#5 勧誘
「あー。それはウルカちゃんだねぇー」
クローディアとヴェルナが温室にテーブルを出してサチと3人で紅茶を啜っている最中に現れたのは、件の眠り薬をヘレナの代理で受け取りに来た、リーゼロッテ・カールスルーエであった。
図々しくも席につき、自分の分の茶を要求したリーゼロッテは、クローディアたちが遭遇した「妖精」の正体に心当たりがあるらしい。
「ウルカちゃん?」
「うん、そう。望月瓜花ちゃん。日本からの留学生だったんだけどねー」
狐目のリーゼロッテは、表情から感情を読むことができない。だが楽しそうな口調でティーカップを啜り、瓜花について語り始めた。
「入学したのは今から4年前、魔奏の才能があるって飛び級入学してね。今はたぶん12歳のはずだよ」
「12歳……」
クローディアは目撃した瓜花の姿を、12歳の少女のイメージに重ねる。背は低いほうだが、12歳と言われれば納得できる容姿だ。
「学校のほうも大きく期待してたんだけどねー。入学するなり図書館に籠りっきりになっちゃってさ。知ってるでしょ、ウチの学校の図書館がトンでもないダンジョンになってるってこと」
「この前、イヤというほど思い知らされましたよ」ヴェルナが答える。
「最初の半年くらいの間は、先生たちが連れ戻しに図書館に入ってたんだけどねー。春休みのある日、ついに瓜花ちゃんは二十階に入っちゃった」
「二十階⁉」
クローディアが突然大きな声を出したので、サチは驚いて体をビクッと震わせた。
「二十階って……最高到達記録でも十八階だって聞いていたけど?」
「うん、そう。先生の一人が瓜花ちゃんを見つけやすくするために、こっそり居場所を伝えてくれる使い魔を忍ばせてたんだよ。二十階は空間だけじゃなくて時間もメチャクチャだから、そこで使い魔は巻き戻された」
「『巻き戻された』ってどういう意味ですか?」サチが問う。
「ん、そのままの意味だよ。生まれる前の時間まで巻き戻って、存在が消滅しちゃったってこと。だからそれ以降、瓜花ちゃんの追跡は不可能になって、今はもう瓜花ちゃんは『消滅した』ってことになってる」
「そんな事件があったなんて、まったく記憶にないわ」
「あの時は学校が瓜花ちゃんの存在をもみ消したからねー」
「もみ消した……?」
困惑するサチの発言に、リーゼロッテはさも当然のことのように答える。
「そりゃそうでしょ。だってそんな子がいるって知ったら、お節介さん――――例えばセナ先輩とか、ああいう感じの人が絶対図書館に入るって言いだすでしょ。
二次遭難なんて、笑い話にもならないよ? だから記録を抹消したの。『そんな生徒はうちにはいませんよ』ってことにした」
「セナなら……たしかに言いだしそうではあるわね」
「そーゆーことー♪」
リーゼロッテが紅茶を啜る。
「あ、そうだ。今の話、ワタシから聞いたってことは誰にも言わないでね。キミたちのことだから、どうせ『助けに行こう』とか言って図書館に入りそうだし。そうなったら、ワタシが瓜花ちゃんのこと話したせいだって思われるもん」
「クローディアさん!」サチは立ち上がってクローディアに向かって身を乗り出す。
「サチ、まさか瓜花に会いに行こうとか言うんじゃないでしょうね?」
「え、なんでわかったんですか?」
「今リゼが言ってたでしょ。どうせ『助けに行こう』とか言うんでしょって」
「馬鹿な真似はやめたほうがいいよー」
クローディアとサチの会話にリーゼロッテが割り込む。
「瓜花ちゃんは二十階、ううん、たぶんきっとそれよりも上のフロアから、気まぐれに下まで降りてきて、図書館に入った生徒に接触してるんだと思うよ。瓜花ちゃんに会いに行きたいなら、ほぼ確実に二十階より上まで行くことになる」
「それのどこが馬鹿な真似なんですか?」
「なんで最高到達記録が十八階って言われてるのか、わかる?」リーゼロッテが諭すようにサチに語り掛ける。「現に瓜花ちゃんが二十階より上に行けてるのは分かってるのにさ」
「そういえば確かに……」
「それはねー。十八階から上に行って、ちゃんと戻ってこれた人がいないからなんだよ。
最上階の二十五階到達を目指して入って、時空間のゆがみで精神が壊れたりするのはまだいいほう、巻き戻されて消滅しちゃった人だって何人もいるんだから。キミ、まだ下級魔奏士ですらないんだし。何の対策も作戦もなしに上層階になんて入ったら、確実に死ぬよ?」
言葉を失ったサチ。それを余所に、リーゼロッテはテーブルの中央に盛り付けられたクッキーを一つ摘まんで頬張った。
「あ、これおいしい」
「勝手に食べないでもらえます?」ヴェルナがリーゼロッテに釘を刺す。「それ、師匠の焼いた最後のクッキーなんですけど」
「え、そんな貴重なものを……いいの、ヴェルナ」サチはおどおどした目でヴェルナを見た。
「サチと先輩はいいわよ。でもアンタはダメ」ヴェルナはリーゼロッテをじっとにらみつけている。「アンタたちのせいでこっちは酷い目にあったんだから」
「ひどいなぁー。紅茶は出してくれたのに」
「それ飲んだら帰ってくださいね」
「あれー? ワタシ歓迎されてないのかなー? 折角瓜花ちゃんのこと教えてあげたのにな。まーいっか。あ、そうそう、ついでだから死神先輩、これあげます」
「何よ」
リーゼロッテが胸ポケットから出した二つ折のカードをクローディアは恐る恐る受け取り、開いてその中を見た。
「ロアノール生徒評議会は次に記す楽団の決闘を承認する――――『NIGHT RAVEN』及び『Lapis:|philosophicus』……まさか!」
「そ。次の決闘相手ー♪」
「えぇっ!」
サチもヴェルナも、クローディアの手元を覗き込んだ。
「決闘は二週間後ね。だから他人の心配より自分の心配をしたほうがいいよー? それじゃねー♪」
紅茶をぐいっと飲み干し、リーゼロッテはへらへらと笑いながら席を立って温室を後にした。
残されたクローディアはカードをテーブルに投げだし、肘を突いて頭を抱えていた。ヴェルナが気を使って入れた紅茶のおかわりに礼を言いながら口をつける。
「まさか『ラピス』が次の相手とは……最悪だわ」
「どんな楽団なんですか?」
「普段は前線には出てこない、魔術研究専門の楽団よ。例の十八階まで登った魔奏士っていうのが『ラピス』のリーダー、マハーレ・ハイヤーンなの」
「確か、魔奏器を使わずに声楽で魔奏を使う人ですよね」ヴェルナが付け加える。
「そう。あんなのと戦ったらこっちはひとたまりもないわ……何か対策を考えないと」
「……じゃあ先輩、こんなのはどうですか? このキノコなんですけど」
ヴェルナは温室の棚からキノコの生えた原木を引っ張り出した。
そこからにょきにょきと生えている白い茎に橙色の笠。見るからに危ないキノコである。
「この胞子の抽出液を飲むと、1か月くらい声が出なくなるんですよ。これで声を封じれば……」
「「絶対ダメ!」」
クローディアとサチの声が重なる。
「それはダメだよヴェルナ!」
「そうよ! いくら何でもそんな卑怯な真似はできないわ!」
「じゃあどうします? 図書館に行って何か対策になりそうなものでも探しますか?」
「図書館は『ラピス』の庭みたいなものよ。そこにある情報なんてマハーレは全部知り尽くして…………。あっ」
クローディアは何かを思いついたように動きを止めた。
「あるわ! マハーレが絶対知らない、魔法についての知識! そして、それを持っている子に助力を頼めれば……!」
「誰ですか?」
「『妖精さん』よ!」
マハーレ・ハイヤーンが到達していない、図書館の二十階以上のフロアに関する情報を持つ瓜花。彼女の知識は、今クローディアたちが考えうる中で、最も有効なマハーレ対策となりうるものだ。




