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チョコレート色の恋心

「川村先輩がいない間、本当に彰人さん頑張ってくださったんですからぁ」

「へ、へぇ……凄いね、流石トップアイドル」

「俺、アイドルってもっとこう……チャラチャラした半端者だと思ってたんだけど、イメージ変わったわ」

「そうそう、あんなに有名人なのに俺達相手に必死で頭下げてくれたり、忙しいはずなのに時間が許す限り雑用引き受けちゃったり……。それでいて疲れた顔ひとつ見せないんだからすげぇよなぁ……」

 例の事件のほとぼりも冷め、気をつけてさえいればもう出社しても構わないだろうと言われた私は、今日ついに復帰した。

 あれからたった三ヶ月ほどしか経っていないから、特に変わった様子もないだろうと思っていたら、社員達から質問責めにあってしまった。

 そしてお互いに情報交換をしているうちに(勿論言える範囲内でだ)、彰人が色々と働いていたことがわかった。


 実はあの事件の後、色んな雑誌がスキャンダルを求めてdesireをほじくった。

 そこでチョコレートのCMで一般人女性と長く一緒に仕事をすることを探り当てた記者達は、ついにその女性というのが私だというところにまでこぎつけた。

 会社にはパパラッチが張り付き、出てくる社員に私のことを聞いたり、つまらない憶測だけの記事で私の仕事を馬鹿にしたり、まあ散々ひどいことをしたらしい。

 私はメディアから遠ざけられていたから知らないけど、後輩や課長の疲れきった顔を見ればその酷さは大体わかる。

 彰人は忙しい仕事の合間を縫って、この会社に必死で頭を下げ、この会社のイメージアップに努め、各方面から手を打って事態を収拾したそうだ。

 ……そんな素振り、家じゃ微塵も見せなかったけどなぁ。


「しかも元々本人が我が社の大ファンだそうじゃないか! バラエティで熱く語っていたのを見た時は驚いたよ」

「それで、ついに冠番組で我が社とコラボすることが決定したんだ。しかも今出してる商品全てのCMをdesireが引き受けてくれるらしい」

 どうやら私がいない間、色んなことが起こったらしい。

 まあいいや。詳しい話は帰って本人に直接聞こう。


 *********


「ありがと」

「……何のことやら」

「はぐらかすんだ」

 まあ、彰人らしいっちゃらしいけど。

「僕は僕のために動いたんだ。君にお礼を言われるようなことはしていないよ」

 彰人は性格も手先も凄く器用なんだけど、時々不器用だなって思う。

「えっと……こういうの何て言うんだっけ、彰人達が良く使う言葉で……あっ、そうだ“ツンデレ”!」

 私が自信満々に言うと同時に、彰人は壁に思いっきり頭をぶつけていた。

 ……芸能人だからズッコケが身体に染み付いてるのかな。

「うぐぐ……」

「彰人大丈夫!? おでこ痛くない?」

「――屈辱だ……!」

 ……何が? 

「そんなに嫌だったの?」

「当たり前だ! 僕はツンデレじゃないっ! 男には色々あるんだよ、その葛藤をそんな俗っぽい言葉で簡単に表現するな!」

 それだけ言うと彰人はさっさと部屋を出て行った。

 ……怒らせちゃったかな。

 そうだよね、彰人の言う通りだ。私ちょっと無神経だった。


 私が謝りに行こうか、まだそっとしておこうかと悩んでいる時に部屋のドアが少しだけ開いて、そこからちらりと何かが見えた。

 その影はもじもじとドアを開けようかやめようか逡巡した後、小さくごめんと謝った。

「大きな声出して怒ってごめん。びっくりさせちゃったね。……もう怒ってないから、嫌いにならないでね」

 それだけ言うとその影はぴゃっとどこかに逃げて行った。

 ――これを本人に言うと拗ねられるんだけど、心の中でなら好きなだけ言って良いよね。

 ……か、可愛いっ! 


 *********


「年末の特番ってあまり面白くないよね。なんだか芸能人の忘年会みたいでさ」

「ああ、やってる方も毎年似たようなことばかりでつまらんな」

「そうそう、そのくせ生ばっかでめっちゃ忙しいんだよなー」

 今シーズン初の大寒波で大雪が降ったある日、私は聡也と弘太と一緒に鍋の準備をしていた。

 今日は幸運にもみんな早く帰れるらしい。

 この時期の海での撮影は寒いだろうなと、少しでもあったかくなれるように鍋にしたけど、喜んでくれるかな。

 そう、最近はdesire全員が出演する映画を撮影しているのだ。

 映画と言っても、そんなに大したものじゃないけど、それでも彼らのファンにとっては楽しみな映画だろう。

 確か、desireがスパイだったり、マフィアだったり、怪盗だったり、SPだったりと色々てんこ盛りな内容だったような気がする。

 詳しい話はまだ教えてもらえないけど、ありえないくらい無駄に体力を使うド派手なアクションだそうだ。

 みんなは田舎暮らしで鍛えられてるから、体力だけは有り余ってるはずだけど、聡也や彰人はもう三十だし、あまり無理して欲しくないな。

「聡也と弘太は映画の撮影良いの?」

「ああ。今回はあいつらメインだからな」

「俺達は今のうちに休憩しとかないと次のシーンがハードだから」

 ならこんなところで私の手伝いしてないで休んでおけば良いのに、彼らはニコニコ笑ってずっと私のそばにいる。

 何でも、私といることが一番の癒しだそうだ。私には理解できないなぁ。


 そしてみんなが帰って来る時間ぐらいに丁度鍋が出来上がった。

 みんな好き嫌いが激しくて、毎日ご飯を作るのは大変だけど、それでもみんなの美味しいが聞きたくて頑張ってる。

 今日は豚骨鍋。弘太や彰人は辛いものが苦手だし、聡也と旭斗は甘いものが好きだし、仁は辛いものが大好きだし、みんなそれぞれ野菜や魚が苦手だったりして何を作れば良いのか難しい。

 だから今回もみんなが好きそうなものばかりを煮込んだ鍋になった。

「……みんな遅いなぁ……」

「撮影が長引いているんだろう。今日は天候も悪かったからな」

「そ、そうだよ……。きっとすぐ帰ってくるよ!」

 でも二人の必死のフォローも空しく、結局次の日になってもみんなは帰ってこなかった。


 *********


「川村先輩、大変ですっ! これを見てください!」

 翌朝、あいつらはどこかのホテルで勝手に休んでいるだろうと信じて、いつも通りに出社したら、社員がやけにバタバタしていた。

 気になって近くにいた後輩に声をかけたら、スマホの画面を見せられた。

 その画面にピントを合わせて内容をじっくり見た私は後輩同様青ざめることになった。

 だって……嘘……みんなが、desireのみんなが……“熱愛発覚”だなんて…! 

 しかも相手は私じゃない。美人女優に大物アイドル、トップモデルに女流作家、どれもこれも一流揃いの超有名人だ。

 ……あの三人、どこかのホテルで勝手に休んでいるだろうとは思っていたけど、まさか女と一緒だったなんて……。

「ど、どうせ飲み会かなんかでたまたま一緒に店を出た瞬間を写真に撮られたとかでしょ……?」

「それが……会見で皆さん交際を認めているんです」

 そう言って後輩はテレビのニュースを見せてくれた。

『彰人さん、女優の杉本玲香さんとの熱愛報道ですが、その真相は!?』

『噂は本当なんですか!? 昨日のホテルは!?』

 次々にマイクと共に向けられる不躾な質問に、彰人は私が最も聞きたくない言葉で答えた。

『ええ、彼女とは真剣に交際させていただいてます。僕も彼女もいい歳だ、そろそろ身を固めた方が良いと思いまして、結婚を視野に入れて交際しています』

 そこで画面がスタジオに移り、コメンテーターが二人の出会いや共演作品を説明していたけど、全く耳に入らなかった。

「超ショックですよねぇ……。もうそろそろ結婚しても良い歳だとは思っていましたけど、本当に結婚するとなるとやっぱり私達ファンは失望しますよ」

 そうだ、イメージが大切なこの業界は結婚という当たり前のイベントでもファンを失ったり、信用を失ったりする。

 そうすると彼らをイメージモデルに起用した商品も売り上げが落ちる。

 だから社員がこんなにも慌てているんだ。


 *********


「玲奈ちゃんに話がある。ここを出て行って欲しいんだ」

 いつもの数倍忙しい仕事にわたわたしながらも、漸く帰宅できたというのに、玄関でいきなり彰人にそう言われた。

「自分達で連れてきておいて勝手なことを言っているのは重々承知している。でも、僕達はこれから本命の彼女と真面目に交際するためにそれぞれ一人で住もうと思っている。だから、このマンションも売ることにしたんだ。玲奈ちゃんには悪いけど、これからは今まで通り、元のアパートで生活して」

 お金とか手続きはマネージャー達がやってくれるはずだからと言われたけど、私はそんなことで絶望した訳じゃなかった。

「……本当なの?」

「ん? 何が?」

「ずっと、あの人と真剣に交際してたの? ……私のことをからかってたの?」

 胸の奥がギュッと締まる。チクチクと自分が放った言葉が刺さって、痛い。

 違うって言って。お願い、どうかそんなの間違いだと言って。

 今まで散々興味がないように振る舞っていたのに今更こんなことを言って随分気の良いやつだと思われても、私は彰人が好きだった。

 昔みたいにみんなでつるんで、だらだらとぬるま湯につかって、ずっとこのままでいれたらいいやと甘いことを考えていた。

 もうみんなも私も子供じゃないのに、子供の頃の関係のままでいられたらいいと思っていた。

 心の奥でそれは無理だって理性が何度忠告しても、私は少しでも長く夢を見続けていたかった。

「うん。ごめんね。久しぶりに昔の親友に会ったから、またあの頃みたいなバカがやりたくて、君を巻き込んだ。反省はしてるけど、もうこれは決まったことだから……」

 私だってわかってるよ。アイドルと一般人が付き合える訳がないってこと。

 今時、小学生だって知ってるのに、なんでずっと一緒にいたってだけで私は特別だって思ってしまったんだろう……。

「うん、ごめん。私、もう大人だし、彰人と同じでもういい歳だから、わざわざマネージャーに手続きとか頼まなくて大丈夫だから。……だからもう、次会った時は他人として接してくれる? 私も、ただの仕事相手だって割り切るから。……あ、それと、本命の彼女とお幸せに。他の女の子に気を持たせるようなことやっちゃ駄目だよ。じゃあね」

「あっ、ちょっと待っ……!」

 私は早口でまくしたてると急いで外に飛び出した。

 ――だって、そうしないと泣いて彰人に“行かないで”って縋りつきそうだったから……。

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