#1 入館
リーゼロッテから対戦相手の情報が与えられた次の日、さっそくサチたちは図書館へと足を踏み入れていた。前回はクローディアとヴェルナの二人だけだったが、今日はそこにサチとライラの二人が加わった4人組である。
まだ通常の空間が広がっている閲覧室を突っ切り、4人がカウンターの前に立つ。カウンター内で椅子に腰かけていた女子生徒が、読んでいた本から顔を上げてクローディアを見上げた。
「あれ、クローディア。また来たんだ」
「マハーレ、上層階への入棟許可が欲しいんだけど」
「うふふ、だーめ♪」
そこにいたのはマハーレ・ハイヤーンその人であった。頭頂部からうなじまでをすっぽり覆うヒジャーブを被り、制服の上からもケープを羽織った色黒のマハーレはいたずらっぽく笑いながら、読んでいた本を傍らに置く。カウンターの下からケースを取り出すと、それを開いて中から判子を一つ取り出した。
「もしかして、わたしを倒す方法を探しにきたの?」
「そうよ」
「無駄だと思うけどなぁ」
手出して、といったマハーレの前にクローディアが手の甲を差し出す。マハーレはその手を取ると、クローディアの手の甲に10階までの入棟許可証となる判子を一押しした。魔法のインクで押されたスタンプは、遭難したときにその位置を外部に教えてくれる「命綱」になる。
「だめ」といいつつ許可を出すマハーレにサチは困惑した。どうやらマハーレは冗談が好きな人物のようだ。
「クローディアはまだしも、後ろの子たちは下級魔奏士試験にも合格してないでしょ。許可は10階までね」
「十分よ」
4人は次々に手を出してマハーレから判子を押してもらった。
「言っておくけど、10階までの蔵書にわたしの声楽を破る方法はないよ?」
「それは『傲慢』というものだわ、マハーレ。日々知識を蓄積するこの図書館の蔵書を、すべて知ることが不可能なのはあなたが一番良く知っているでしょう」
「そうだね。でももしあなたたちがわたしの声楽を打ち破る方法を10階より下で見つけられたのなら、それはそれで魔術研究の偉大な一歩足りうるものになる。期待してるね」
図書館の大階段を登り始めた4人を、マハーレはニコニコしながら手を振って見送っていた。
期待している――――マハーレの言葉はどこまでが冗談なのだろうかとサチは思った。
魔術研究をしている人間からすれば筋は通っているともとれるが、決闘相手にわざわざ塩を送るようなことをするだろうか。
サチたちに自分を倒す方法なんて見つけられるはずがない。それを確信して、マハーレはクローディアたちを送り出したのではないかとサチは思った。
◇ ◆ ◇
図書館の3階までを登るのはとても容易なことだ。
空間が歪んでいるとはいえ、あくまで蔵書を収める本棚を並べるためのスペースが広がっているだけで、塔の外観から想定するよりも移動距離が長いだけにすぎないからだ。実際、3階まではサチたち一行も図書館に入ったほかの生徒たちとすれ違うことも多かった。
少し前まではサチたち新生「NIGHT RAVEN」は後ろ指を指される存在だったが、「Leviathan」との決闘の後、彼女らを見る生徒の視線は少しずつ変化している。それまではヒソヒソと陰口を叩く生徒が多かったが、今ではすれ違う半数くらいの生徒は普通に挨拶を交わしている。
「あ、あのっ」
後ろから声を掛けられ、一行は振り向く。
緊張した声をかけてきたのは、制服の胸に一輪だけ咲いたスズランの刺繍が眩しい、1年生と思しき女子生徒3人組であった。
「あの、『NIGHT RAVEN』のみなさんですよね!」
「そうよ」クローディアが答える。
「わたしたち、ファンなんです!」
3人組の真ん中の少女は突然駆け寄ってきて、サチやヴェルナをスルーしライラに握手を求めて手を差し出した。
ライラがそれに応えると、1年生はきゃあと黄色い歓声を上げる。残りの2人も駆け寄り、ライラとだけ握手を交わした。
「あ、あのっ。次の決闘も頑張ってください! 応援してますっ!」
「あんがとねー」
「わぁっ」
ライラが笑いかけると、1年生たちはきゃあきゃあ言いながら本棚の森へと飛び込んで姿を消してしまった。
「ファンって、楽団のファンじゃなくてライラのファンなんだ……」
「まあ確かに、モテそうだよねライラ」サチのぼやきにヴェルナが答える。「顔はいいし背は高いし。異国から来た王子様?みたいな。頭おかしい子だって知らなかったら、あたしもファンになってたかも」
「ぼさっとしてないで。先を急ぐわよ、みんな」
立ち止まった一行にクローディアは発破をかける。
「今日は『妖精さん』に会いに行かなきゃいけないんだから。油を売ってる暇はないわ」
「流石先輩、落ち着いてるなあ」
「こういうのは慣れっこだわ。前の『NIGHT RAVEN』でも楽団そのものより、セナやルイスの個人ファンのほうが多かったもの」
平然としてすたすたとフロアを進んでいくクローディア。さすが先輩だという顔をサチたち3人はお互い見合って、彼女の後ろをついていった。




