まさか私が同居人!?
「それにしても先輩ズルイです。あのdesireと仕事ができるなんて」
私は昼休み、もう何回目かわからない台詞を聞き流しながらメールを返信していた。
メールの相手があの井上彰人だなんて、目の前の後輩には絶対に言えない。
結局あの日、彰人達の押しに負けてうっかり首を縦に振ってしまった私は、超人気アイドルグループと同居することになったのだ。
彼らのマネージャーが止めてくれるだろうと思っていたが、逆に彼らの生活やスケジュールを管理してくれるならありがたいと喜ばれた。
更にマネージャー達は彼らがいかに私のことを好きかを嫌と言うほど聞かされていたらしく、我が儘な彼らの保護者役を任されたのだ。
確かに昔っから私の言うことだけは聞いてくれたし、それでマネージャー達を困らせずに済むのならと、私は了解してしまった。
それから私の少ない荷物はあの高層マンションに運び込まれ、住んでいたアパートを出ることになった。
セキュリティは複雑だし、エレベーターでも昇るのに時間がかかるし、なにより入るところを誰かに見られてはいけない。
元のアパートに比べると遥かに面倒だけど、流石金をかけているだけあって住みやすくはある。
……が、それだけでは済まされないのがdesire。
私が紅一点なおかげで、今までみたいに変な格好でうろうろできないし、全員分の食事を作るのは一苦労だ。
さっきだって、彰人から“今日は魚が食べたい”というメールをもらったばっかりだ。
今夜は親子丼ともう決まっているのに。
晩御飯が食べられるかどうかは仕事によって違うから、全員のスケジュールを覚えるハメになった。
ただでさえ自分の仕事が忙しいのに、勘弁して欲しい。
**********
「――成程、苦労をかけたな」
「いや、ほとんど彰人と弘太のせいだからいいよ」
今日は仕事の都合で聡也だけが夕飯を食べられることになった。
彰人はdesireの中で一番忙しくて、ほとんどここに帰ってこない。
まあ、仕事で顔を合わせるからそんなに気にならないけど……。
旭斗はそれに次いで忙しく、今日は映画の撮影だそうだ。
しかも主演だというから、流石超人気アイドルだ。
弘太はバラエティ。仁はソロで歌を出すらしい。
今まで彰人しかソロ活動をしなかったから、珍しさに色んなメディアが取り上げていた。
聡也はドラマの撮影があるのだが、天候の都合で明日に延期になった。
明日は歌番組の収録だけだったからドラマの撮影をする時間は充分ある。
「親子丼、あいつらにも食わせたかったが、こうも有名になると融通がきかんから困る」
「そうだね。彰人達の分も一応作ったんだけど、お弁当とかで済ませちゃうのかな」
どんな料理も一人で食べると味気ないとよく言うが、聡也がいる今でもなんだか味気ない。
きっとこの広すぎる部屋のせいだろう。
明かりが広い空間に吸い込まれて、照明代の無駄だ。
普段の人数を考えると妥当なんだろうけど、一人で帰ってきた時の寂しさったらない。
「いや、あいつらなら意地でもお前の飯を食うと思う。少なくとも俺はそうする」
「そんなに美味しいかな……」
「そういう問題じゃない。売り物の弁当というのはどうも味気ないんだ。やっぱり、誰かに作ってもらうのが一番美味い」
確かに……。
昔、作るのが億劫でご飯をコンビニ弁当で済ませたことがあった。
今までお母さんの弁当しか食べたことがなかった私は、そのあまりの味気なさに驚いた。
やっぱり、私のために作ってくれた弁当と、不特定多数のために作られた弁当とでは美味しさが違う。
そういうことで、私はdesireのみんなの役に立っているのかな。
**********
朝食の仕込みも終わり、お風呂から上がったのに、聡也はまだ起きていた。
明日は早いはずなのに、台本を読んでいた。
「まだ寝ないの?」
「ああ、明日の分までは読んでおこうと思ってな」
desireの体調管理を任されている私としては聡也に寝て欲しい。
明日起きれなかったら怒られるのは私だ。
「でも、もう寝ようよ。私も寝るからさ……」
私がそう言うと、聡也は珍しくびっくりした顔をした。
……なにか変なこと言ったっけ?
「……あ、ああ。そうだな……。なんだ、そういうことか。わかった、寝る」
聡也は一人で勝手に焦ったり悩んだり落ち込んだりしてから、勝手に納得していた。
無事に聡也は寝てくれるみたいだし、私がこんなこと気にしても仕方ないのかな。
そうやってあまり深く考えないようにしていた私だったけど、聡也の次の言葉で、一気に意味がわかってしまった。
「お前も来い。一緒に寝るんだろう?」
「えっ!? ちょっ……! それってどういう……」
「そのままの意味だ。同じベッドで寝る。今はそれだけだ」
それでも私は納得できなかった。
手を出さないからって、男と同じベッドで寝てもいい訳がない。
「ま、まだ私達そういう関係じゃ……」
「じゃあ俺はまだ寝ない。お前はそれでもいいのか?」
「それは嫌だけど……でもそれとこれとは……」
いつまでも躊躇っている私に痺れを切らしたのか、聡也は私を抱き上げた。
「きゃあっ!? ちょっ……これって……」
私の首は聡也の右腕に、膝の裏は左手に支えられていて、これってつまり……。
「ああ。“お姫様抱っこ”だな。仕事柄よくやるんだ」
……ってそういう問題じゃないっ!
でも私がいくら暴れても、鍛えている聡也は私を落とそうとはしなかった。
「――純粋に人肌が恋しいだけだ。まだ今の関係のままではなにもしない」
「……人肌……?」
そういえば、私はあの頃の聡也しか知らない。
あれから私と別れてなにをしていたのか、なにを思ってアイドルになったのか、私は全く知らないのだ。
聡也だけじゃない。彰人も旭斗も仁も弘太も、私と別れてからなにをやっていたのかわからない。
彼らがずっと一緒にいたかどうかもわからないのだ。
それは当たり前のはずなのに、なぜだか心がツキンと痛んだ。
寂しいんだ。私と仲良く遊んでいたあの頃のみんなじゃないって知って。
仕方ないことなのに、こんなことを感じるなんて私は我が儘だ。
こんな気持ち、みんなに知られる訳にはいかない。
だから私はこの気持ちを封印することにした。
**********
朝、玄関が開く音で目が覚めた。
携帯を確認するとまだ四時だ。
結局私は聡也と同じベッドで寝てしまった。
本当にただ寝ただけだったから、あの頃と変わらない気持ちでいたらなんとかやり過ごせた。
……でもこうして一度起きてしまえば意識してしまって、二度寝は難しそうだ。
私は聡也を起こさないようにゆっくりベッドから出ると、聡也の部屋を後にした。
「おかえり」
「あ、ごめんね。起こしちゃった?」
玄関を開けたのは彰人だったらしい。
彰人は帰りが遅くなるって言ってたけど……まさか朝帰りとは。
「ううん。いいよ、今起きたところ」
「そう……。っていうかなんか聡也の部屋から出てきたように見えたけど……」
うっ……鋭い。
確かに聡也の部屋は私の部屋とはリビングを挟んで反対側にある。
ここは正直に言うか……。
「あ、うん。昨日聡也が一緒に寝たいって言って、聡也のベッドで……」
そこまで言うと彰人の顔から笑顔が消えた。
「……うん。ちょっとごめんね」
彰人は私に断りを入れると、聡也の部屋に駆け込んだ。
一秒も待たず聡也の部屋から彰人の怒声が聞こえてきて、ああ、やってしまったと今更ながらに後悔した。
彰人はキレやすい。
元々暴力的な性格で、私が小学生の頃にそれについてこってり叱ったら、今の王子様みたいな性格になった。
それでも根底にはやっぱりその暴力的な性格があって、ちょっと喧嘩っ早いところがあった。
……アイドルになった今でもその性格なのか……。
**********
「……彰人も成長したな……。どんなにキレても手が出なくなった」
「当たり前だよ。この仕事、イメージが大事だし」
五時頃になって漸く解放されたらしい聡也は青ざめた顔で支度を始めた。
彰人はお風呂に入ってから、今は昨日の親子丼を食べている。
「彰人は今日何時から仕事?」
「ん、八時かな。ちょっと仮眠をとるから七時には起こしてね」
「了解」
ここは偶然にも私の会社から近い。
だからこそ人に見つかりやすいのだが、通勤は凄く楽だ。
「僕も添い寝してもらうってのは……」
「二度目はないよ」
「うーん、がっかり」
私はあくびを噛み殺して彰人の軽口に答えた。
流石に毎日こいつらに付き合ってたら身体がもたない。
たまには無視してゆっくり寝たいんだけど、そういうことができない性格だから厄介なんだ。
なんというか、昔っからお節介焼きで、いつもこいつらの面倒を見てきた。
だから懐かれたんだろうけど、性分なんだから仕方ない。
「じゃ、行ってくる」
「いってらっしゃい」
聡也は昨日できなかった分の撮影に行った。
多分歌番組の撮影はdesire全員だろう。
――やっぱり、私ももう一回寝た方がいいかな……。
私は諦めてベッドに戻ることにした。
**********
「うわーん、髭剃りなーいっ!」
結局あの後睡魔に負けた私は大人しくベッドに潜ったが、携帯のアラームに気付かず十分寝過ごしてしまった。
私に起こしてもらう気満々だったこの男は、そのせいでバタバタしている。
普段から余裕を持って行動しないから悪い……なんてことを言えるほど優しい仕事量ではないことを知っているから何も言えないけど……。
でも朝使うってわかってるならなんで前の晩から用意してないんだよ。
「ねえ、僕の髭剃り知らない!?」
「知らないよ。使わないし。聡也の使ったら?」
「聡也のは使いにくいからやだ」
ファンが見たら卒倒しそうなほど爆発した髪の毛も、童顔や王子様キャラに全く似合わない濃い目の髭も同居人だからわかる苦労。
昔っから彰人は毛が固くて、寝癖がつきやすかった。
でも私が知っているのは小学生までだから、初めて彰人の髭を見た時は爆笑してしまった。
本当に、なんで生えるのかわからないぐらい思いっきり似合わないのだ。
彰人ももう三十路だから、髭のひとつぐらい生えて当たり前なんだろうけど、それでも似合わないものは似合わない。
彰人もそれを相当気にしているらしく、私に笑われて拗ねていた。
**********
今朝は色々あってバタバタしたけど、仕事は順調に進んだ。
勿論、私もdesireも。
それで今日は珍しく歌番組の生放送で新曲披露したら仕事は終わりらしく、久しぶりのみんなでご飯だ。
今まではこういう時居酒屋でパーっと飲んで騒いでやってたみたいだけど、私のことを考えて家で食べることになった。
うう…私のせいじゃないけどごめんなさい。
なにより私のご飯が楽しみなのはみんな同じというありがたい意見が聞けたから、今日は張り切っちゃおう!
――でも、こういう時に限って良くないことは起こるみたいで、私は見てはいけないものを見てしまった。
スーパーからの帰り道、重たいレジ袋をよたよた運んでいたら、マンションの前に仁王立ちする女の影が見えた。
これは関わってはいけないと咄嗟に空気を読み、私は植木の陰に隠れて様子を伺った。
でも、何分経っても彼女は一向に帰ってくれず、私は家に帰れないままだった。
ああ、ついに旭斗に先越されたじゃん。
……と思ったら、その女は通り過ぎようとした旭斗の腕をがしっと掴んだ。
――これは……修羅場だ。
怪しいとわかりつつ、私は物陰から様子を伺い続けた。
女は一方的に旭斗に怒鳴り散らしてから、思いっきり旭斗の頬をひっぱたいた。
女はそれで満足したのか、そのまま足早に去っていった。
旭斗はというと、ぶたれた頬をほんのり押さえて、ただぼんやりしていた。
「旭斗っ!」
私は女が見えなくなるとすぐに旭斗に駆け寄った。
旭斗は私を見るとおばけにでも会ったかのようにびっくりして、それから申し訳なさそうにうつむいた。
俺様な旭斗らしくない態度に少し違和感があるけど、今はそれどころじゃない。
「ああ、玲奈か……」
「顔っ! すぐ冷やして! とりあえず家に行くよ! 冷凍庫に氷あるから」
私は困惑する旭斗の手をレジ袋と一緒に握りこんで、そのまま部屋に引っ張っていった。
「――大丈夫? 商売道具なんだから跡残しちゃ駄目だよ……。全く、旭斗っていつもそう。他人の心配ばっかりで自分のことはいつも後回しなんだから」
私は家に着くなりレジ袋を投げ出してすぐに氷を袋に詰めた。
レジ袋の中身を早く冷蔵庫に入れなきゃいけないけど、今はこっちが先だ。
「……悪ぃ」
「そう思ってんなら自分で冷やして! あーあ、ビール温くなっちゃった」
その後、次々とみんなが帰ってきて、その頃には旭斗の顔の腫れも引いていた。
なんかあの女のことには触れちゃいけないような……知ってしまったら私が傷ついてしまいそうな気がしたから、それ以上考えないことにした。
わざと明るく振舞って、旭斗もプロの演技で何事もなかったかのように振舞って、その日はそれで終了した。
でも、私はバカだから気づかなかったんだ……。
あんなに大声で叫んで、誰にも見られてないはずがないってこと……。




