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NIGHTMARE RAVENS  作者: 96500C/mol
Chapter 7. 悪夢 -Pied Piper-
31/34

#1 即興


「お待たせいたしました」


 サチは誰もいなくなってシンと静まり返った夜更けの大食堂の一角で、傍らに給仕を侍らせて夕食に舌鼓を打った。今日のメニューはとても簡素な、筋張った鹿肉のソテーとマッシュポテトである。


「とっても美味しいよ、ムツミ!」

「ありがとうございます」


 制服の上からエプロンをかけ、給仕としてサチの後ろに控えているムツミが、静かに頭を下げる。


「ねえ、座らない? そこにいたら話し辛いんだけど」

「では、お言葉に甘えて」


 自分の向かいの席を指さすサチに応え、ムツミはサチの前の席に腰を下ろした。

 魔導人形であるムツミは食事を摂らない。よって、ムツミの前には何も置かれていない。最初のうちこそ自分だけ食事を摂ることに引け目を感じていたが、サチも2人の生活が一週間ほど経った今では慣れてしまっている。


「ほんと、ムツミがいてくれて助かっちゃったよ」


 サチはムツミの作った夕食にナイフを入れた。使った鹿肉は余りものであり、お世辞にもいい食材ではなかったが。絶妙な焼き加減と甘辛いソースの味付けのお陰か、驚くほど食が進む。

 図書館での一戦以降、何度かクローディアから料理を習っていたサチであったが、その腕はからきしダメであった。クローディアからも「味覚とセンスが唯一無二」とやんわり匙を投げられてしまうほどである。

 それだけに、余りものの鹿肉を発見したときは小躍りしたサチも、調理の不安を覚えて次の瞬間には憂鬱になったものである。

 偶然ロアノールの寮に居残っていたムツミを発見したときは、サチは天使が舞い降りたのだと思った。ムツミは彼女の製造元、ハルクスス社の令嬢ユーレン・ハルクススの側付きをしており、調理も一通りできたからだ。


 しかし、それよりもなぜこのように人のいない寮の中でサチとムツミが二人きりで食卓を囲んでいるのか。その発端は、一週間前に遡る。



 *  *  *



 学年末を迎え夏休みに入ると、聖ロアノール音楽学院の生徒たちは実家へ帰省し始めた。『NIGHT RAVEN』のメンバーも例外ではなく、ユイは故郷の『魔界』へ、瓜花は例の魔力融合の術式研究のため、と言ってユイに付いていった。

 サチは、といえば。故郷の日本にはもう親類がいない。クローディアからは帰省に同行しないかと誘われたが、驚きのあまりとっさに断ってしまっていた。


 そんな中。ムツミが学院の中庭で空を見上げているのをサチが発見したのは、夏休みに入って4日が経ったころだった。


「ムツミさん⁉」

「サチさま」


 空を見上げていたムツミはサチに振り向くと、恭しく腰を折ってお辞儀をした。


「サチさま、里帰りはなさらなかったのですね」

「……まあね。クローディアさんからは一緒に帰らないかって誘われたんですけど」

「付いていかれなかったのですか?」

「だって」誘ってくるクローディアのいじらしい表情がサチの脳裏に焼き付いている。「ご両親にご挨拶なんてまだちょっと早いし……」

「挨拶に早いも遅いもあるのですか?」

「うん、そういうことじゃないんですけどね?」


 それから、ムツミとサチの奇妙な生活が始まった。

 まず、ムツミはサチと同じ部屋に突然転がり込んできた。丁度サチは二人部屋の相方がいなかったので、そこへムツミの仮の寝床を作ったのだ。こうして、ムツミ本来の主、ユーレンが戻るまでの間、ムツミはサチのメイドとして行動を共にすることになった。


 サチは表向きはクローディアに「剣の修行をするから」といって帰省を断っていた。最初は素振りでもするかと思っていたが、個人練習では高が知れている。

 その点、正確無比な観察眼と膨大な学習データからの分析力を持つムツミは、訓練相手としてこれ以上ないものであった。ほぼ貸し切りになった訓練部屋で、サチとムツミは毎日日の出から日没、その先少しまで魔奏の練習を積み重ねていく。


 魔奏がめきめきと上達している。それはサチにも体感できた。

 自分には魔奏の才能が何一つも無かったはず――――疑問が降って湧いてきたが、すぐにどうでも良くなった。

 理由はどうあれ、サチは今、自分の夢だった魔奏士に日々一歩ずつ、近づいているのだ。



 時は戻ってサチがムツミとの生活を初めて一週間。二人は大分打ち解けている。サチはムツミに敬語で話さなくなったし、ムツミは相変わらず「サチさま」と距離があるものの、以前のような近寄りがたい無機質な雰囲気を出していない。


「そういえば」


 サチはここまでずっと聞こう聞こうと思って忘れてしまっていたことを、訓練を終えた後の夕食の席でようやく切り出した。


「ムツミはどうしてロアノールに残ってるの?」

「モデル613……『姉』の足跡を追ってみたかったのです。お嬢様には怪訝な顔をされましたが、許可を頂くことができました」

「ルイスさんの?」

「はい。姉は人の中で暮らし、人と接して『心』を理解したといいます。少し前までは自律魔導人形、兵器である私にそんな学習は不要だと思っていました」


 ムツミ、つまりハルクスス社製の自律魔導人形モデル623は元『NIGHT RAVEN』メンバー、『ルイス』と呼ばれていたモデル613の後継機である。ルイスは生前、ムツミを『妹』として可愛がっていた。それはルイスの獲得した人の『心』を理解することをムツミにも学習してもらうためであった。

 サチはルイスの遺品、魔奏器『1812年』を届けようとしたとき、ムツミはそれを受け取らなかった。当初ムツミはルイスが人の心を理解していたことを無意味だと考えているようだったが、このところ彼女の態度には変化が起こっている。


「ですが、このロアノールで日々を過ごすうちに……私も、人の心を理解してみたいと思うようになったのです」

「へぇ、そうなんだ!」


 サチはテーブルに手をついて身を乗り出した。

 『NIGHT RAVEN』のメンバーたちがやり残したことを引き継ぐ。サチのやりたい事の中には、ルイスのやり残したこと――――ムツミに人の心を理解させたいという願いも含まれている。そのムツミが人の心を理解したいというのであれば、それを手助けするのがサチの役目である。


「人は時に非論理的な行動をとるとユーレンお嬢様は仰っていました。それが人の心の発露であると。

 姉はそれを理解し、実行できていたのだと思います。そうでなければ、自爆までしてサチ、あなたを救う意味がありません。論理的に考えれば、あの場で姉は一旦『臓物』から逃れ、体勢を立て直してから討伐すべきでした」


 魔導人形であり感情を持たないムツミに悪気はないが、こうもはっきりと「お前はあの場で死ぬべきだったんだよ」と言われると、サチも言葉に詰まってしまった。


「姉は人の心を理解していただけでなく、心を持っていたのだと思います。魔導人形である姉がどうして人の心を得るに至ったのか。私も人とのふれあいの中で、それを見つけてみたいと思いました」

「そうなんだ――――ん、ちょっと待って?」サチは首を傾げた。「人とのふれあいの中っていうなら、何で夏休みにそれをやろうと思ったの? 寮にだって誰もいないのに」

「はい。誰もいないはずの夏休みに人と会話したいと願う。私も非論理的行動をとってみようかと思いまして」


 ムツミは真顔でそう答えた。

 自律魔導人形もジョークを言うのだろうか。そんな疑問がサチの脳裏をよぎった。


「ですがサチ・ホシノ。あなたが学院に残ってくれていて、本当に助かりました。私が知っている人間の中で、最も非論理的な思考パターンと行動パターンを持つあなたと共に時間を過ごせば、人間の非論理性について理解が深まるかもしれません」

「何それ⁉ わたしバカにされてないかなぁ⁉」

「そんなことはありません。理性や知性と対極の存在として、私はあなたに大いに興味関心を持っていますよ?」

「やっぱ褒められてる気がしないんだけど……」


 席を立ったムツミがサチの前に並んだ皿を片付けていく。

 それに続いてサチも席を立ち、皿洗いを手伝った。夏休みが明けるまで約1か月。ムツミは良い話し相手になりそうだとサチは思った。


次回更新分より、毎週水・土更新となります。

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