#5 魔王
クローディアは突如目の前に現れたその少女の名を叫ぶ。
「望月瓜花!」
「ボクの名前を気安く呼ぶなよ」
相変わらず背は低く制服はぶかぶかだが、琥珀色に鋭く輝く瞳は、クローディアとヴェルナが以前見た瓜花の姿とは少し違っている。
悪魔――――彼女の正体を知らなければ、空中に浮いた瓜花のことをクローディアはそう形容しただろう。
「サチはボクのものだ。おまえらには渡さない」
「何ですって?」
瓜花の放つ異様な殺気に、図書館の1階にいた生徒たちは散り散りになって逃げていく。クローディアも瓜花に恐怖を覚えたが、震える足でなんとか踏みとどまった。
「サチを返しなさい!」
「イヤだね。今からサチの目の前でキミたちを全部消すんだ。そうすればサチも未練なくボクのところに来てくれる」
「何言ってるんでしょうねあの子」ヴェルナが瓜花に聞こえないような小さな声で呟く。「頭おかしいんじゃないの?」
「ボクは正常だ」
「げ、聞こえてる!」
「どうしても返して欲しいならボクを倒してみなよ。返り討ちにして、全員消し炭にしてやる」
「瓜花ちゃん!」
サチは瓜花の手に縋ろうとしたが、瓜花は突然腕から魔法陣を6枚放出し、サチを閉じ込める立方体の檻を作って、空中に放り出してしまった。
魔法陣で作られた檻の中でもみくちゃにされながら、サチは空中を漂う。
「貴女がウワサの『妖精』さんか。いいとこに来たね。前から一度、会ってみたいって思ってたんだ」後ろからマハーレがクローディアに近づき、肩に手を置いた。「あの子をぶっ飛ばすんでしょ。手を貸すよ」
「ありがとう、マハーレ。心強いわ」
「『ラピス』のメンバーにも指示を出したよ。図書館の構造強化と生徒たちの避難誘導をやってもらってる。残念だけど、たぶんわたし以外のメンバーじゃお荷物になりそうだから」
「そんな即席チームがボクに敵うわけないだろ。来い、『魔王』っ!」
通ってきた異空間ゲートに瓜花が手を掲げると、そこから光を放つ一冊の本が飛んできて、瓜花の手にすぽっと収まった。
瓜花が抱えるほどの大きさで、カシウス紫色の表紙に黄金色の刺繍が施された、絢爛豪華な魔導書である。
ページを開けば、そこには手にしたものの知りたい情報が何でも記されている。学院図書館の核たる魔導書『魔王』の写本であり、この4年の図書館生活で瓜花が手にした魔奏器である。
「この『魔王』はおまえたちの全てを知っている。おまえたちがどんな人生を送り、どんな魔法を使うのか。素性から性格、癖まで全部だ。
クローディア・クランフィールド、ヴェルナ・ハンニネン、マハーレ・ハイヤーン。それに――――ん? なんだおまえ」
「ウチはトロイライト・カルミナリア・ベルーシュ! 竜剣士のライラや!」
「竜剣士? 何をバカなことを言ってるんだ。ここはゲームの世界じゃないんだぞ」
「馬鹿なこと言うとるんはおたくのほうじゃ。痛い目見んうちに、サッちゃん返しんしゃい」
ライラが『万物劈開』を背中から下して構える。その刀身に刻まれた解読不能の文字列に、瓜花は眉をひそめた。
「コスプレなら他所でやってくれ。ここはおまえたちが普段遊んでいるような訓練場じゃない。
ボクの魔奏は、当たれば死ぬぞっ!」
瓜花は大きく右腕を回し、大きな魔法陣を空中に描いた。逆五芒星の先端から5色の鉱石が生えた、クローディアも見た事の無い魔法陣だ。
「あんな魔法陣、見たことない」
後ろで、マハーレがクローディアと全く同じ感想を呟く。
「きっと瓜花が図書館の最上階層で発見した魔法なんだわ。私たちの知識や理解を超えた魔法よ」
「まあ、ステキ!」
どんな大技が来るかと身構えるクローディアだったが、その背後でマハーレは瓜花の描いた魔法陣に目を輝かせていた。こんな状況下でも、マハーレはやはり研究者気質の魔奏士であった。
「ヴェルナ、タイミングを合わせて同時攻撃よ」
「はい、先輩!」
「『疾き炎よ、走れ』!」「『疾き風よ、斬り裂け』!」
クローディアとヴェルナが同時に別の魔法を唱え、瓜花に攻撃を加える。
魔奏器の奏でる音をベースとする唯一無二の魔奏と異なり体系化、規格化された汎用の魔法は、相手が何を使ってくるのか分かっていれば反対呪文で容易に打ち消すことができる。しかし二人が同時に魔法を使うことで、相手に何の呪文を唱えたのかを聞き取りにくくし、また対処を困難にさせることができる。
その点で、クローディアとヴェルナは魔法の威力も放つタイミングも完璧に一致しており、息の合った理想的な連携攻撃であった。
しかし、二人の放った炎と風の魔法は瓜花の魔法陣にあっさりと吸収されてしまう。
「『火は土を生み、風は草木を育てる』」
瓜花の体が淡い光に包まれた。
瞼を閉じ、静かに唱える瓜花。クローディアたちの足元のタイルの隙間から、突然土が沸きだすように生じ始めた。あっという間に床を覆いつくした土は、一瞬のうちにコケに覆われ、次いでシダが生え、ものの数秒で生えてきた植物はトゲの生えた茨の蔦へと進化を遂げる。
クローディアたちはまるで意志を持ったかのように足に襲い掛かる茨の蔦を避けて、図書館の机におのおの飛び乗った。
「『木は燃えて火を生み、火は土に金を残す』」
床面をはい回っていた蔦に、瓜花の呪文に応えるようにして一瞬のうちに火がつく。世界の法則を玩ぶ瓜花のでたらめな魔法に慄く4人に、今度は蔦が燃え尽きた床面から現れた金属の針のようなものが襲い掛かる。
魚の群れのように一糸乱れぬ動きで飛び回る針の群れを避けながら、マハーレはいっそう興奮した様子で、空中に浮かびながら魔法を唱える瓜花を見上げていた。
「すごい! こっちの四元素の魔法を自らの操る五行思想に無理やり当てはめて、しかもそれを自在に操って反撃に使うなんて! あんな魔法思いもつかなかったわ!
あぁ! この世にはまだ、わたしの知らない世界が広がっているのね!」
「マハーレ! 感心してる場合じゃないでしょ!」
「『金は水を生む』」
つい先ほどまで針だったものが、突然水流へ変化する。
荒れ狂う水流はクローディアたちを取り囲むように渦を巻きはじめ、その範囲を狭めながら4人を追い詰めていく。
「水に触れないで。きっとただの水じゃないわ」
図書館の一階全体が、4人が背を向かい合わせて立つ場所を除いて洪水のように大量の水で満たされる。ごうごうと迫りくる見上げるほどの高さの水の壁に、4人は一歩、また一歩と安全地帯を狭められていった。
「そろそろ降参したらどうだ。そうしたら命だけは助けてやるよ」
両手をかざして洪水を操りながら、勝ち誇った表情で瓜花は4人を見下ろしていた。




