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婚約破棄の証人として呼ばれた王宮のオウムたちが、全部しゃべりました

作者: ま
掲載日:2026/09/29




「ミナ・フェルト! 君との婚約を、今日この場で破棄する!」



 王宮の春の園遊会。

 満開の藤棚の下に、第二王子ラウル殿下の声が響き渡った。


 白いテーブルクロスの上で、ティーカップがかちゃりと鳴る。

 芝生の上で談笑していた貴族たちが、一斉にこちらを振り向いた。


 殿下の隣には、伯爵令嬢のイザベラ様が寄り添っている。

 鮮やかな赤いドレスに、大きな羽根飾りの帽子。

 藤の花の下では、少し目立ちすぎるくらいだ。



「君は、イザベラを陰で罵り続けていた。『消えればいい』とまで言ったそうだな!」



 私は、手にしていた鳥の餌の袋を、そっとテーブルに置いた。


 今日の園遊会の余興で、王宮のオウムたちを披露する予定だった。

 その準備で、朝から鳥舎と庭園を何往復もしていたのだ。



「殿下。私は、イザベラ様とお話ししたことすら、ほとんどございません」


「しらを切るな! 証人がいるんだ」



 殿下は、勝ち誇った顔で庭園の奥を指さした。


 従者たちが、大きな鳥籠を三つ、台車に載せて運んでくる。

 中にいるのは、王宮のオウムたちだった。


 真っ白な老オウムのブランカ。

 緑の羽のルル。

 赤と青の派手なペペ。


 私が十二歳のときから、毎日世話をしてきた子たちだ。



「オウムは、聞いた言葉をそのまま覚えて話す。君が鳥舎でイザベラの悪口を言っていたのを、こいつらは全部聞いていたはずだ!」



 庭園が、ざわめいた。



「オウムが証人ですって?」


「なるほど、オウムなら嘘はつけないものな」


「でも、フェルト嬢がそんなことを……」



 殿下は、緑のルルの籠の前に立った。



「さあ、言ってみろ。ミナは、イザベラのことを何と言っていた?」




◇




 フェルト子爵家は、代々、王宮の鳥舎を預かってきた家だ。


 伝書鳩が五十羽。

 鷹匠の預かる猛禽が十羽。

 そして、王妃様が隣国から嫁いでこられたときに連れてきた、おしゃべりなオウムが三羽。


 オウムたちは、外国からのお客様をもてなす余興の主役だ。

 挨拶の言葉を三か国語で話し、歌を歌い、ときどき人の声色を真似て笑わせる。


 その世話と調教を任されているのが、私だった。


 ラウル殿下との婚約は、五年前に決まった。

 鳥舎の娘にしては、身に余る縁談だと言われた。


 殿下は、鳥がお嫌いだった。



「羽が服につく。臭い。うるさい」



 鳥舎に足を運んでくださったのは、婚約が決まった日の一度きりだ。

 それからは、私が鳥の話をしようとすると、あからさまに話題を変えた。


 だから、少し意外だった。

 この春になって、殿下が何度か鳥舎の近くで目撃されていたのは。


 しかも、決まって夜遅くに。


 異変に気づいたのは、園遊会の五日前の朝だった。


 鳥舎の扉を開けると、止まり木の下に、見慣れない赤い羽根が一本落ちていた。

 オウムたちの羽ではない。

 染めた鳥の羽根だ。

 貴婦人の帽子の飾りによく使われる、あの羽根。


 その日、ルルの様子もおかしかった。

 餌をやろうとすると、落ち着かなく首を振り、何かをぶつぶつ呟いている。

 耳を近づけても、よく聞き取れなかった。

 ただ、私の名前を呼んでいるように聞こえた。


 夜の見回りの記録を確かめると、鍵を借りた者の欄に、殿下の従者の名前があった。

 鳥舎の鍵は、王族の方の求めがあれば断れない決まりになっている。


 嫌な予感はしていた。

 でも、まさか園遊会の庭で、それが形になるとは思っていなかった。




◇




 ルルは、籠の中で首をかしげた。


 殿下が、もう一度せかす。



「ほら、言え。『イザベラなんて、消えればいい』だ!」



 ルルは、くるりと目を回した。

 それから、はっきりとした声で言った。



『イザベラなんて、消えればいい』



 庭園に、息をのむ音が広がった。


 その声は、たしかに私の声によく似ていた。

 少し低めで、語尾をはっきり切る話し方。



「聞いたか! これが証拠だ!」



 殿下が叫ぶ。

 イザベラ様が、ハンカチで目元を押さえた。



「ひどいわ、ミナ様……わたし、何もしていないのに……」



 貴族たちの視線が、一斉に私に突き刺さる。


 私は、ルルの籠に近づいた。


 ルルは、私の顔を見ると、嬉しそうに羽をふくらませた。

 いつもの朝と同じように。



「殿下。一つだけ、よろしいですか」


「なんだ、言い訳か」


「いいえ。ルルは、人の声を真似るのがとても上手な子です。でも、真似できるのは、実際に聞いた声だけなんです」



 私は、籠の格子に指をそっと当てた。

 オウムたちに教えてある、合図の仕草だ。



「ルル。この言葉、誰から習ったの?」



 ルルは、少し考えるように首を振った。

 それから、今度は全然違う声で話し始めた。



『もっとミナっぽく言って。ほら、もっと低い声で』



 殿下の声だった。




◇




 庭園が、水を打ったように静まり返った。



『イザベラなんて、消えればいい』


『だめだ、まだ甘ったるい。お前の声はすぐ分かる』


『もう、ラウル様ったら厳しいんだから』



 今度は、イザベラ様の声。

 鼻にかかった、甘えるような声だ。



『これで、あの鳥臭い女と婚約破棄できますわね』


『ああ。園遊会で、こいつにしゃべらせればいい。オウムの言うことなら、誰も疑わない』



 イザベラ様の顔から、血の気が引いていく。

 殿下は、口を半開きにしたまま固まっていた。



「ル、ルル……」


「黙れ、この鳥!」



 殿下が籠に手を伸ばす。

 私はその前に、すっと体を入れた。



「殿下。オウムを証人になさったのは、殿下ご自身です」



 静かに言うと、殿下の手が止まった。



「オウムは、嘘をつきません。聞いたことを、そのまま話すだけです」



 ひそひそと、ささやきが広がっていく。



「今の、殿下の声よね……」


「夜中に鳥舎で、オウムに悪口を仕込んでいらしたの?」


「フェルト嬢の声色を真似させて……」



 貴族たちの視線が、今度は殿下とイザベラ様に集まった。



「ち、違う! これは、その……鳥が勝手に……!」



 殿下がうろたえる横で、赤と青の派手なオウムが、籠の中でばたばたと羽を広げた。


 ペペだ。

 三羽の中で一番おしゃべりで、一番空気を読まない子。



『ラウル様の借金は、お父様がひとまず立て替えてくださるそうですわ』



 イザベラ様の声だった。



『その代わり、王子妃にしてくださいね?』


『分かっている。騎士団の予算から少し回せば、すぐ返せるさ』



 庭園の空気が、凍りついた。




◇




 園遊会の席には、騎士団長も招かれていた。


 白髪の騎士団長は、ゆっくりと立ち上がった。

 その顔は、藤の花の陰でも分かるほど、青ざめている。



「殿下。今の、騎士団の予算とは」


「な、なんのことだ! 鳥の戯言だぞ!」


「ラウル殿下は、騎士団の副団長でいらっしゃいます。予算の決裁の印を、お持ちですな」



 殿下は、何も答えられなかった。


 そのとき、藤棚の向こうから、落ち着いた声がした。



「ブランカ。おいで」



 真っ白な老オウムが、ぴくりと顔を上げた。


 人垣が割れる。

 現れたのは、王妃様だった。


 隣国から嫁いでこられて二十年。

 三羽のオウムを誰よりも可愛がっていらっしゃる方だ。


 十二歳の私に、オウムの扱い方を最初に教えてくださったのも王妃様だった。

 合図の仕草も、褒めるときの声の高さも、全部王妃様の故郷のやり方だ。



 「鳥は、自分を大切にしてくれる人の声をいちばんよく覚えるのよ」と、あのとき王妃様はおっしゃった。



 王妃様は、ブランカの籠の前に立ち、優しく格子を撫でた。



「ブランカ。この春、夜の鳥舎で、他に何を聞いたの?」



 ブランカは、しわがれた声で、ゆっくりと話し始めた。


 賭場の名前。

 借金の額。

 騎士団の予算の帳簿を書き換える相談。


 ブランカは、二十年生きている。

 覚えている言葉の数は、三羽の中で一番多い。


 話し終えると、ブランカは王妃様の指に、こつんとくちばしを当てた。


 王妃様は、ゆっくりと殿下に向き直った。



「ラウル。この子たちは、二十年、私の故郷の言葉とこの国の言葉を、分け隔てなく覚えてくれた。嘘をつかない子たちなの」


「母上……!」


「そのオウムを使って、婚約者に濡れ衣を着せようとした。騎士団の予算に手をつけた。どちらも、王子のすることではありません」



 王妃様の声は、静かだった。



「陛下には、私からお伝えします。騎士団の件は、団長にお任せするわ。ミナとの婚約は、あなたの望みどおり解きましょう。ただし、非はあなたにあると、はっきり記録に残します」



 殿下は、藤棚の下で膝をついた。


 イザベラ様は、いつのまにか帽子の羽根飾りをしおれさせて、その場に座り込んでいた。

 騎士団長が、控えていた騎士たちに目配せをする。

 イザベラ様のお父様の伯爵にも、話を聞くことになるのだろう。




◇




 園遊会がお開きになったあと、私はオウムたちの籠を台車に載せて、鳥舎へ戻った。


 夕暮れの鳥舎は、いつものように羽音と鳴き声でにぎやかだった。

 伝書鳩たちが、止まり木で首をすくめている。


 籠からオウムたちを出して、止まり木に移してやる。

 ルルは、少しだけ落ち込んでいるように見えた。


 この春のあいだ、ルルは幾晩も、殿下とイザベラ様の声を聞かされていたのだ。

 覚えたくもない言葉を、何度も何度も。

 羽の艶が、いつもより少し悪い。

 明日は好物の干し果物を多めにあげよう、と思った。


 鳥舎の窓から、夕焼けの空が見える。

 伝書鳩が一羽、遠くの空から戻ってくるところだった。

 足に結ばれた小さな筒には、父からの短い手紙が入っていた。



『園遊会の話を聞いた。よくやった。鳥たちにも、今夜はたっぷり餌をやりなさい』



 父らしい、ぶっきらぼうな字だった。



「ルル。あなたは悪くないわ。聞いたことを、覚えただけだもの」



 ルルは、私の指に頭をこすりつけた。


 そのとき、鳥舎の入り口で、足音がした。



「フェルト嬢。お疲れさまでした」



 鷹匠のレオさんだった。


 鳥舎の東の塔で、鷹や隼を預かっている人だ。

 革の手袋に、日に焼けた頬。

 口数は少ないけれど、鳥の具合が悪い日には、いつも黙って様子を見に来てくれる。



「見ていらしたのですか」


「園遊会の警備に、鷹を出していたので」



 レオさんは、少しためらってから言った。



「……殿下が夜に鳥舎へ来ていたこと、実は気づいていました。あなたにお伝えするべきか、ずっと迷っていて」


「そうだったんですか」


「すみません。婚約者のことを告げ口するようで、言えませんでした」



 レオさんが、申し訳なさそうに頭を下げた。


 私は首を振った。



「いいんです。結局、オウムたちが全部しゃべってくれましたから」



 そう言って笑った、そのときだった。


 止まり木の上で、老オウムのブランカが、ばさりと羽を広げた。



『ミナ、すきだ』



 低くて、少しかすれた声。



『ずっと、すきだった。……いや、違うな。もう一回』



 レオさんの声だった。


 レオさんが、石像のように固まった。



『ミナ、すきだ。……だめだ、言えない。明日にしよう』



 ブランカは、得意げに胸を張っている。


 私は、ゆっくりとレオさんを見た。

 レオさんの耳が、夕焼けよりも赤くなっていく。



「……レオさん」


「……はい」


「ブランカに、何を練習させていたんですか」


「させていたわけでは……ありません」



 レオさんは、手袋のまま顔を覆った。



「夜、東の塔の帰りに、ここで。誰もいないと思って、つい。……一年ほど」


「一年」


「ブランカが覚えるとは、思っていなかったんです」



 鳥舎の中が、しんと静かになった。

 鳩たちまで、首を伸ばしてこちらを見ている気がする。


 レオさんは、ゆっくりと手を下ろした。

 それから、覚悟を決めたように、まっすぐに私を見た。



「フェルト嬢。いえ、ミナさん」


「はい」


「ブランカが全部言ってしまったので、もう隠す意味がありませんね」



 レオさんは、一歩、私のほうへ近づいた。



「ずっと、好きでした。鳥の前で一年練習して、一度も言えなかった言葉ですが」



 胸の奥が、ぎゅっと熱くなる。


 五年間、鳥臭いと言われ続けた。

 鳥の話をすると、話題を変えられた。


 この人は、鳥の前でなら、一年も私の名前を呼んでいたのだ。



「……レオさん」


「はい」


「私、今日は一日じゅう鳥の世話をしていたので、たぶん、すごく鳥臭いですよ」



 レオさんは、きょとんとしてから、ふっと笑った。

 初めて見る、柔らかい笑顔だった。



「私もです。鷹の世話をしてきたところなので」




◇




 半年後。


 ラウル殿下は王子の位を返上し、北の国境の伝書鳩中継所で働いている。

 予算に手をつけた分を、給金から少しずつ返しているそうだ。

 鳩の世話は、毎朝五時から。

 最初のひと月は、羽が服につくと文句ばかり言っていたと聞いた。


 イザベラ様のお家は、借金の肩代わりの件で罰金を払い、しばらく社交界から姿を消した。


 王妃様からは、鳥舎の新しい調教師長の任命状をいただいた。

 女性が就くのは初めてだと言われたけれど、オウムたちは相変わらず、私の顔を見ると羽をふくらませてくれる。


 夕暮れの鳥舎で、私はブランカの止まり木の前に立った。


 ブランカは、この半年、ことあるごとにレオさんの声で「ミナ、すきだ」と言う。

 お客様の前でも言う。

 王妃様の前でも言う。

 そのたびに、レオさんが東の塔から走ってきて、真っ赤な顔で頭を下げる。


 そろそろ、新しい言葉を教えてもいい頃だ。


 私は、ブランカの目をまっすぐに見て、ゆっくりと言った。



「レオさん、わたしも、すき」



 ブランカは、首をかしげた。


 それから、くるりと目を回して、私の声で繰り返した。



『レオさん、わたしも、すき』



 東の塔のほうから、何かを落とす音がした。


↓番外編「東の塔の帰り道」(鷹匠レオ視点。一年分、オウムの前で練習した告白)

https://note.com/wise_turtle184/n/n954ec2a477fe?app_launch=false

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― 新着の感想 ―
遂に帳簿だけでなくインコも嘘をつかなくなったのか
睦言でも聞かされるのかと思った 『これは浮気ではないですよね。だって私が王子妃になるんですもん』 『そうだ愛してるよイザベラ』 『ちゅっちゅちゅー』 『いけないわまだ婚約もしていないのに』 『いいだろ…
とても面白かったです♪ インコも可愛いですよ。 湯沸かし器の出湯管をとまり木にして、湯沸かし器点火の音を真似たりw
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