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見えない傷

「よお姉ちゃん。イイ格好してんじゃねぇか」

「いかにも襲ってくださいって感じだなぁ」

 ガラの悪い男性集団に絡まれた瞬間、一気に頭が冴えた。

 慌てて周囲を見回すと、いつの間にか人気(ひとけ)のない場所にいたらしい。

 そして絡まれる私の服装を見れば、なるほど絡まれるのも仕方ないと思えるものだった。

 自分でもなんでこんなに恥ずかしい格好で外に出たのかわからないほどに。


 ほぼ下着に近い状態の私と、どう考えても悪いことする気満々の男性集団、そして人気のない場所とくれば、私の未来はひとつだけ……。

 私は生まれて初めて血の気が引く音を聞いた。

「やっ……! いやっ……! 離して!」

「いーねー、もしかしてそういうプレイ? ますます興奮するぜ」

 逃げようとしても他の男に捕まえられる。

 複数の男と女ひとりじゃどっちが有利かなんて、子供だってわかる。

「助けて! 誰か!」

 いくら叫んでも助けがくることはなかった。

 当たり前だ。こんなところに人なんてくるはずがない。逆にこいつらがいるのが不思議なくらいだ。

 いくら経験があるといっても、襲われるのは初めてだし、できれば一生経験したくなかった。

 ああ、私が悪かったんだ……。みんなの言いつけを守らなかったから。

 もう誰でもいいから助けて!

 そう思ってギュッと目をつぶったら、不思議と音が良く聞こえた。

 遠くから何かガヤガヤと人の声が聞こえた。

 ああ、何かのイベントでもやってるのかな……。

 でもこっちに人がくることはなさそうだから、助けは期待できないかな……。

 そう思って諦めた時、私を脱がせようとしていた男達が慌て始めた。


「そこで何をやっているんですか……?」

 聞きなれたつっけんどんな敬語。ドスをきかせようとしているのか、それともあまりにも有名なその声色を誤魔化そうとしているのか、普段より少し低い声。

 声のした方を見ると、画面の向こうにいる時からは考えられないほどに怒りをあらわにした仁がいた。

「おっ、おい! こいつ有名人だぞ! 毎日テレビに出てる!」

「すっげぇ、本物だ!」

 普通こういう場面で悪漢というのは“綺麗な顔に傷をつけたくなかったら”とか“アイドルが暴力なんてイメージガタ落ち”みたいな脅し文句で自分に手出しさせないようにすると思う。彼らが本当の悪漢ならば……。

 でも彼らの反応は私の予想に反して大変平和的なものだった。

「サイン! サインください!」

「俺も俺も!」

 私の腕をつかんでいたゴロツキ達は私の存在なんかすっかり忘れて、仁に近寄っていった。

 ……確かに私は可愛くも美人でもないけど、ここまでスポーンと忘れられると地味に傷つく。

 まあ確かに仁はdesireの中でも旭斗と並んで二大美人と言われているけど……。女装企画の時、あまりの美人っぷりに私も驚いたけど……。

 それでも女の私より男の仁の方がいいって言われるとなんだかなぁ……。

「玲奈さんっ! 大丈夫ですか!? 早く服を着てください。……その、目に毒です」

 仁はつかつかと私に近寄ると、自分が着ていたジャケットを私に羽織らせた。

 それから、こっちの方が安全だからと撮影スタッフさん達がいるところに誘導し、ついでにゴロツキ達にサインもきちんと書いてやっていた。

 そのスムーズさに私はただ感心するしかなかった。


 **********


「全く、貴女は何をやっているんですか!? もうちょっと危機感というものを持ってください! 流石の俺も相当肝が冷えましたよ……」

「う……ごめんなさい。みんなが大事な時期に……」

 丁度近くの商店街で食べ歩きロケをしていた仁は、休憩時間に一人になれる場所を探して路地裏を歩いていたらしい。

 そしたら私が嫌がる声が聞こえて、堪らずかけつけた……ということだそうだ。

「そういうことじゃありません。――貴女は美しい女性なんですよ。貴女はなぜそれを理解していないのですか? こんな風に色気のある格好で街に飛び出せば、今回のような結果になることは火を見るより明らかでしょう。貴女はもっと自分の魅力を自覚するべきです」

 スタッフさんが撮影の再開を伝えにきたから、仁は私に一言声をかけて戻っていった。

 ……私はここにいてもいいのだろうか。

 仁がいなくなったから私は部外者だし、スタッフさん達がバタバタしているのに一人座っているのもなんか邪魔だろうし……。

 そう思って立ち上がったら、年配のスタッフさんに腕を引かれた。

「ほら、何やってんの! ペーペーだかなんだか知らないけど、突っ立てる暇なんかないよ! ほら、アンタはこれ持って」

「えっ!? あ、はい」

 その人は私の格好を見る余裕もなかったのか、私を新人スタッフだと思っていた。

 まあいいか。邪魔になるぐらいなら少しは手伝った方がいいし。

 そう思って私は言われた通り配線が絡まないように引っ張った。


 何台もあるカメラに写りこまないように気をつけながらコードを持って歩くのは意外と難しかった。

 本番中の仁は普段と全く雰囲気が違った。

 普段のリラックスした笑顔とは少し違う、でも自然な作りこまれた笑顔。自然体で振舞っているようにしか見えないけど、完璧に計算し尽くされた動き。何手も先を読んだコメント。

 ……これがプロなんだ。

 私は彼らに出会うまで“芸能人はみんなにチヤホヤされて笑っているだけで儲かるんだ”なんて思っていた。

 でも実際はそんなこと全然なくて、残業がつらいなんて言ってる私が馬鹿みたいに毎日休みなく仕事している。

 例えオフでも休みなんてないし、どんな時も平気で笑顔を振りまくのは結構大変だ。

 子供だった頃の仁は人見知りが酷くて、知らない人に会う時は必ず私の後ろに隠れていた。

 そんな仁に大丈夫だよっていうのが私の役目だった。

 引っ込み思案でみんなの前に立つと緊張して逃げ出しちゃう子供だった。

 こうやってアイドルを続けているからもうそれも治ったのかなと思っていたけど、全然そんなことなかった。

 今でもコンサートの前日には腕の震えが止まらないし、大御所俳優との顔合わせの前は真っ青な顔をしている。

 そんなにつらいなら辞めればいいのに……なんて軽々しく言えないのは、彼らが真剣にこの仕事に取り組んでいるから。

 動機はどうであれ、彼らが真剣になれるものを見つけられて良かった。


 仁は私がスタッフさんに混じってあくせく働いているのを見て少しだけ目を見開いた。でもすぐに何事もなかったかのように撮影に集中した。

 ……流石プロだなぁ。

 無事撮影が終了すると、仁はスタッフさん達の呼び掛けも全て無視して一直線に私に近づいてきた。

 その般若のような形相に、彼が何を言わんとしているのかわかって、身がすくんだ。

「玲奈さん!」

「ひいっ! ごめんなさい! あそこでぼーっとしてるのなんか耐えられなくて……。素人が勝手に現場荒らしてごめんなさい!」

 私がひたすら頭を下げていると仁が怯んだ。

 それから呆れたようにため息をついて、顔を上げてくださいと言った。

「貴女のそういう性格は良く理解していますから、その点については不問にします。それより、なぜこんな格好で外に出ようと思ったんですか?」

「う……それは私も良くわからなくて……。ただ家の中にいるのが耐えられなくなって、気がついたらこういうことに……」

 私はいたずらを叱られた子供のように視線を落とした。

「……ハア……貴女って人は全く。仕方ないですね。俺はこれでアガリなんで、一緒に帰りましょうか」

 躊躇いなく差し出された手にそのまま自分の手を重ねることはできなかった。

 だって……あの時みたいにまた誰かに見られたら、今度は仁に迷惑がかかる。

 でも仁はそんなこと気にする様子もなく、無理矢理私の手をつかんで引っ張った。


 **********


「おー、そいつがdesireの心をまとめてさらってったっつー、欲張りなネーチャンか」

「本郷さん、このことはどうか他言無用でお願いしますよ」

 本郷さんと呼ばれた無精髭のおじさんは、desireの歌をコブシを効かせて熱唱しながら迷うことなくマンションに車を走らせた。

「安心してください玲奈さん。この方は本郷剛さん。俺達の専属ドライバーです。彼は芸能界の裏側に詳しく口が固い」

「ヒュー、仁ちゃんに言われると照れるなー。しっかしネーチャン、なかなか色っぺー格好してんじゃないの」


 本郷さんに指摘されて私は慌てて服を引っ張った。

 うう……やっぱり引っ張っても布面積は変わらないか……。

「だからこそ急いで帰りたいんですよ」

 仁は着ていた服を何枚か脱いで私を隠した。

 おかげで仁は上半身裸になってしまった。

 彰人や弘太や聡也ほどじゃないけどしっかりと均整のとれた体躯に思わず見とれてしまう。

 ……女の人みたいに綺麗で細いと思っていたけど、こうやってみるとちゃんと大人の男なんだ。

「ラブラブなのは良いが外に出る時は気をつけろよー」

 本郷さんにそう茶化されて私は顔を真っ赤にして否定した。

 その時仁がちょっと悲しそうな顔をしていたけど無視しよう。


 **********


 家につくなり私は急いで服を着た。

 仁にはこれから一時間ばかし暇がある。

 それまで家で休憩する予定だったみたいだけど、私のせいでそれは難しそうだ。

「……ごめんなさい」

「今更謝罪なんてなんの役にも立ちませんよ。それより、これからどうするかを考えるべきです。少なくとも今回のスタッフには貴女の顔がわれました」

 しかも今回は屋外ロケということで、仁を見ようと集まった野次馬もいただろう。

 その野次馬の中には確実に仁のファンがいるだろうし、もしそのファンが仁と親しくしている私を見てしまったとしたら、ますます私達の立場は悪くなる。

「じゃあ私はこれからどうしたら……」

「それについてはリーダーの意見を待ちましょう。あんな人でも一応最年長ですから」

 確かに彰人は聡也と同じく最年長だし、desireの中でも一際(ひときわ)切れ者だけど……。

「ごめんね、私……みんなに迷惑かけてばっかりだね……」

「……いえ、俺達の我が儘に付き合わせたせいで貴女が巻き込まれた。それを考えると謝るべきは俺達の方です」

 前回も今回も、私の軽率な行動がなければこんなことにはならなかった。

 ……それに、私が彼らと一緒に暮らしているのは彼らの我が儘だけが理由じゃないのに……。

「――我が儘じゃないよ。なんだかんだ言って私、実は結構嬉しかったんだ。またみんなと一緒にいられるって思ったら……。だから、この問題は私にも責任があると思う」

 私が本当の気持ちを打ち明けると、仁はばっと目を見開いた。

「じゃあ――いえ、今は明らかにするべきではありませんね。そのほうが俺も夢を見られる」

「……? どういうこと?」

「ふふ……秘密です」

 結局仁が何をききたかったのかわからないまま、私はまた一人きりになった。


 **********


 夜、いつもよりうんと早く帰ってきた彰人は私の今日の騒動を知って、何も言わずに仁のおでこに拳を当てた。

 仁は殴られるのかと目をつぶったけど、ちょっとコツンとされただけで拍子抜けした。

「仁の判断は正しかった。顔を見られていないなら嘘の噂でいくらでも誤魔化せる。僕も今タケちゃんに情報の攪乱をさせてるけど、流した噂をもう一度整理しよう」

 そう。私は全く気づかなかったけど、仁はあの時私の顔を上手く隠していたのだ。

 私の顔は目立ったパーツがない平凡顔だから、メイクでいくらでも化けられる。

 最初に写真を撮られた時は横顔しか写ってなかったから、これでなんとかなりそうだ。

「ぶっちゃけ、僕が流した噂じゃないやつの方が玲奈ちゃん本人のイメージとかけ離れてるんだよねぇ……」

「へぇ、どんな噂?」

「文武両道、才色兼備のお嬢様で、家事も料理も得意な大和撫子」

 確かにそんな完璧な人間じゃないけど……遠まわしに私をけなしてない?

「美人でも大和撫子でもなくてごめんなさいね!」

「あっ、いやっ! 違うんだよ! ごめん! 君には君だけの良さがあるから!」

 ――でも、誰だってこんな平均以下の女よりそういう完璧な女の方が良いに決まってる。

 彰人達みたいにモテて何でも手に入るような男なら尚更……。

 彰人も仁もみんなも、きっと昔の友達と久しぶりに会ってテンションが上がってるだけで、冷静になればやっぱり違うって言われるんだ。

「……貴女だから好きになったんですよ。その証拠に一度たりとも他の女性に目移りしたことはありません」

「でもみんな、あの村に私しか女の子がいなかったから私を好きになったんじゃ……」

「あれっ? 玲奈ちゃん知らなかったっけ? 僕達みんなあの村にはただ居候してただけで、本当の家は街にあったんだよ。だから君が知らない間に僕達は何度も街に出て、その時に色んな女の子と会ってるよ」

 えっ…? じゃあなんで私なんか……。

「君は何か勘違いをしているね。君には他の人にはない特別な魅力があるんだよ」

「特別な魅力?」

「そう、あの村にいたたった数年で僕達全員を惚れさせるだけのスペシャルなのが……」

「まあ、本人に自覚はないようですが……」

 えっ!? うーん……。そんな特別な何かは持っていないような気がするんだけどなぁ……。

 なんだろう……。外見でもない、能力でもない、性格でもない、私だけの特別な魅力……。

「んじゃ、ヒント。僕達は本当はあの村にいたくていた訳じゃないんだ。……君がいなければ耐えられなかった」

「――えっ?」

「それ以上は僕のプライドに障るので言えませーん!」

 ……そういえば私は彼らのことを何も知らない。

 彼らがなぜあの村にいたのかも、どこに住んでいたのかも、私と別れてから何をやっていたのかも、全部。

 私が知っているのは、彰人が勉強も運動も得意だけど喧嘩っ早いこと。旭斗が泣き虫で甘えん坊なこと。仁が人見知りであがり症なこと。聡也が寂しがり屋で弱虫なこと。弘太が我が儘で努力ができないこと。

 それから、今は国民的アイドルだということ。

 なんでみんながアイドルになったのかも、昔の性格とは違うのかも知らないんだ。

 本当は違うのに私だけ仲間はずれにされているような気がして、なんだか悲しい。

 そう思ってうつむくと、彰人の腕に包まれた。

「いつかきっと、君に話す時がくるから……今はごめん」

 彼の絞り出すような声に、私はそれ以上何も言えなかった。

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