#2 劈開
「どっせーいっ!」
「えぇ……」
訓練施設の中、サチは大剣を振るうライラの姿を後ろから見ていた。
再現された遊覧船から放つライラの一薙ぎ。その剣圧は湖をも割る。
それを見たサチの感想は、ただ「もうあいつ一人でいいんじゃないかな」というだけであった。3年生でこれでは上級生の面子も丸つぶれである。ライラが楽団の体験入隊で「もう来るな」と言われた理由も、サチはなんとなく分かる気がした。
ライラの魔奏器「万物劈開」は刃渡り1.5メートルほどのツーハンデッドソードで、両刃の刀身が中央から2つに割れている変わった形状だ。近くで良く見てみれば、刀身の部分には何やら解読不能の文字のような模様が彫られている。模様についてサチが問うと、ライラはそれを「竜の詞」であると答えた。
「お母ちゃんな、ドラゴンやってん」
「どら……?」
「ドラゴン。ワニみたいな顔でな、角がにょろってしてて、翼が生えてて、火を吐いて……」
「う、うん。知ってる。それは知ってる」
サチが分からないのはドラゴンの姿形ではない。この世にドラゴンが実在しているという事実が分からないのである。
「ライラ。模擬戦やってみない?」クローディアが会話に割り込んだ。「貴女の実戦での動きも見てみたいし」
「ええよ。誰とやるんけ?」
「私とサチで組んで貴女と戦うっていうのはどうかしら」
「えぇーっ!」
勝手に対戦を組もうとするクローディアにサチは反発した。
「何言ってるんですかクローディアさん! あんなの食らったら死んじゃいますって!」
「大丈夫よ。シミュレータの中なら死にはしないわ」
「見たでしょう、この子湖割りましたよ⁉ いくらシミュレータでもあんなの怪我じゃ済まないですって!」
「うーん、加減したつもりやったんけどなぁ」
「加減⁉ あれで⁉」
「いいえ、ライラ。模擬戦では加減しちゃダメよ。このシミュレータの中じゃ何も壊す心配はないし、人を傷つける心配もない。全力で、本気でやりなさい」
「え、ええの? 本気でやってええの⁉
わーい、やったー!」
空に向かって両手を突き上げ、鼻歌を歌いながら準備体操を始めるライラ。その耳に届かないように、サチはライラに背を向け、クローディアにひそひそと話しかけた。
「正気ですかクローディアさん、本気でやれって。部屋壊れたりしません?」
「これはあの子の訓練でもあり、貴女のための訓練でもあるのよ。今のライラには弱点があるわ。それを今日のうちに明らかにして、決闘の日までに対策を練っておきたいの」
「弱点?」
クローディアとの秘密会議を中断し、サチはライラに振り返る。
海を斬り裂く剣圧を放つライラのどこに弱点があるというのだろうか。そもそも推定重量50キロは超える「万物劈開」を軽々振るっているだけで、凄まじい筋力である。サチが試しに持たせてもらったときは、重すぎて持ち上げることすらできなかった。その事実だけで、ライラの体幹の強さが人並み外れているのが分かる。
「あんな怪獣のどこに弱点があるんですか」サチが秘密会議に戻る。「無敵じゃないですかあんなの」
「それを自分の目で見極められるようになるのが貴女の訓練よ。相手を観察して、その弱点を見抜き、それを的確に攻撃する。それが楽団の司令塔の仕事」
「司令塔? わたしがですか?」
「そうよ。セナもそうだったし」
「そういうのはクローディアさんがやられたほうがいいんじゃ……」
「実戦だったら、万が一の時に私は死んでいるかもしれない。私がいないと統制が取れなくなるようではダメ。だから貴女がそれをやるの」
弱音を吐くサチを、クローディアは厳しく突き放す。
えーと不満を漏らしつつも、サチはクローディアに反論できなかった。サチはセナの遺志を継ぎ、クローディアが『葬送曲』の能力を使わなくてもいい楽団を作ると約束した。だがもし万が一楽団のメンバーに死の危険があれば、クローディアは何を置いてでも庇おうとするだろう。
もしそうなった場合に、統制が取れなくなってしまえば。何度もクローディアが繰り返してきた楽団の全滅を、今度はサチたちが演じることになる。
「よっしゃー! じゃあサッちゃんクロちゃん、そろそろ準備ええかー?」
「ダメです」「いつでもいいわよ」サチとクローディアが同時に別々のことを答える。
「それじゃあ行くでえー」
「無視かよ!」
『万物劈開』を正眼に構えるライラ。目を閉じ、口を開いたライラが、言語とも唸り声とも取れない何らかの音を発すると、その体と『万物劈開』が淡く白い光を帯び始める。
よく観察しなくてもサチには分かった。ライラが放とうとしている「何か」を現実世界で受ければ、ただの怪我では絶対に済まない。
「やばい、やばいやばいやばいやばいっ!」
「どっせーいッ!」
頭上に掲げられたライラの剣が振り下ろされる。反射的に、サチは右へ、クローディアは左へ跳び退いた。ライラのいる場所からさっきまで二人で立っていた場所まで巨大な光の柱が立ち、木製デッキの床が粉々になって吹き上げられる。
転がって何とか体勢を戻すサチ。その間に、ライラは次の一撃の準備を始めている。あの咆哮にも似た謎の声。サチはそれが、おそらく何らかの、サチの知らない言語で編み出された詠唱なのだろうと判断した。
「『疾き炎よ、走れ』!」
クローディアが盾にした『葬送曲』に隠れながら火の魔法を撃つ。
しかしクローディアの放った火球を、ライラは容易く剣で切り払って捌いてしまった。しかも、目を瞑ったままである。
「クロちゃん、覚悟おおっ!」
ライラが2撃目を放つ。デッキを粉砕する衝撃波をクローディアは『葬送曲』を盾代わりに防いだが、盾ごと船の上から吹っ飛ばされ、湖面へと落ちて行く。
「いまだ!」サチは『剣の舞』を構え、ライラに向かって駆け出す。
「クローディアさんの作ってくれたチャンス、無駄にはしない!」
ライラの攻撃が詠唱を必要とするものであるならば、大技を撃った後が隙になる。それならばチャージが終了するより前に仕掛ければいいはずだ――――それがサチの考えである。
「せいッ」
カキンとサチの刀とライラの剣がかち合う。ライラは防御を優先したらしい。余裕の表情ではあるが、詠唱はまだ始めていない。
「サッちゃん、まだその武器に慣れとらんよーやね」
「……!」
「ウチには分かるよ。研ぎ澄まされた刃……どう見ても一級品の業物。でも使ってるサッちゃんは二流どころか三流の腕」
「言ってくれるじゃん……!」
ギリギリと、擦れる刃同士でサチは音を奏でる。
魔奏器の全力をいまだに引き出せていないサチが、唯一使える『剣の舞』の能力。自身の動きを加速する風の魔奏だ。
「どんなに! 強くても! 隙を与えなければっ!」
魔奏器同士をかち合わせ、魔奏の重ね掛けでどんどんと加速していくサチ。その高速の斬撃にライラは防戦一方だ。
「やるね、サッちゃん……! ならこっちも、全力全開で行こうかね!」
相変わらず防戦一方のライラ。しかし、必要最小限の動きでサチの斬撃を防ぎながら、ライラは詠唱を始めた。
それが何の言語かは分からないが、先ほどの衝撃波の詠唱とは異なるものであることはサチにもすぐに分かった。ライラの体を包む光の色も、先ほどの白から琥珀色へと変化していく。
このままでは至近距離でライラの攻撃を受けてしまう。サチは一旦後ろへ跳び距離を取る。
「これは加減ができんから、お母ちゃんに人に対しては絶対に使うな言われてっけど……クロちゃんは『全力でやれ』言うてたし!」
「ちょっと⁉ それもしかして、本当に使ったらダメなやつじゃないの⁉」
「天乱濠波っ!『天地払暁斬』ッ!」
『万物劈開』を横薙ぎに振るうライラ。その切っ先からまっすぐ伸びた光が、サチの視界を白く覆いつくす。
世界が、切り裂かれる。
万物を劈開する魔奏器の放つ光が、天と地を、夜と朝をその境目から分断したのだ。
光の中で、サチは意識と無意識を切り離されてしまった。
白い闇に、サチの意識は沈んでいく。元いた世界が水面に映る空のように揺れて、遠くなっていく。
シミュレーションで作られた世界が溶けていき、それが光になって消えていく――――
「……一旦休憩にしましょう」
クローディアの声で、サチは意識を取り戻した。
サチは機能停止した訓練施設の中に仰向けで倒れていた。強張る体を起こしてみる。出血はないようだが、全身がバネで押さえつけられているかのようだとサチは感じた。
目の前にはライラがうつ伏せに倒れている。クローディアが近づき脇から手を入れて持ち上げると、ライラはすやすやと寝息を立てていた。
これは加減ができない――――サチはライラの言っていた言葉を思い出す。どうやらライラは、全力を使い果たし疲れて眠ってしまったらしい。




