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NIGHTMARE RAVENS  作者: 96500C/mol
Chapter 2. 葬送曲 -REQUIEM (Unfinished)-
7/36

#1 死神

「……わっ」


 悲鳴とともに、サチは跳ね起きた。

 サチは白い布団の中にいた。周囲を見回せば、カーテンで仕切られているだけの簡素な個人スペース。鼻を刺激する消毒液の匂い。サチはここをよく知っている。聖ロアノール音楽学院、保健室だ。

 ベッドから降りてカーテンを少し開き、外へ出てみる。保健室には他にも十数床のベッドがあるが、そこには誰もおらず、一か所だけサチのところと同じようにカーテンで覆われているベッドがあった。


「目を覚ましたようね」


 後ろから突然声をかけられ、サチが驚いて振り返ると、そこに立っていたのは保健医のシェーヴォラであった。


「あ、あの。わたし……」

「よく生きて帰ってきてくれたわ」


 シェーヴォラはのそのそ近づき、サチを無理やりに抱きしめた。

 体型のくっきり出るセーターの上から白衣を着ているせいか、シェーヴォラに密着されると息が苦しくなる。だが、その「生きた人間」を肌で感じることができるのを、サチは少しだけ嬉しく思った。


「あの子も、あなたが生き残ったと聞いて喜んでいたわ」


 サチを解放したシェーヴォラは、カーテンで四方を囲まれたもう一つのベッドを指さす。

 自分が生き残って喜ぶ人間など、この学校にいただろうか。疑問符を浮かべたサチはシェーヴォラに肩を押されながらそのカーテンの中の空間へと入りこんだ。


「クローディアさん⁉」

「あら、目を覚ましたのね」


 ベッドに横たわっていたのはクローディアであった。

 サチがベッドの横にあった椅子に腰を下ろすと、クローディアは「起き上がれないの、ごめんなさいね」と言いながら顔だけを横に向けた。


「クローディアさん、てっきり死んだのかと」

「ええ、死んだわ。でも、それがあの子の……『葬送曲』に備わった力なの」


 『葬送曲』はクローディアの持つ巨大な棺型の魔奏器である。


「私は死なない。いいえ、死ねないと言ったほうがいいかもしれないわね。私が死ぬと、『葬送曲』は私の体のスペアを作って、魂をそこへ呼び戻すの。急造品のボディはしばらくリハビリをしないと動かせないのが弱点だけど」

「クローディアさん、わたし……」

「いいのよ。あなただけでも助かって、本当に良かった」


 これまで抑え込んでいた、サチの感情が決壊する。滝のようにあふれ出した涙を抑えられず、サチはクローディアのベッドに突っ伏して声を上げて泣いた。


 救えなかった。セナも、ユリーカも、ルイスも。

 彼女たちが死んでいくのを何もできずに見ていることしかできなかった。


 いや、何もできないのはサチ自身が一番よく知っていたはずだ。サチは魔奏士でもなんでもなく、ただあの場に居合わせただけの学生、しかも魔奏を一切使えない劣等生だったのだ。だが、少しの時間に過ぎないにせよ、彼女たちとは言葉を交わし、心を通わせた。自分の命を救ってくれた3人に恩返しをする機会すら永遠に失われてしまったことを、サチは嘆くことしかできない。

 わんわん泣くサチ。その頭を、クローディアは指の動かない手をおそるおそる動かして優しく撫でた。



   ◇   ◆   ◇



 サチが目を覚まして三日。「NIGHT RAVEN」が壊滅して一週間。クローディアは杖をつき、サチに肩を借りながらではあるが、歩けるようになってきていた。

 保健室から出てみようと提案したサチに、クローディアはしぶしぶOKする。外へ出ようと言った途端にクローディアの表情が暗くなる理由を、サチはすぐに目にすることになる。


「……クローディアさん」

「何かしら」

「すみません、わたしのせいで」


 廊下を歩けば、音楽学校の生徒とすれ違う。すれ違う生徒たちの表情の変化を、サチは敏感に感じ取った。

 みな、クローディアとサチとすれ違うたびに、じろじろと汚いものでも見るような視線を向けてくるのだ。すれ違った後、顔が見えないと思うやいなや、二人のことをヒソヒソと囃し立て出す生徒たち。サチはそれを見て、普段以上に苦しくなった。


「いいえ、あなたのせいじゃないわ。あの子たちは()をバカにしてるのよ」

「クローディアさんを?」

「そう。みんなが私のこと、何て呼んでると思う?」


「――――そこにいたのね、『死神』さん」


 サチは背後から、クローディアの出した問いの答えを聞いた。

 サチとクローディアがゆっくりと体を反転させると、そこに立っていたのは3人の女であった。

 一人は整えられた銀髪を緩くカールした髪型の、背の低い女。その隣にはヘラヘラ笑っている金髪狐目の長身の女。二人はその後ろに控えるもう一人――――亜麻色の髪を靡かせて佇む、すらりと長身の落ち着いた雰囲気の女。ここ、聖ロアノール音楽学院の理事長、サー・テオドール・ロアノールの孫娘にして生徒会長、ヘレナ・ロアノールである。

 どこか超自然的な雰囲気を纏う生徒会長ヘレナは、式辞の挨拶を除けばほとんど声を発することがない。生徒との会話は、もっぱら取り巻きの二人――――銀髪と金髪、二人の役目だ。


「保健室に行ったらリハビリのために出てるって聞いたのよ」銀髪がクローディアに嫌味を言う。「よくもまあ、堂々と校内を歩けるものだわ。神経が図太くて尊敬しちゃう」

「ちっ」


 クローディアはヘレナたちと遭遇するのを嫌がっているのがサチにはすぐに分かった。小さくうった舌打ちが、ヘレナに聞こえていなくてよかったとサチは安堵する。


「何か用かしら。今リハビリで忙しいのだけど」

「単刀直入に言うわ、クローディア・クランフィールド。あなたの魔奏器、学校に寄贈してもらえないかしら」

「お断りよ。何度もそう言っているでしょう」

「貴女が首を縦に振るまで何度でも言うわ。これで分かったでしょう、あの『葬送曲』は貴女には相応しくない。貴女は校内でも最高の楽団『NIGHT RAVEN』に所属しながら、仲間を全員見殺しにした」

「そんな、見殺しになんて……!」サチがたまらず口を開く。

「貴女は……えっと、誰?」銀髪はサチの顔を見て眉をひそめた。

「モニカ。あの子が救助されたって三年生だよ。名前はサチ・ホシノ」金髪が割って入る。

「へぇ、あなたが」モニカと呼ばれた銀髪は、サチに下から上へ、品定めでもするような視線を浴びせた。「()()()現場に居合わせたっていう、あの」


 モニカの強調する『なぜか』に、サチは怖気を覚えた。

 まるで、サチがあの遊覧船に乗っていた理由を見透かしているかのような、そんな態度だ。


「話はそれだけ? それじゃあ失礼するわね。私、急いでるの」

「待ちなさいよ! ちょっと、待ちなさいったら!」


 モニカを無視し、背を向けたクローディアとサチ。だが一歩踏み出したところで、後ろからクローディアの肩を掴まれてしまった。

 振り返ると、そこにはヘレナが立っていた。クローディアの肩に、そっと手を伸ばして。


「待ちなさい」

「まだ何か?」

「セナを喪った悲しみ……分からないでもない。彼女の遺品を、手元に置いておきたいっていうのもね。

 でも駄目。魔奏器は『血球』や『臓物』と戦う武器なの。セナがいなくなったのなら、早く次の使い手を決めないといけない」

「悪いわね。あの子たちは次に誰に譲るのか、もう決めてあるのよ」


 ヘレナは驚いたように固まって、クローディアの肩をすっと手放した。


「何ですって?」モニカが吠える。

「メンバーそれぞれが死んだら、遺品は誰に渡すのか。遺言で決めてあったの。

 だからあの子たちは『使い手がいない』状態じゃない。遺品と一緒に、遺言に従ってこれからその子たちに渡しに行く予定よ」

「そんなの認めないわ!」

「まあまあ、抑えて抑えて」金髪がモニカを宥める。「ワタシはいいと思うな。認めてあげても」

「リゼ⁉」

「これまでセナたちにはいっぱい助けてもらったしさ。最期のワガママくらい、聞いてあげてもいいと思うんだよねー」

「でも、ルールが……」ごねるモニカ。


 だが、モニカの文句はヘレナの鶴の一声にかき消された。


「……いいでしょう。

 ただし、もしセナたちの選んだその『後継者』たちが、奏者に相応しくないと判断したら。生徒会は魔奏器を、どんな手段を使ってでも没収します」

「好きにすれば」


 三人を放置し、サチとクローディアは廊下を進んでいった。


 すれ違う生徒の視線は依然厳しいままだ。

 『死神』。友人らしい友人もいなかったサチは知らなかったが、クローディアは校内ではそう呼ばれているらしい。あの「NIGHT RAVEN」の構成員だというのに……。経緯は知らなくとも、それがいい意味で名付けられたものではないことはサチも肌で感じるところであった。


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