#1 竜剣士
夕陽の差す湖上の遊覧船、木製のデッキの上を、サチは走る。
下段に構えた『剣の舞』。目前に迫る三体の『血球』。
上段から振り下ろすのは威力こそ大きいものの隙も大きくなる。極力横薙ぎに、一閃一閃の「流れ」を意識して攻撃を繋ぐ。
「てぇえいっ!」
左側から迫ってきた『血球』を、サチはすれ違いざまに斬り裂いた。
刃から柄へ、斬った感触が伝わってくる。そのブルブルした粗雑な振動は、かつてサチが目にした、セナの流麗な太刀筋とは似て非なるものだ。
「……っ!」
右から来た次の『血球』を返す刀で斬るサチ。今度はさっきよりも柄を握る両手に力が入っている。
震えは小さくなり、ブルブルした振動は魔奏の音色へと変化した。
サチの肌を、魔奏の光が駆け抜ける。何度経験しても、肌を走査するゾワゾワする波動は、サチにとっては中々慣れない感覚だった。
「いい感じよ」後ろからクローディアが助言する。
「やぁっ!」
最後の一体は上段からの縦斬りである。『血球』の赤黒い柔らかな表皮が弾け、内容物が蒸気となって消えていく。
敵を討伐し終え、サチが振り返るとクローディアがゆるやかに拍手をしながら近づいてきた。退院して1週間、身体機能は万全に回復し、もう杖も必要なくなっている。
「素晴らしい上達ね、サチ」
「はいっ! きっと先生がいいんです、クローディアさんだから!」
「でもまだまだ足りないわ。あと一週間で、その『剣の舞』を使いこなして見せなさい」
「はい! それじゃあもう一回、お願いします!」
サチは最初の位置へと歩いて戻る。再度魔奏器を構えると、空中に光の粒が凝集してデッキにまた3体の『血球』が出現した。
ここは聖ロアノール音楽学院内にある訓練施設だ。体育館ほどの広さの部屋そのものが魔奏器の一種であり、内部にはシミュレーテッド・リアリティ空間が作られている。純粋な魔力をモノの形に成型して動かすことで、様々な地形や状況、敵を想定した訓練が可能だ。
サチとクローディアにとってのトラウマでありオリジン、あの『魔女の胃』と遭遇した遊覧船での状況を再現したこの空間で、サチはセナから受け継いだ日本刀型魔奏器『剣の舞』の習熟訓練を行っている。
最初のうちは刀を振るうだけでも精一杯だったサチだが、たった5日、放課後の限られた時間での修練だけでも魔奏をある程度発動できるようになってきている。クローディアはサチの異常な速度での上達を「セナと魔力融合したことで、その経験の一部がサチにも与えられたのではないか」と分析した。
なぜサチとクローディアが魔奏器の習熟を急いでいるのか。その理由は今から5日前にある。
セナの使っていた魔奏器『剣の舞』。それを受け継いだのは3年生の、しかも下級魔奏士試験すら合格していない劣等生だった。そのニュースは瞬く間に学校内を駆け巡り、セナの死を悼む生徒や、またセナを一方的にライバル扱いしていた生徒の大きな反感を買った。
一夜にして皆から一顧だにされない劣等生から、学校全体のお尋ねものとなったサチ。生徒会は校内での荒事を避けるため、楽団同士の「決闘」の許可を出すことにした。
『剣の舞』を求める楽団が「NIGHT RAVEN」へ決闘を申し込み、それに勝てばサチから合法的に魔奏器を奪えるというルールである。最初の決闘の相手は水の魔奏を得意とするカルテット楽団「Leviathan」だ。
◇ ◆ ◇
「とはいえ」
訓練を終え、夕食をとるサチとクローディア。トレーに載せられたポテトサラダをつつきながら、クローディアは向かい合って座るサチに語りかけた。
「私たち2人では戦力としては心許ないのは事実よ。協力してくれる人がいればいいのだけれど」
「無理ですよそんなの……」
2人が夕食を摂っている食堂は、本来ロアノールの全校生徒が集えるほどの広さがある。だが、サチとクローディアの周囲5メートルはぽっかり穴が開いたように誰も座っていない。
サチを敵視している生徒、あるいは敵視している生徒に目を付けられたくない生徒、理由は様々だが、サチは皆から避けられているのだ。
「ヴェルナにも協力はできないって言われちゃいました。『怪我によく効く薬草を準備しておくから、存分に負けてきなさい』って……」
「私の伝手も全滅ね。みんな『Leviathan』の方に協力するって言ってたわ。
仕方ないわね、向こうは『セナの遺品を取り返したいだけで、自分たちが占有する意図はない』って言っているもの。みんな向こうに協力するに決まっているわ」
「滅茶苦茶アウェー! そんなの全校生徒を敵に回してるようなものじゃないですか!」
「そうね。でも結果はどうあれサチ、貴女にこそ『剣の舞』が相応しいっていう私の考えが変わることはないわよ」
「クローディアさん、なんかそれ負けた後のセリフみたいですよぉ……」
サチは机にバタンと突っ伏した。
決闘の日まであと10日。それまでに『剣の舞』を使いこなせるようになり、また『Leviathan』の繰り出す水の魔奏に対する対策も考えておかなければならない。
「……痛いの、やだなぁ」
サチは机に突っ伏したまま、包帯を巻いた自分の右手を見つめていた。
決闘はあの訓練用のシミュレーテッド・リアリティ空間で行われることになっている。空間内では現実と寸分違わぬ規模で魔奏を展開できるが、その威力は調節され「安全」なダメージに抑えられるので命の危険はない。
とはいえ、命を脅かさない程度にはダメージを受けるため、生傷は出来てしまう。サチの右手の包帯も、訓練の中で受けてしまった傷を治療したものだ。
「おおっ、空いとるやーん」
サチが包帯を巻いた右手を見つめる視線の先。ヒソヒソと遠巻きに話す生徒の輪から、一人の女子生徒が輪の中に歩み出て来た。
長い茶色がかった髪を後ろで一つ結びにし、制服の上から材質不明の銀色のロングコートを羽織っている。前の開かれたロングコートが翻ると、胸には三輪のスズランが刺繍されていた。サチと同じ3年生だ。
謎の銀色の女子生徒は山盛りのパスタを載せたトレーを持ったまま、ずかずかとサチとクローディアの側まで歩いてくる。
「なんなん、おたくらここシマにでもしてるん?」
「……?」
「ああ、間違った。えふん。えー、えー。あなたたちは、ここを領地にしてやがるのでございますか?」
「……いえ、そういうわけではないけど」
「じゃあ座ってええのね」
その女子生徒は「ふぃー! 助かった!」とサチのすぐ隣にドスンと腰を下ろした。クローディアも長身なほうだが、この女子生徒はそれよりもさらに大きく、身長170センチ以上はありそうだ。
「いやー、どこもかしこもばり混みよるで、座るとこのぉて困っとったんじゃけ」
「何なのこの子……訛りが酷くて何言ってるのかよく分からないわ」
「あ、そういえば聞いたことあります」サチはむくりと起き上がった。「あなた、もしかして最近この学校に来た留学生さんじゃないですか? 3年にヘンテコ……いえ、ちょっと個性的な留学生が来たって聞きましたけど」
「よーけ知っとるね。ウチはトロイライト・カルミナリア・ベルーシュ。ライラでええよ。おたくは?」
「サチです。サチ・ホシノ」
「クローディア・クランフィールド」
「サッちゃんにクロちゃんけ」
「サッちゃん⁉」「クロちゃん⁉」サチとクローディアが同時に答える。
「すまんねぇ。ウチここから西の、さらに西の果てにある『魔界』っちゅうとこから来たけ、ちょっと言葉が不自由なんじゃけぇ」
「『魔界』?」
「そ。そこにゃぁどえらいバケモンがうようよしとってなぁ……ウチはそこで、お母ちゃんに拾われて育ててもろたんですわ。
いやー、こっちはメシが旨ゃあて旨ゃあて。毎日が天国んよぅじゃぁ」
山盛りのパスタを豪快にずるずると啜り始めるライラ。よくその背中を見てみれば、一振りの剣が鞘に収まって背負われている。ベルトでがっちりと留められているそれは、鞘だけでもサチの背丈ほどはありそうな巨大な両手剣だ。
「ねえライラ。あなたその背中の……」
「ん? この剣け?」
「それ、魔奏器よね?」
「んー。お母ちゃんから『これ持ってけ』ゆーて渡されただけで、どういうんかはウチもよう知らんのよ」
「あなた、所属は? どこの楽団? 魔奏士等級は?」
「しょぞく? がくだん? とーきゅう?」
口に含んだパスタを咀嚼しながら答えるライラは「何それおいしいの?」とでも言いたげなアホ面をしている。
「もしかして貴女、まだ楽団に所属してないの?」
「うーん、なーんかタイケンニュータイとかに誘われたよーな気はするんやけどもねー。なんか良く分からんうちに模擬戦やって、ぱりーん、どかーんってなんかやって、それでどうなったか……。
なんか『もう来るな』とか言われたよーな……うーん、思い出せんよ」
「……サチ、これはきっと運命だわ」
「そうですね、クローディアさん」
目線を通わせ、サチとクローディアは互いに頷く。その熱視線が同時にライラに注がれると、ライラは驚いて自分の顔をぺたぺたと触り始めた。
「どしたん、ウチの顔になんかついとるけ?」
「ライラさん、うちの楽団に入りませんかっ!」
勇気を出し、サチはライラの手を握った。
戦力を増強したい。でも誰からも協力は得られそうもない――――そんな二人の元に突然現れた、両手剣を背負ったのクセの強すぎる留学生。2人にとってライラは渡りに船、否、地獄に舞い降りた天使のように見えたのである。
「ん、ええよー」
ライラは二つ返事でOKした。
こうして「NIGHT RAVEN」に3人目のメンバーが加わった。その名はライラ。竜剣士を自称する謎の留学生である。




