婚約破棄の証人として呼ばれた王宮のオウムたちが、全部しゃべりました
「ミナ・フェルト! 君との婚約を、今日この場で破棄する!」
王宮の春の園遊会。
満開の藤棚の下に、第二王子ラウル殿下の声が響き渡った。
白いテーブルクロスの上で、ティーカップがかちゃりと鳴る。
芝生の上で談笑していた貴族たちが、一斉にこちらを振り向いた。
殿下の隣には、伯爵令嬢のイザベラ様が寄り添っている。
鮮やかな赤いドレスに、大きな羽根飾りの帽子。
藤の花の下では、少し目立ちすぎるくらいだ。
「君は、イザベラを陰で罵り続けていた。『消えればいい』とまで言ったそうだな!」
私は、手にしていた鳥の餌の袋を、そっとテーブルに置いた。
今日の園遊会の余興で、王宮のオウムたちを披露する予定だった。
その準備で、朝から鳥舎と庭園を何往復もしていたのだ。
「殿下。私は、イザベラ様とお話ししたことすら、ほとんどございません」
「しらを切るな! 証人がいるんだ」
殿下は、勝ち誇った顔で庭園の奥を指さした。
従者たちが、大きな鳥籠を三つ、台車に載せて運んでくる。
中にいるのは、王宮のオウムたちだった。
真っ白な老オウムのブランカ。
緑の羽のルル。
赤と青の派手なペペ。
私が十二歳のときから、毎日世話をしてきた子たちだ。
「オウムは、聞いた言葉をそのまま覚えて話す。君が鳥舎でイザベラの悪口を言っていたのを、こいつらは全部聞いていたはずだ!」
庭園が、ざわめいた。
「オウムが証人ですって?」
「なるほど、オウムなら嘘はつけないものな」
「でも、フェルト嬢がそんなことを……」
殿下は、緑のルルの籠の前に立った。
「さあ、言ってみろ。ミナは、イザベラのことを何と言っていた?」
◇
フェルト子爵家は、代々、王宮の鳥舎を預かってきた家だ。
伝書鳩が五十羽。
鷹匠の預かる猛禽が十羽。
そして、王妃様が隣国から嫁いでこられたときに連れてきた、おしゃべりなオウムが三羽。
オウムたちは、外国からのお客様をもてなす余興の主役だ。
挨拶の言葉を三か国語で話し、歌を歌い、ときどき人の声色を真似て笑わせる。
その世話と調教を任されているのが、私だった。
ラウル殿下との婚約は、五年前に決まった。
鳥舎の娘にしては、身に余る縁談だと言われた。
殿下は、鳥がお嫌いだった。
「羽が服につく。臭い。うるさい」
鳥舎に足を運んでくださったのは、婚約が決まった日の一度きりだ。
それからは、私が鳥の話をしようとすると、あからさまに話題を変えた。
だから、少し意外だった。
この春になって、殿下が何度か鳥舎の近くで目撃されていたのは。
しかも、決まって夜遅くに。
異変に気づいたのは、園遊会の五日前の朝だった。
鳥舎の扉を開けると、止まり木の下に、見慣れない赤い羽根が一本落ちていた。
オウムたちの羽ではない。
染めた鳥の羽根だ。
貴婦人の帽子の飾りによく使われる、あの羽根。
その日、ルルの様子もおかしかった。
餌をやろうとすると、落ち着かなく首を振り、何かをぶつぶつ呟いている。
耳を近づけても、よく聞き取れなかった。
ただ、私の名前を呼んでいるように聞こえた。
夜の見回りの記録を確かめると、鍵を借りた者の欄に、殿下の従者の名前があった。
鳥舎の鍵は、王族の方の求めがあれば断れない決まりになっている。
嫌な予感はしていた。
でも、まさか園遊会の庭で、それが形になるとは思っていなかった。
◇
ルルは、籠の中で首をかしげた。
殿下が、もう一度せかす。
「ほら、言え。『イザベラなんて、消えればいい』だ!」
ルルは、くるりと目を回した。
それから、はっきりとした声で言った。
『イザベラなんて、消えればいい』
庭園に、息をのむ音が広がった。
その声は、たしかに私の声によく似ていた。
少し低めで、語尾をはっきり切る話し方。
「聞いたか! これが証拠だ!」
殿下が叫ぶ。
イザベラ様が、ハンカチで目元を押さえた。
「ひどいわ、ミナ様……わたし、何もしていないのに……」
貴族たちの視線が、一斉に私に突き刺さる。
私は、ルルの籠に近づいた。
ルルは、私の顔を見ると、嬉しそうに羽をふくらませた。
いつもの朝と同じように。
「殿下。一つだけ、よろしいですか」
「なんだ、言い訳か」
「いいえ。ルルは、人の声を真似るのがとても上手な子です。でも、真似できるのは、実際に聞いた声だけなんです」
私は、籠の格子に指をそっと当てた。
オウムたちに教えてある、合図の仕草だ。
「ルル。この言葉、誰から習ったの?」
ルルは、少し考えるように首を振った。
それから、今度は全然違う声で話し始めた。
『もっとミナっぽく言って。ほら、もっと低い声で』
殿下の声だった。
◇
庭園が、水を打ったように静まり返った。
『イザベラなんて、消えればいい』
『だめだ、まだ甘ったるい。お前の声はすぐ分かる』
『もう、ラウル様ったら厳しいんだから』
今度は、イザベラ様の声。
鼻にかかった、甘えるような声だ。
『これで、あの鳥臭い女と婚約破棄できますわね』
『ああ。園遊会で、こいつにしゃべらせればいい。オウムの言うことなら、誰も疑わない』
イザベラ様の顔から、血の気が引いていく。
殿下は、口を半開きにしたまま固まっていた。
「ル、ルル……」
「黙れ、この鳥!」
殿下が籠に手を伸ばす。
私はその前に、すっと体を入れた。
「殿下。オウムを証人になさったのは、殿下ご自身です」
静かに言うと、殿下の手が止まった。
「オウムは、嘘をつきません。聞いたことを、そのまま話すだけです」
ひそひそと、ささやきが広がっていく。
「今の、殿下の声よね……」
「夜中に鳥舎で、オウムに悪口を仕込んでいらしたの?」
「フェルト嬢の声色を真似させて……」
貴族たちの視線が、今度は殿下とイザベラ様に集まった。
「ち、違う! これは、その……鳥が勝手に……!」
殿下がうろたえる横で、赤と青の派手なオウムが、籠の中でばたばたと羽を広げた。
ペペだ。
三羽の中で一番おしゃべりで、一番空気を読まない子。
『ラウル様の借金は、お父様がひとまず立て替えてくださるそうですわ』
イザベラ様の声だった。
『その代わり、王子妃にしてくださいね?』
『分かっている。騎士団の予算から少し回せば、すぐ返せるさ』
庭園の空気が、凍りついた。
◇
園遊会の席には、騎士団長も招かれていた。
白髪の騎士団長は、ゆっくりと立ち上がった。
その顔は、藤の花の陰でも分かるほど、青ざめている。
「殿下。今の、騎士団の予算とは」
「な、なんのことだ! 鳥の戯言だぞ!」
「ラウル殿下は、騎士団の副団長でいらっしゃいます。予算の決裁の印を、お持ちですな」
殿下は、何も答えられなかった。
そのとき、藤棚の向こうから、落ち着いた声がした。
「ブランカ。おいで」
真っ白な老オウムが、ぴくりと顔を上げた。
人垣が割れる。
現れたのは、王妃様だった。
隣国から嫁いでこられて二十年。
三羽のオウムを誰よりも可愛がっていらっしゃる方だ。
十二歳の私に、オウムの扱い方を最初に教えてくださったのも王妃様だった。
合図の仕草も、褒めるときの声の高さも、全部王妃様の故郷のやり方だ。
「鳥は、自分を大切にしてくれる人の声をいちばんよく覚えるのよ」と、あのとき王妃様はおっしゃった。
王妃様は、ブランカの籠の前に立ち、優しく格子を撫でた。
「ブランカ。この春、夜の鳥舎で、他に何を聞いたの?」
ブランカは、しわがれた声で、ゆっくりと話し始めた。
賭場の名前。
借金の額。
騎士団の予算の帳簿を書き換える相談。
ブランカは、二十年生きている。
覚えている言葉の数は、三羽の中で一番多い。
話し終えると、ブランカは王妃様の指に、こつんとくちばしを当てた。
王妃様は、ゆっくりと殿下に向き直った。
「ラウル。この子たちは、二十年、私の故郷の言葉とこの国の言葉を、分け隔てなく覚えてくれた。嘘をつかない子たちなの」
「母上……!」
「そのオウムを使って、婚約者に濡れ衣を着せようとした。騎士団の予算に手をつけた。どちらも、王子のすることではありません」
王妃様の声は、静かだった。
「陛下には、私からお伝えします。騎士団の件は、団長にお任せするわ。ミナとの婚約は、あなたの望みどおり解きましょう。ただし、非はあなたにあると、はっきり記録に残します」
殿下は、藤棚の下で膝をついた。
イザベラ様は、いつのまにか帽子の羽根飾りをしおれさせて、その場に座り込んでいた。
騎士団長が、控えていた騎士たちに目配せをする。
イザベラ様のお父様の伯爵にも、話を聞くことになるのだろう。
◇
園遊会がお開きになったあと、私はオウムたちの籠を台車に載せて、鳥舎へ戻った。
夕暮れの鳥舎は、いつものように羽音と鳴き声でにぎやかだった。
伝書鳩たちが、止まり木で首をすくめている。
籠からオウムたちを出して、止まり木に移してやる。
ルルは、少しだけ落ち込んでいるように見えた。
この春のあいだ、ルルは幾晩も、殿下とイザベラ様の声を聞かされていたのだ。
覚えたくもない言葉を、何度も何度も。
羽の艶が、いつもより少し悪い。
明日は好物の干し果物を多めにあげよう、と思った。
鳥舎の窓から、夕焼けの空が見える。
伝書鳩が一羽、遠くの空から戻ってくるところだった。
足に結ばれた小さな筒には、父からの短い手紙が入っていた。
『園遊会の話を聞いた。よくやった。鳥たちにも、今夜はたっぷり餌をやりなさい』
父らしい、ぶっきらぼうな字だった。
「ルル。あなたは悪くないわ。聞いたことを、覚えただけだもの」
ルルは、私の指に頭をこすりつけた。
そのとき、鳥舎の入り口で、足音がした。
「フェルト嬢。お疲れさまでした」
鷹匠のレオさんだった。
鳥舎の東の塔で、鷹や隼を預かっている人だ。
革の手袋に、日に焼けた頬。
口数は少ないけれど、鳥の具合が悪い日には、いつも黙って様子を見に来てくれる。
「見ていらしたのですか」
「園遊会の警備に、鷹を出していたので」
レオさんは、少しためらってから言った。
「……殿下が夜に鳥舎へ来ていたこと、実は気づいていました。あなたにお伝えするべきか、ずっと迷っていて」
「そうだったんですか」
「すみません。婚約者のことを告げ口するようで、言えませんでした」
レオさんが、申し訳なさそうに頭を下げた。
私は首を振った。
「いいんです。結局、オウムたちが全部しゃべってくれましたから」
そう言って笑った、そのときだった。
止まり木の上で、老オウムのブランカが、ばさりと羽を広げた。
『ミナ、すきだ』
低くて、少しかすれた声。
『ずっと、すきだった。……いや、違うな。もう一回』
レオさんの声だった。
レオさんが、石像のように固まった。
『ミナ、すきだ。……だめだ、言えない。明日にしよう』
ブランカは、得意げに胸を張っている。
私は、ゆっくりとレオさんを見た。
レオさんの耳が、夕焼けよりも赤くなっていく。
「……レオさん」
「……はい」
「ブランカに、何を練習させていたんですか」
「させていたわけでは……ありません」
レオさんは、手袋のまま顔を覆った。
「夜、東の塔の帰りに、ここで。誰もいないと思って、つい。……一年ほど」
「一年」
「ブランカが覚えるとは、思っていなかったんです」
鳥舎の中が、しんと静かになった。
鳩たちまで、首を伸ばしてこちらを見ている気がする。
レオさんは、ゆっくりと手を下ろした。
それから、覚悟を決めたように、まっすぐに私を見た。
「フェルト嬢。いえ、ミナさん」
「はい」
「ブランカが全部言ってしまったので、もう隠す意味がありませんね」
レオさんは、一歩、私のほうへ近づいた。
「ずっと、好きでした。鳥の前で一年練習して、一度も言えなかった言葉ですが」
胸の奥が、ぎゅっと熱くなる。
五年間、鳥臭いと言われ続けた。
鳥の話をすると、話題を変えられた。
この人は、鳥の前でなら、一年も私の名前を呼んでいたのだ。
「……レオさん」
「はい」
「私、今日は一日じゅう鳥の世話をしていたので、たぶん、すごく鳥臭いですよ」
レオさんは、きょとんとしてから、ふっと笑った。
初めて見る、柔らかい笑顔だった。
「私もです。鷹の世話をしてきたところなので」
◇
半年後。
ラウル殿下は王子の位を返上し、北の国境の伝書鳩中継所で働いている。
予算に手をつけた分を、給金から少しずつ返しているそうだ。
鳩の世話は、毎朝五時から。
最初のひと月は、羽が服につくと文句ばかり言っていたと聞いた。
イザベラ様のお家は、借金の肩代わりの件で罰金を払い、しばらく社交界から姿を消した。
王妃様からは、鳥舎の新しい調教師長の任命状をいただいた。
女性が就くのは初めてだと言われたけれど、オウムたちは相変わらず、私の顔を見ると羽をふくらませてくれる。
夕暮れの鳥舎で、私はブランカの止まり木の前に立った。
ブランカは、この半年、ことあるごとにレオさんの声で「ミナ、すきだ」と言う。
お客様の前でも言う。
王妃様の前でも言う。
そのたびに、レオさんが東の塔から走ってきて、真っ赤な顔で頭を下げる。
そろそろ、新しい言葉を教えてもいい頃だ。
私は、ブランカの目をまっすぐに見て、ゆっくりと言った。
「レオさん、わたしも、すき」
ブランカは、首をかしげた。
それから、くるりと目を回して、私の声で繰り返した。
『レオさん、わたしも、すき』
東の塔のほうから、何かを落とす音がした。
↓番外編「東の塔の帰り道」(鷹匠レオ視点。一年分、オウムの前で練習した告白)
https://note.com/wise_turtle184/n/n954ec2a477fe?app_launch=false




