愛とは違う、無償の愛を常に僕に注いでくれている。もう、それだけで充分すぎるぐらいだ。僕は君のそんなところが好きだから、無理に恋愛のなんたるかを知ろうとしなくて良い。君は君のままで……ありのままの君でいて欲しい」

 私は今まで、恋愛らしい恋愛をしたことがなくって、恋をするってどんな気持ちなのか、未だにわからない。

 それって女として終わってると思うけど、彰人はそれでも良いって言ってくれた。

 このまま彰人と夫婦でいれば、いずれ彼に恋をする日がくるのだろうか。

 それはまだはっきりしていないけれど、私がそう思わなくても、彰人がそういうふうにしてくれるって信じている。

 だって、彼は女の子をメロメロにさせるプロだから。私が女の子の心を持っていれば、きっといずれ彼にときめく瞬間がくるはず。

 それまでは手のかかる大きな子供として接してあげる。

 彰人がそれじゃ嫌だと思う時まで。

「……じゃあさ、私をドキドキさせてみせてよ。可愛いじゃなくて、格好良いって思えるような男になってよ。そしたら、私は彰人に恋心を持てるとおもう」

「ははっ、望むところだ! 僕はその道のプロだよ? せいぜいときめきすぎて心臓が止まらないように気をつけることだな!」

 悪役みたいな高笑いをしながら、彰人は書斎に作戦を練りに行った。

 ……そういうところが可愛いんだと彼は知っているのだろうか。


 ――それから毎日、壁ドンだの顎クイだの、袖クルだの、ベタなことをやっては盛大にスベッて落ち込む彼の後ろ姿にちょっとだけキュンときたのはヒミツだ。

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