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想像以上の大事件

「ことの重大さがわかっているんですか!?」

 週刊誌を机に叩きつけて、目の前の男は旭斗に詰め寄った。

 旭斗はただ暗い顔でうつむいて、ひたすら悪ぃを繰り返していた。

 それを見た彰人がキレて旭斗に掴みかかって、聡也が止めた。

 その光景はまさに地獄絵図で、昨日までの楽しい時間が嘘みたいだった。

 週刊誌を叩きつけた男の名前は萩原遼。

 2m近い長身に甘いマスクのイケメンで、なんで芸能人にならなかったのか不思議なくらいオーラがあるけど、れっきとした旭斗のマネージャーだ。

「冷静になれ彰人! 頭に血が上っていたら対策が打てない」

「聡也さんの言う通りです。一応弁解のために会見を開きますし、玲奈さんには自宅待機してもらうように会社にも連絡を入れていますけど、どうにかすればレギュラーも降ろされるでしょう」

 遼さんは静かにそう言った。

 旭斗はただ青ざめて顔を手で覆った。

 旭斗の深いため息にまた彰人がキレて掴みかかったけど、今度は全員に止められた。

「……玲奈ちゃんにだけは迷惑をかけないって……お前言ったよなぁ! この口で! 守るって言ったよなぁ! ……なんでそのお前が……こんなことやってんだよ……」

 彰人はまだ納得いかないという顔で手を離した。

「わ……私が……人目もはばからず旭斗の手を掴んだからこんなことに……だから旭斗は悪くない! 私が……」

「……玲奈ちゃん……少し黙っててくれる……? これは僕達の問題だ。君は口出しするな」

「っ! 玲奈相手になんて口きいてんだ……!」

「聡也っ! 抑えて抑えて! ……彰人も、ちょっとおかしいよ……」

「冷静になってください。感情に任せて暴れることが最善だとは思えません」

 でもそう言う弘太と仁もやり場のない怒りを持て余していた。


 昨日、私は偶然旭斗が知らない女からビンタされているのを見た。

 それだけでもやばかったのに、私は後先考えずに旭斗の手当てのために旭斗に近寄った。

 そしてその様子が記録されていて、雑誌に載った。

 まだその雑誌は発売前だけど、ネットに広まった情報は回収しようがない。

「旭斗さんを殴った女性ですけど、スキャンダル欲しさに雑誌記者が用意したサクラだそうです。それについては出版社や記者などが捕まるということでいいんですが、それを凌駕するとくダネが手に入って本望だそうですよ」

「……どこまでも腹が立つ雑誌だな……。他人の不幸がそんなに嬉しいか」

 彰人達と出会う前は何気なく見ていた雑誌の裏にこんなことがあったなんて……。

「このマンションの前にも沢山の報道陣が詰めかけています、お気を付けて。決して余計なことは言わないように」

「わかってるよ。僕達が何年この仕事してると思ってんの」

 今まで黙っていた功貴さんが今日のスケジュールが変わったことを伝えた。

「ああ、あと玲奈さんは絶対にこの家から出ないでください。それから、ネットもテレビも新聞も雑誌もラジオも、暫くは控えてください。俺達ならまだしも、一般人の貴女にはつらいでしょう」

 なにが? なんてきくほど私も子供じゃない。

 トップアイドルである旭斗と仲睦まじい女がいたなんて、ファンには嬉しくないはずだ。

 現に昔旭斗が某女性アイドルとの熱愛を報道された時も、ガセだとわかっててもネットでは酷い叩かれ方をしていた。

 お互いのファンが彼らをけなし、ファンさえもけなし、ちょっとした宗教戦争みたいになった。

 でも今回は違う。私は一般人で、仲間も、ファンも、何の後ろ盾もない。

 私一人がただ潰されて終わりだ。

 動画だって、どう見ても私が無理矢理旭斗を引っ張ってるようにしか見えないし、完全に私が悪だ。

 ……最も恐れていた事態になった。

 私は日本中の女を敵に回したんだ。

 そう思うとこれから先の未来が不安で、震えが止まらなかった。


 **********


「これ、どうぞ。ゲームに暗い人でも比較的やりやすいタイトルばかり揃えてみたつもりなんですが……」

 家から一歩も出ず、携帯もパソコンもテレビも新聞も雑誌も見られないとなれば、私はどうしても暇になる。

 そんな暇な時間をどうやってすごすか悩んでいた時に、功貴さんが沢山のゲームを持ってきた。

 ハードもソフトも様々で、これだけあれば飽きることもないだろうと思えた。

「あ、お気遣いありがとうございます」

「いえ、俺にできるのはこれだけですから。俺、こういうヲタクっぽい面にだけは強いんです」

 そう言って功貴さんはビクビク震えた。

「こういうところで役に立つ時もあるんですね。あ、でもお仕事は? 彰人についてなくていいんですか?」

 功貴さんは彰人のマネージャーだ。こんなところでじっとしてていい訳がない。

「あ、それについては大丈夫です。あの人、基本何でもできますから。むしろ貴女についているのは俺にしかできないからって頼まれたんですよ」

 そういえば彰人って昔っから何でも得意だったような気がする。

 運動も勉強もいつもぶっちぎりで一番だったし、歌とかお絵かきとか、そういった面でもよく大人に褒められていた。

 それに何をやらせても一発で上手くできるから、大人から“神童”って呼ばれてた。

 ……つまり彰人は天才なんだ。それも軽い意味合いじゃなく、本格的に。

「そういえばそうかも。昔授業でIQを測った時も先生が慌ててたし、昔っからなんか聡い子だった」

「……やっぱり。なんであの人がアイドルになったのか不思議でならないんです。それこそ学者だろうと医者だろうと、宇宙飛行士だって、職業選び放題だっただろうに……」

「……それは……彰人だからですよ。あの人結構子供なんで、目立ちたがりなところあるし、褒められたりキャーキャー言われるの大好きなんです。それに、変化が好きで冒険ばっかりなんで、奇抜なことがやりたかったんじゃないですかね」

 彰人はどこまでも子供だった。

 大人より頭が良いからって大人びてる訳じゃないし、敏いからってすれてる訳じゃなかった。

 むしろ年齢よりお子ちゃまで、すっごい甘えん坊だった。

 年下の私に甘えたりすることもあった。

 ……大人になって、そこにいやらしい意味があったって気づいたけど……。


「彰人にはお母さんがいなくて、お父さんも都会に離れて住んでいて、彰人はおじいちゃんおばあちゃんと一緒に暮らしていました。それで私達と同じ学校にいたんですが、もしかしたら寂しかったのかもしれませんね。表には出さない子供だったんですけど」

 彰人はいつも大人の顔色を伺って、大人が一番喜ぶことをしていた。

 なんだか見放されることを怖がっているみたいな、誰にも嫌われたくないみたいな感じだった。

 それで何でもできるから大人からチヤホヤされていたけど、私は彰人がすっごく頑張り屋なことを知っている。

「へえ、それは知りませんでした。あの人、自分のことをあまり話さないんですよ。なんかあまり自分のことを人に知られたくないみたいで」

「……私が知ってる彰人だけが本当じゃないんですね、やっぱり。まだまだあの人達は隠してるものがある」

 彰人だけじゃない。旭斗も仁も弘太も聡也も、みんな隠し事をしている。

 私にも、世間にも。

 どれが本当の彼らかわからないし、もしかすると全てが偽りかもしれない。

 彼らの全てを知りたいと思うのはワガママかな。

 私だって“本当の仲間なら全て知るべき”なんて思っちゃいない。

 誰にだって知られたくないことぐらいある。

 でも私のことが好きっていうなら、誰か一人に決めろっていうなら、正々堂々と全てをさらけ出して欲しい。

 彼らの痛みや汚れ、苦しみも全て知って、一緒に乗り越えたい。

 だって私、筋金入りのお節介だから。

「……彼らの全てが知りたいんですか?」

「……多分、まだわからないけど、そうかもしれません。私、彼らのこと好きなんですけど、本当に好きなのは誰かってまだわからなくて、あいつらのことをもっと良く知らないと好きになる資格がないんだって思い込んでて……それで……すみません、良くわからないです」


 **********


「……ただいま」

 夕方、結構早い時間に旭斗が帰ってきた。

 普段の旭斗からは想像もつかないほど覇気がなくて、見ているこっちが不安になった。

「旭斗! 大丈夫だった!?」

「……大丈夫な訳ねぇだろ。いくつか降ろされた」

 それから遼さんが詳しく説明してくれた。

 印象が大事なCM関係は全部キャンセル。

 今流れているのも放送をやめるらしい。

 ワイドショーやバラエティなんかは面白がって今回のことを追求してくるし、そうじゃなくても現場の雰囲気があからさまだったそうだ。

「ごめん、私が後先考えなかったから……」

「いや、気にすんな。お前をここに住ませるって言い出した日から、こういうことは予想していた。俺の方こそ、お前を守るって言っておきながら、お前につらい思いさせて悪ぃ」

 旭斗はそう言って私の頭に手を伸ばそうとしてふと手を止めた。

「……あー、悪ぃ。俺にはもう、お前に触れる資格すらねぇよな……」

「そんなことないよ。今の生活に不安がないって言えば嘘になるけど、それでも私は旭斗が悪いなんて思えない」

 今回のことに悪役を作る気はない。

 そうやって誰かを悪役にしてしまったら、自分は悪くないんだっていう言い訳みたいになりそうで。

「……お前は甘すぎるんだよ。そうやって甘やかすから、俺達みたいな男に依存される。利用される。だから俺はいつまで経ってもお前がいなきゃなんにもできねぇんだよ……」

 旭斗は私の肩にもたれかかって、絞り出すように小さく“しんどい”と呟いた。

 どれだけ図体がでかくなっても、どれだけ有名になっても、今の旭斗はあの頃の泣き虫で甘えん坊の旭斗のままだった。

「……利用されてもいいよ。私は元々そういう性格だし、それで旭斗のためになるならいくらでも世話焼いてあげる。もしそれが旭斗のためにならないってわかっても、今だけはそばにいるよ」

 今の旭斗がどれだけつらい思いをしているか、痛いほどよくわかる。

 泣き虫で甘えん坊な旭斗がこんなことに耐えられる訳ないのに、世間が勝手に作った“格好良い旭斗”のイメージに必死で応えてる、旭斗の気持ちが。

 だからこうやって私はまた旭斗を甘えさせるんだ。


 **********


「……ただいま。旭斗は?」

「あ、彰人おかえり。旭斗ならほら、ここに……」

 あれから甘えん坊スイッチが入った旭斗はひとしきり私に甘えた後、私の膝で寝た。

 ……このままじゃ家事ができないから正直な話早く起きて欲しいんだけど……。

 普段は目つきが悪い旭斗も、こうやって寝顔だけ見ると可愛いし、ずっと眺めてても飽きないけど、いい加減脚が痺れてきた。

「……起きろ」

「いっ……てぇ……。なにすんだ兄貴!」

「玲奈ちゃんが困ってたから……。っていうか独り占めしてるのが悪い」

 彰人は私の膝で気持ち良さそうに寝ている旭斗の頭を思いっきり蹴った。

 ……顔じゃないところにプロ意識を感じるけど、それでもこれはちょっとやりすぎじゃないかな。

 でも見上げた彰人の顔にちょっとだけ“仕方ないなあ”って書いてあって、ああ、彰人も心配だったんだなって思った。

「それは……悪ぃ。兄貴には影響なかったか?」

「あるに決まってんでしょ。同じ家に住んでるんだから。……でも僕はそういうのよけるの得意だから大丈夫。旭斗のことも、ちょっと弁解しといたから」

「ああ、助かる」

「ただね、僕ももうこの業界入って長いし、三十路に突入したから、もうそろそろ身を固めても良い頃だと思うの。だからね、タレントに方向転換して玲奈ちゃんを正式にお嫁さんに……」

「おい」

「私もそれはちょっと早計かと……」

 彰人はええ、これが最善なのになぁとのたまった。

 彰人のことは嫌いじゃないけど、結婚するほど好きでもない。

 そもそも恋愛感情がないのに、結婚なんかできるかっつーの。

「んなコト言やあ俺だってこいつと結婚すりゃあ良いってことになんだろ。俺達全員に可能性はある」

「逆に言えば全員にないことになるけどね。玲奈ちゃんをお嫁さんにするにはちょっと名前が売れすぎた」

 そうだ、彰人達は当たり前みたいに私と結婚するって言うけど、彼らは超人気アイドル。相手がいると知られればファンがどんな行動に出るかわからない。

 ここまで有名になればファンにも幅が出てくるのだ。

「……そうだな。こんなことになるなら、玲奈に男として見てもらえない腹いせにアイドル目指すんじゃなかった……」

 ……は?

「ちょっと待って、そんな理由でこんな大物アイドルになったの!?」

 私はもっとちゃんとした理由でなったんだとばかり思っていた。

 笑顔を届けたいだとか、音楽に携わる仕事に就きたいだとか、そんな感じの。

「うん。玲奈ちゃん、僕達のこと全然格好良いと思ってなかったから、“逃がした魚はデカかった”って後悔して欲しくてつい……」

 信じられない。世の中にはどうしても歌手になりたくて努力しても失敗する人達だっているのに……。

「そんな、自分勝手な理由で簡単にアイドルになるなんて!」

「残念だけど、男ってみんなこんな生き物だよ。モテたいってことだけを機動力にしてどこまでも行ける」

 でもそれでも私の中で彼らの株は世界恐慌レベルで下がっていた。


 **********


「……」

 功貴さんが後ろの良くわからない機械を外してから、何も映さなくなったテレビ。そのテレビに自分の顔だけが映る。

 酷くやつれた顔。年齢以上に老けた、とびきり不細工な顔。


 あれから随分経った今も、テレビは何も映してくれないし、新聞も届かないし、パソコンも携帯もない。

 功貴さんがくれたゲームも、いつの間にかランクが全部“鬼人”だとか“鉄人”だとか“神”だとかいうなんだかゴツイものになって、やることがなくなった。

 暇だから始めた手芸やお菓子作りも、なんだか一人じゃ虚しい。

 功貴さんも通常業務に戻ったし、私は完全に一人ぼっちになってしまった。


 なんだろう……人って、ここまでやることがないと鬱っぽくなってくるのかな。

 とにかく私は酷い精神状態だった。

 外に出たら何をされるかわからないし、最悪の場合ファンに殺されるとか、誘拐されるとかあるかもしれない。

 でも私はそうなっても構わないと思うほど、精神的に参っていた。


「外……出ちゃおうかな……」

 そしてついに私はみんなの言いつけを破って家の外に出てしまった。

 こんな精神状態じゃあ普通に外に出るより危険なのに、それさえどうでもよかった。


 久しぶりの外の空気は、都会の排気ガスまみれの空気でも美味しかった。

 空は憂鬱な私には鬱陶しいくらいに快晴で、嫌味かと思った。


 私はただ暫く何をするでもなく、外の世界を満喫していたけど、まさか本当に私のこの行動が仇になるなんて思ってもみなかった。

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