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NIGHTMARE RAVENS  作者: 96500C/mol
Chapter 3. 竜剣士 -Cleave Them ALL-
16/34

#5 挺身

 サチは目を見開いた。


 夕焼けの空が見える。青紫色の和紙に橙色を撒いたような、淡い色の空だ。

 轟く雷雲のようにところどころ稲妻が走って見えているのは、それが偽りの空――――バーチャルリアリティの空である証。だが、演算投影する処理が追い付いていないようだ。


 仮想空間が解けていない。つまり、決闘はまだ終わっていない。

 サチが上半身を起こすと、デッキの上には死屍累々、皆気絶して倒れている中に、震える足でなんとか立ち上がろうと踏ん張っている者がいた。


 アレクシアだ。

 ライラの『天地払暁斬』を受けてなお、アレクシアは立っていた。


「この戦い、負けるわけには……!」


 ところどころが破損し、ボロボロになった『海の交響曲』。それを杖代わりにし、アレクシアは立ち上がった。

 のそのそと、今にも倒れこみそうな足取りでアレクシアはサチに向かって近づいてくる。途中で気絶したままの末妹、ドロテアのトランペットを拾い上げ、アレクシアはその先端に刃を生成した。

 サチはそこから逃れようと体を動かそうとしたが、上半身を少し起こすので精一杯だった。先ほどまで何の問題もなく動いていた体は、まるで抜けた魂から操り人形を動かすかのように感覚が遠く、自分の思い通りにはなりそうもない。


「ホシノさん。あなたに恨みはないけれど――」


 アレクシアがサチの傍らに立った。


「――この勝負、私たちの勝ちよ」


 アレクシアが握った魔奏器を振り下ろす。

 ここで魔奏器を刺されても死にはしない。頭で分かっていても、体で分かっているわけではない。

 あの水の刃を突き刺される。サチは思わずぎゅっと目を瞑った。


 ざくっ。


 魔奏器の刃が突き刺さる。だが、その刃が貫いたのはサチではなかった。


「ライ、ラ……?」


 サチに覆いかぶさるように、ライラがアレクシアに背中を向けている。その左胸からは、魔奏器の刃が貫通していた。

 この部屋の中では、魔奏で作られた刃は魔力密度が調節されるので人体に刺さらない。ゆえに、本当にライラの体を刃が貫通しているわけではない。

 だが、その痛みまでが消え去るわけではない。致死性のダメージを受ければ、肉体は無事でも魂には深い傷を負うこととなる。


「ライラ!」


 ライラが倒れる。すでにライラは意識を失っていた。

 サチは強張りながらも少しだけ動く体で、ライラの肩に手を回し、昏睡状態のライラをその場に仰向けに寝かせた。


 どうして――――サチは倒れたライラに問いかけるが、返事はない。

 ライラの『天地払暁斬』は魔力を大幅に消耗する。ここ数日の鍛錬で少しは調節が効くようになったとはいえ、大技を放った後のライラはいつも動くだけで精一杯だった。

 そのライラが、動けないサチを庇ったのだ。消耗しきっていたはずのライラが、碌に役にも立たなかったサチを守ろうとした。


「また……まただ……!」


 自分を守るために、誰かが代わりに傷つくのを目の前で見るのは、サチにとってこれで二度目だ。

 一回目はセナたち。二回目はライラ。どちらも、自分よりもずっと強くて、ずっと「価値のある」人間が、サチを救おうとその身を投げ出す。

 それを目前にして、サチは自らの無力を呪うしかなかった。自分がもっと強かったら。もっと魔奏器を扱えていたら。ライラがこれほどまでに消耗し、庇ってもらうまでもなかったのに。


「……だから、わたしは……!」


 サチは魔奏器を強く握り直す。

 もう戦う力など残っていないと思っていた。ライラの一撃で一網打尽にする作戦をしくじった時点で、ほぼ負けは決まっていた――――サチは心のどこかで、このまま負けてもいいのではないかと思っていたのだ。

 しかし。


「みんなが繋いでくれた……わたしを、今、ここに!」


 強張る体で、サチは無理やりに立ち上がる。

 意識もはっきりとしてきている。全身が筋肉痛になったような痛みがあったが、サチは構うものかと奮起した。

 ライラが身を挺して守ってくれた。ならば、その意志に報いることがサチに唯一できることである。


「ライラ。あなたにとってその子は、そうまでしても守りたい相手だったのね」

「セナさんの魔奏器は、絶対に渡しません……!」


 サチはライラを跨ぐと『剣の舞』の切っ先を木のデッキに突き刺し、それを握りしめた。

 対するアレクシアも魔奏器を構えている。トランペットは捨て、杖代わりにしていたトロンボーンから巨大な水剣を生成し、その切っ先をサチに向けている。

 これが最後の一撃になる。言葉はなくとも、サチもアレクシアも同じことを考えていた。


「覚悟ッ!」

「うおおおおっ!」


 床を強く蹴り、水剣を握って突撃してくるアレクシア。サチは床に突き刺した『剣の舞』を、少しだけ前へ押し出した。

 キュルル、と魔奏が響く。

 斬りつけることで魔奏を発動する――――それが『剣の舞』という魔奏器だ。

 サチはその音階に乗り、一歩、また一歩と前へ踏み出した。加速の魔奏でサチの体も意識も高速化し、1秒も立たないうちにサチの動きは人間の知覚できる限界を超える。


 すっ、と音もなくサチはアレクシアの背後に移動する。

 だがその瞬間にはもう、サチは刃を振りぬいていた。サチの纏っていた空気が、強風になって遊覧船の甲板を吹き抜けていく。


 アレクシアの体を貫くように、一条の光が走る。

 人間の知覚の限界を超えた速度で放った、サチの斬撃が彼女の体を斬り裂いたのだ。


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