#1 病室
「ゾーエ……私の姉は、ロアノールの生徒だったの。楽団に入って、魔奏士として戦ってた」
保健室のベッドの中、見舞いに訪れたサチとライラに向かってアレクシアはつぶやいた。
決闘で受けたダメージは命に関わるものではなかった。みな試合の後1日と経たずに快復したが、サチの斬撃を受けたアレクシアだけは、斬られた下半身にまだ麻痺が残っている。それも一週間のうちに治ると校医のシェーヴォラは太鼓判を押したが、サチはいたたまれず見舞いに訪れている。
「私の自慢の姉よ」
「どんな方だったんですか?」
「どんなときも明るく、楽しく……ゾーエの魔奏は、いつだって私たちに元気と勇気をくれた。間違いなく、特別な才能を持った人間だったわ」
「それとこれと、どんな関係がある言うん?」
ライラの急かすような口調に、サチは裾を引っ張って窘める。
彼女を連れてきたのはサチにとって失敗だったと言わざるを得ない。サチが保健室に向かう途中、廊下でばったり出くわし、勝手にサチについてきたライラは、あまりアレクシアを労わるような態度を取らない。
病人の前でなんてデリカシーのないやつだ、とサチは思ったが、アレクシアはライラを見てなぜか笑っていた。
「ゾーエは、私たちを庇って死んだの」
「えっ……」
「もう3年も前の話よ。私の一家はパトラに住んでたのだけど、そこに『目』が出現してね」
『目』。つまりは『魔女の臓物』である。
「『目』の能力は強力な光によってすべてを焼き尽くす破壊光線。私たち一家はゾーエの魔奏器が放った波動のバリアで護られた。でもゾーエ自身は……。
バリアを張るのに力を使いすぎて、『目』の破壊光線をその身に直接浴びてしまったの」
アレクシアの言葉に、さすがのライラも言葉を失っていた。
当時はまだロアノールに通う3年生だったというアレクシア。当時魔奏器も満足に扱えなかったアレクシアには、姉を救うことはできなかった。
サチはアレクシアに自分を重ねていた。目の前で死んだ大切な人。それを守る力を持たず、唇を噛んだ痛みは、サチもよく知っている。
「だから私たちは負けるわけにはいかなかった。ゾーエが命を懸けて繋いでくれた私たちの命……ただ生きているだけじゃダメなのよ。それじゃゾーエの死は無駄になってしまう。私たちはゾーエの死を無駄にしないために、ゾーエの遺志に報いるために、どうしても勝たなきゃいけなかったの。
名を上げて、ゾーエの守った命が、大きな価値を持ったものだったと証明しなくちゃ。それなのに――――」
アレクシアの目尻から涙がこぼれる。
サチは何も言えなくなってしまった。アレクシアの気持ちが、心に突き刺さるほど分かったからだ。サチが『剣の舞』を握っているのはセナの死に報いるためでもある。アレクシアにも負けられない理由があった。サチはそれを下してしまった。
自分のしたことを悔いるようにうつむいたサチの前を、ライラは身を乗り出して通り過ぎ、アレクシアに顔を近づけた。
「そんなん、泣くほどのことけ?」
「ちょっと、ライラ……」
「生きとるだけでええやろ。ゾーエさんがどんな人か知らんけども、おねーさんがそげんなことにこだわること、望んでないと思うよ?」
「ライラ!」
サチは止めようとしたが、ライラのほうが体格は大きく、引っ張ってもびくともしない。サチの力では、ライラは抑えられそうになかった。
「お母ちゃんいつも言ってた。お母ちゃんを助けるために死んだ大切な人のこと。自分が逆の立場だったら、きっと同じことをしたって。それは価値があるとか、意味があるとかじゃない……ただ、大好きで、生きてて欲しかったからだって」
アレクシアが怒るのではとサチは思ったが、意外にも彼女は黙ったまま、ライラをまっすぐ見つめて黙って話を聞いていた。
「きっと、ゾーエさんが望んでたのは、おねーさんが幸せに生きることやと思うよ。小さくても、つつましくても。ただ生きて、幸せになってほしいだけ……価値があるとか、意味があるとか、そげなこと考えとらんかったとウチは思うんよ」
「ちょっとライラ!」
サチが肩を掴んで引っ張ると、ライラはようやくアレクシアから離れた。
「ライラ、失礼だよ。ゾーエさんがどんな人か全然知らないのに」
「大丈夫よ、ホシノさん。ライラ……さん。私がホシノさんにとどめを刺そうとしたとき、あなたは割り込んできたわよね。あの時……ちょっと思い出しちゃったのよ、ゾーエのこと」
サチが引っ張っていたライラが戻る。
「あなたも同じなのかしら? あなたもその子が好きだから、あの時庇ったの?」
「そうやよ」
「えっ」ライラがあまりにさらりと言ったので、サチも驚いて言葉を失った。
「ウチは信念を、正義を曲げない、強い心を持った人が好きなんよ。だからウチはサッちゃんに味方するゆうこと決めた。強い心を持った人の味方をする。挫かれそうな正義を守る。それがウチの、熾竜の剣士の信念なんよ」
「心……はは、そうだよね」
ライラの好意はただの友人としてのものである。サチにはそれが安心できるような、少し残念なような、不思議な感じがした。
「……ゾーエは、何を思って死んだんでしょうね」
アレクシアは、サチたちから顔をそむけた。
ストゥーリ四姉妹の長姉、ゾーエはもうこの世にはいない。彼女が何を思い、何を感じて死んでいったのか、生きているアレクシアには今更窺い知ることはできない。
「どーでもええやん、そんなこと」
「……ハッキリ言うのね」
「死んだ人間は幸せなんて感じんよ。死んだ人間を幸せにしようとして何の意味があるん? そげんなことより、生きているおねーさんが幸せにならんとあかんでしょ。
お母ちゃんよく言ってた。『昨日泣いたら、今日は笑うのよ』って。いつまでもゾーエさんのことで泣いてないで、おねーさんはちゃんと笑ったほうがええと思うよ」
「ダメよ。ゾーエを放っておいて私だけ幸せになるなんて……。そんなことしたら、ゾーエのことを思い出す人がいなくなってしまう。
ゾーエの存在が、本当にこの世から消えてしまう」
「そんなことない。今日ウチがおねーさんから聞いたけ。おねーさんが笑っとる間は、ウチがゾーエさんのこと忘れずに思い出しといたげる」
「ライラさん……」
アレクシアが潤んだ瞳でライラを見つめている。
布団をかぶって顔の半分まで隠し、目だけ出しているアレクシア。今の彼女は、ライラに見せられないほど緩んだ、紅潮した顔をしている。
「でも私、もうどうやって笑えばいいのか分からないわ。ゾーエがいなくなってから、心から笑顔になったことがないの。
ライラさん、あなたが私を笑顔にしてくれる?」
「ええよ」
ライラがニコニコと笑いながらあっさり答える。
頭まですっぽり布団をかぶって隠れてしまったアレクシアに「また来ます」と言い、サチとライラは保健室を後にした。
「ライラも隅に置けないねぇ」
保健室の扉を閉め、二人で廊下に出たところでサチはライラの脇腹を小突いた。
「何が? 隅? 何を置くん?」
「付き合うの、アレクシアさんと。というか残らなくて良かったの?」
「付き合う? って何のことけ? 残るかって、別にウチからおねーさんに話すことなんか、なんもないけど」
「いやいや。恥ずかしがらなくても秘密にしといてあげるから」
「秘密? 何を?」
「え、ウソだよね? ライラ、アレクシアさんのこと好きじゃないの?」
「好きやよ? だってあの人も信念を持ってウチらと戦ってたことが分かったし。サッちゃんより先におねーさんに会ってたら、あっちに味方してたかも」
ライラの言う『好き』は愛情ではなく、親愛に近い感情だ。サチはそれをついさっき思い知らされたばかりであることを思い出すと、アレクシアが可哀そうに思えてくる。
彼女がどれだけライラに想いを寄せようと、ライラがそれに答えてくれる可能性はとても低い。
「いや、そういう好きじゃなくて……っていうか、え? ライラ真面目に言ってる?」
「ウチはいつだって真面目や」
「えぇ……引くわー」
「なんでぇー⁉」
サチはライラに「軽々しく『好き』とか言わないほうがいいよ」と言い含める。
一々「なんで?」と聞いてくるライラに辟易していたところで、二人に後ろから声をかけてくるものがいた。
「ちょっとすみません」
振り返った二人の前にいたのはムツミであった。




