#4 脱出
「めぐ、無事でよかった」
サチは小道にへたり込んでいた巡璃の前にしゃがみ、その両手を握る。
温もりのある、柔らかくて小さな手。サチの記憶の中にある巡璃そのものだ。巡璃が『神経』に殺される前まで当たり前に側にあって、その後は二度と触れることが叶わなかった幼い妹の手を握ると、サチは思わず涙があふれそうになる。
「おねえちゃん?」
「そうだよ。おねえちゃんだよ。おねえちゃんね、強くなったの。めぐを守れるくらいになったんだ……!」
サチは顔を伏せた。
涙があふれるのを抑えることができない。今日この時を、サチはどれだけ待ち望んだだろうか。目の前で殺された両親と妹。
その命が失われる様を何度夢に見てきたであろうか。
何度、力を持たなかったことを後悔しただろうか。
ついにサチはその悪夢を、覆すことができたのだ。
この世界は現実ではない。現実ではないからこそ、可能なこともある。サチは殺された家族の復讐のために魔奏士を目指し、そしてそれを夢の中で叶えた。
涙をぬぐい、サチは顔を上げた。そこには自分が守った巡璃の、あの笑顔が――――
なかった。
サチは巡璃の手を離し、木道に尻もちをつく。巡璃の顔は、あの二貌のピエロマスクに変化していたのだ。
「けっけっけ! よぉくオレ様の悪夢を払ったな。褒めてやるぜ! でも、オレはもう目的の第一段階は達成したぜェ? 残念だったな!」
「なっ……⁉」
「冥途の土産に教えてやるよ! オレの目的は、お前の記憶の中から『臓物』を呼び出すことだったのさァ!」
気配を感じて、サチが振り返る。
泥の中から、切り伏せたはずの『魔女の神経』がまたも飛び出した。
「オレが有用に、使わせてもらうぜ!」
きゃきゃきゃと笑うピエロマスクに合わせて、泥の中から次々と『神経』がその触手を出し、くねくねと不気味なダンスを始めた。
カーニバルというにはあまりにも赤黒い、グロテスクなパーティだ。
「サチ!」
両腕の魔導プラズマキャノンを発射しながら、小道をムツミが走ってくる。
『神経』を一撃で焼き払うプラズマキャノンだが、ピエロマスクの操る『神経』は無尽蔵だ。サチはムツミと合流できたものの、周囲を囲まれかなり絶望的な状況である。
「言っとくがな、そいつらはもうオマエの夢の産物じゃネェ。オレ様が、オマエの夢を完全に支配してるんだからなァ!
つまりは、そいつらに食われればオマエは死ぬ。現実みてェになァ!」
「くっ……!」
「くきゃきゃきゃきゃッ! オマエが死んでから、ゆっくりその『剣の舞』も回収させてもらうぜェ!」
ぼふん、と煙を出して、ピエロマスクが消失した。
一緒に巡璃とサチの両親も消えている。その場には背中合わせになったサチとムツミ、そして倒しても倒しても無限に沸いてくる『神経』が残された。
「ムツミ。加速の魔奏で逃げられないかな」
「おそらく無駄でしょう。どこまで逃げても、あのピエロマスクが夢の世界を支配している以上、逃れる方法はありません」
「だよね……どうしよう」
「自爆を含めたあらゆる戦闘パターンを計算しましたが、助かる方法はありません」
「……ムツミがいてくれて心強いような、不安なような。不思議な気持ちだよ」
状況は絶望的。だが、不思議とサチはまだ死ぬ気がしなかった。
一度は諦めた命。セナやクローディア、そしてムツミや仲間たちに繋いでもらった希望は、まだサチの胸に宿っている。
どうせ死ぬなら、最後まで抗ってやる――――サチが「剣の舞」を握りしめた、その瞬間だった。
ばりん。
空にヒビが入った。
見上げるサチとムツミの前で、どんどんと広がっていくヒビ。ここは訓練室だったっけ?とサチが思ったとき。空が割れて、人影が飛び出した。
「えっ、会長⁉」
レイピアを手に、小道にすたっと降り立つ生徒会長、ヘレナ・ロアノール。
迫る『神経』の触手を横薙ぎに切り払うと、空間ごと『神経』は切り裂かれて消滅した。
「貴女たち。怪我はない?」
「は、はいっ」
敵を斬って作られた空間の裂け目を跨ぐヘレナ。
振り向くこともなく、背を向けたままヘレナはサチに問いかけた。
「このふざけた世界で死ぬか、私に手を貸すか。選びなさい、サチ・ホシノ」
「そんなの、決まってます!」
サチとムツミはヘレナを追いかけて、夢の世界を脱出した。




