#4 嫌悪
「じゃああなたがついて来ればいいでしょ!」
クローディアは迷惑そうな周囲の視線に目もくれず、大きな声を出してマハーレに訴えた。
図書館の入館許可のスタンプは、遭難者が続出したことを機に発信機の機能も備えている。そのサチに押したスタンプは、サチが二十四階にいることを示していた。マハーレはそれを見て、生徒によるサチの救出は不可能と判断したのだ。
「クローディア、二十階より上に行って無事に帰ってきた人がいないのは知ってるでしょ。
この図書館の深部はね、ダンジョン遭難者捜索の専門家であっても、綿密な計画を立てて慎重に進まないと二次遭難するような危険な場所なんだよ。
たかが生徒一人のために、そこまでは出来ない」
「だったら私一人で行くわ。それなら万が一のことがあっても私だけ死ねばそれで済む」
「馬鹿なこと言っちゃダメ。貴女のそういうとこ、良くないよ。セナにも良く言われてたでしょ、自分の命を粗末に扱うのはやめろって」
「……じゃあどうしろっていうのよ! サチを見捨てろとでもいうの⁉」
「そうだよ。この件は学院にも報告は上げてある。きっと教員会か理事会から何かアクションがあるでしょ。学生のわたしたちが出る幕じゃない」
いーっ、とクローディアは歯をむき出しにしてマハーレに威嚇する。
だが、それ以上のことはクローディアには出来なかった。マハーレは図書館に入る人間に許可を与える権限を持っているが、彼女の許可で入った人間が遭難したとなれば彼女の管理責任も追及される。クローディアがどんなに凄んでみても、無策ではマハーレから図書館最深部への入館許可を得ることは絶対にできないのだ。
クローディアは自分の無力に対する憤りを、マハーレに八つ当たりするしかなかった。
「一応、まだスタンプの反応は生きてる。ホシノさんはまだ死んでない」
「生きてたって、二度と会えないんじゃ今生の別れと一緒だわ」
クローディアはマハーレの居るカウンターに背を向け、図書館の出口に向かって歩き出した。だが数歩進んだところで、急にうずくまってしまった。
「私、私は……!」
くずおれたクローディアにライラが肩を貸す。
サチを図書館へ連れ込んだのは、紛れもなくクローディア自身の選択であった。もちろん、図書館の中で何らかのトラブルに巻き込まれることを、クローディアが全く想定していなかったわけではない。しかし、サチの成長を間近で見てきたクローディアには、ある種の期待のようなもの――――何かが起こっても、それはサチの成長に繋がるだろうという甘い考えがあった。
こんなとき、セナならどうしていただろうか。クローディアは自問する。セナなら最初から危険を見越して、サチを図書館に連れて行ったりしなかったかもしれない。
いや、あのセナという女はどんなトラブルも困難も、笑って乗り切るような天才だったとクローディアは沸いて出た疑問を否定する。楽団のメンバーが図書館最深部に監禁されてしまっても、さも当然のように最深部まで殴り込み、あっさりとサチを救出して見せたであろうことは容易に想像がつく。
それを想像して、クローディアは余計に自己嫌悪に陥った。自分は弱い――――新生『NIGHT RAVEN』の年長者としてサチとライラを率いていながら、メンバーを危険に晒し、しかもそれを救いにいくことすらできないほど無力なのだ。
「サチ……」
「先輩、あたしも何かできることがないか、考えてみますから」
ヴェルナが励ますように声をかけるが、クローディアの耳には届かなかった。
「私は本当に、ダメな先輩だわ……サチを危険に晒して、助けにいくこともできない」
サチはクローディアの居場所を作ろうとしてくれていた。クローディアが犠牲にならない、普通の女の子として生活できる居場所を。
セナが道半ばにして完遂できなかったそれを、サチは引き継ごうとしてくれていた。だがそのためにサチが犠牲になるのでは、クローディアはその居場所をどう享受すればいいのか。
「私……あの子に何をしてあげればいいの……」
――――おまえは何もしなくていい
突然聞こえた声に、クローディアたち3人は驚いて天井を見上げた。
図書館1階ホールの十数メートルはあろうかという高い天井、そこに空いた異空間に続く穴から、ゆっくりと降下してくる人影が二つ。
「おまえたちがいるからいけないんだ」
逆立った灰青色の長い髪は、まるで白い炎のよう。
両手を広げ、ふわふわ浮かんで浮遊するその姿は、図書館の『妖精』、望月瓜花その人だ。その手には、空中でふらふら、バランスを崩して浮いているサチが繋がれている。




