#3 探索
サチとライラがアレクシアを訪ねているころ、クローディアはヴェルナとともに学院の図書館を調べていた。
ロアノールにそびえる4つの塔のうち、一つを丸々占拠する図書館は、無限の蔵書が無限に拡張された室内に収められている。
入口を入って一階のフロアは通常の空間であるが、二階から上は上層に行くほど空間が大きく捻じ曲げられており、外観から想像するよりずっと広い空間になっている。建物全体が、時空間操作の魔法によってつくられたダンジョンのようになっているのだ。
作られた当初は二十五階建てだった図書館は、時代を経るごとに収蔵する知識の量も増え、その広さも加速度的に増大している。ロアノールの学び舎が出来て100年あまりが過ぎた現在、教職員ですら、十五階以上へは誰も到達できていないという。
そんな危険な場所なので、五階より上のフロアに進入するには上級魔奏士の資格と、特別な許可が必要だ。まだ三年生の、下級試験をパスできていない見習い魔奏士でしかないヴェルナは、上級魔奏士の資格を持つクローディアの付き添いなしには六階に入ることができなかったのである。
「先輩、知ってます? この図書館のウワサ」
「ごめんなさいね、私あなたと違って友達いないから。そういうの鈍いの」
片手にランタン、片手には半歩後ろを歩くヴェルナの手を握り、クローディアは板張りの床を慎重に進む。ヴェルナが探しているという眠り薬の調合に関する本は七階にあるというが、かれこれ1時間ほど二人は六階を彷徨っている。
空間の捻じ曲げられた図書館の中は、まっすぐ歩いても壁に当たることがない。よって「左手で壁を触りながら」などという、世間の常識的な迷路攻略法は無意味である。
目印をつけようにも本棚にはすべて、蔵書の劣化を防ぐための時間逆行の魔法がかけられていて、傷をつけても数秒で「なかったこと」にされてしまう。注意深く魔力の流れを観察していないと、同じところを延々と歩かされる羽目になるのだ。
「『妖精』が出るらしいんですよ」
「妖精?」
「はい。この図書館で迷った人の前に突然現れて、その妖精さんに欲しい本のことを話すと、そこまで一本道で連れて行ってくれるそうなんです」
「妖精、ねぇ」
「あ、先輩。その顔は信じてないですね?」
「当たり前でしょう。その妖精さんとやらは、この図書館の中を知り尽くしているっていうのかしら? そんなことはあり得ないわ」
「どうしてですか?」
「ヴェルナ、どうしてこの図書館がこんなダンジョンみたいになってるのか、あなた知ってる?」
「いえ?」
「この図書館はね、古今東西のあらゆる魔法に関する情報が自動的にアーカイブされているのよ。書籍や論文、果ては山奥に隠れ住む魔法使いの極秘研究ノートに至るまで、『紙』に記された魔法に関する最新研究のすべてが、本にされてここに蒐集されているの」
「わあ。そんな魔法みたいなことが本当にあるんですね」
「魔法なのよ。今でも現在進行形で、本が増えるたびに図書館内の構造も配置も変化してる。だからその『全て』を知り尽くすなんて、どんな存在にも不可能よ」
ようやくクローディアは記憶を頼りに一つの棚にたどり着く。そこにある蔵書の一つ『生命、宇宙、そして万物についての究極の疑問』を棚から引き出した。
全42ページからなるこの珍妙な本の最終ページには、7階に通じるための梯子が描かれている。しかしそれを現実世界に顕現するには、その前に書かれた41の質問に順番に答えなければならないという、嫌がらせのような本である。
クローディアがゆっくりと表紙を開くと、第一ページには焚火を囲んで輪を作り、ダンスをする人影が描かれていた。その横には、汚い文字で『究極の疑問』の一つが書き込まれている。
「ええと、『第1の疑問 人はどこから来て、どこへいくのか』?」本を覗き込むヴェルナは首を傾げた。「先輩、なんですかこれ」
「答えは『42』よ」
「『42』?」
クローディアが答えると、ページが勝手に捲れ次の疑問が現れる。
今度は人型が二人向かい合い、頭上に「?」を浮かべている絵である。
「『第2の疑問 解答不可能な問題は量子幾何学的に変形可能か』……?」
「答えは『42』よ」
「また『42』ですか?」
その後も次々と疑問が提示されるが、クローディアはその全てに『42』と回答し、最後のページをめくり梯子を顕現させた。
「さ、行きましょ」
「あの、先輩。『42』って何なんです?」
「魔法よ」
「魔法?」
「『理解するよりまず、受け入れろ』ってこと」
ひょいひょいと梯子を登るクローディア。ヴェルナは先ほどのページに描かれた挿絵のごとく、頭上に「?」を浮かべながらクローディアに続いて梯子を登って行った。
7階のフロアは6階以上に奇妙な光景が広がっていた。
書庫はぐにゃぐにゃと曲がった奇妙な形状をしていて、床だけでなく壁や天井にまで続いている。
見ているだけで頭がおかしくなりそうな、三次元空間にキュビズム的解釈を加えた世界である。6階までは空間の繋がりがおかしいだけで見た目には普通の書庫そのものであったために、あまりのギャップに眩暈がしてヴェルナは額に手を当てた。
「ここに長くいると頭がヘンになるわ。早く目的の本を探しましょ」
「先輩、あたしはもうすでに頭がおかしくなりそうですけど」
クローディアとヴェルナは7階の書庫に向かって一歩踏み出した。大海に漕ぎ出す冒険者、とでも形容すべきか、二人は未開の魔導書の荒波へと飛び込んでいく――――




