#5 継承
「クローディアさん!」
サチが保健室に駆けこむと、いつも通りのカーテンで囲われた中のベッドにクローディアはいた。
ここ数日で身体機能は急速に回復し、杖を使えばサチが肩を貸さずとも歩けるまでになっている。明日にも退院できると保険医のシェーヴォラは太鼓判を押している。
顔色は悪いものの、クローディアは笑顔を作るようにもなっている。サチがカーテンを開いたときには、ベッドの上で上半身を起こして迎え入れた。
「お疲れ様。ムツミには会えたかしら」
「……会えました。でも『1812年』はいらないと」
「そう。あの子ならそう言うでしょうね」
うつむくクローディア。サチはベッドの側の椅子に腰を下ろした。
「それより。ユーレンさんから聞いたんですけど、クローディアさん新しい楽団に誘われてるって」
「聞いてしまったのね……話がまとまるまでは、黙っておこうと思ったのに。
生徒会がね、『葬送曲』を渡す気がないなら、自分で前線に出ろって」
「どうするんですか、行くんですか?」
「……ええ、そうね」
クローディアはサチから目を反らす。
「あなたには可哀想なことをしたわ。私たちの遺した最後の仕事を全部押し付けて、結局何にもしてあげられなかった。
どうにかあなたが入れる楽団を世話してあげたいところなんだけど。伝手のあるところには、どこも『下級魔奏士ですらない子を抱える余裕はない』って言われちゃったわ」
クローディアはサチに笑いかけた。
しかしその表情は悲痛なものだ。クローディアの悲しそうな顔を見ていると、サチまで悲しい気分になってしまう。
「ユーレンさんから聞いたんです。クローディアさんが『死神』って呼ばれてる理由」
「……聞いてしまったのね。まあ、いつかそんな話になるんじゃないかと思っていたわ」
クローディアは天井へ視線を動かし、独り言のようにつぶやく。
「そうね……私は死神。今までたくさんの人の死を看取ってきた。ねぇサチ。もし貴女が絶対死なない、いえ死ねない能力を持ったら、どうする?」
「……考えたこともないです」
「そうね、貴女にそんなことを聞くのは酷だったわ」
クローディアは瞼を閉じた。
「私は誰かの役に立ちたかった。絶対死なない能力……どう使うかなんて一つしかないわ。
『おとり』よ。
私は前線に立って、自ら敵の攻撃を受け続けた。私がおとりをやることで、楽団は戦果を挙げられるし犠牲も少なくなる」
「敵って……『魔女の血球』ですよね」
「ええ、そうよ。何度も喰い殺されたわ……でも嬉しかった。誰かが死ぬよりは、自分が死ぬほうがずっと気が楽だったから。どうせ復活できるしね」
あの時――――艦橋で『魔女の胃』と遭遇したとき。『胃』に捕まったクローディアはサチを逃がした。どうせ死んでも生き返るから、と自分を犠牲にしようとした。
「戦果が増えると、より危険な任務が私のいる楽団に回されるようになった。そして……」
「……クローディアさんが庇いきれなくなって、楽団は全滅した」
「ま、そんなところね」
サチを見つめるクローディアの瞳が潤んでいる。
他人が死ぬより自分が死ぬほうがずっと気が楽。そう語るクローディアは、人一倍他人の死に敏感である。仲間のために自分を犠牲にし、その果てに自分の力不足で仲間が犠牲になる――――それを七回も繰り返せば、積もる苦しみはサチの想像以上だろう。
「セナは私の親友だったの。寮のルームメイトでね。どんな辛いことも話せる仲だったわ……楽団が全滅して部屋に帰るとね、あの子はいつも私の側にいてくれた。何も言わなくても、セナには伝わったから」
「……魔力融合」
「私が泣いているとあの子、いつも魔力融合したがったわ。私が嫌がっても『何があったのか、言わなくていいから教えて』って。
セナったらいつも後先考えないの。魔力融合は自分にだって危険のある術なのに。ホントどこまでも、救いようのない人助け馬鹿なんだから。
私はずっと、セナに迷惑かけたくないって思ってた。セナに頼ってばかりじゃダメだ、もっと強くなろう、みんなを守れる魔奏士になろうって……でもダメだったわ。ついに私は、セナまで死なせてしまった」
「クローディアさんのせいじゃないと思います」
「どうかしらね。私が死を招いているってウワサは、本当なのかも」
クローディアはベッドの脇に置いてあったセナの魔奏器、『剣の舞』を手に取った。
栗色のニスが塗られた鞘には、翼を広げる八咫烏のシールが貼られている。そこに収まった、鍔も柄も地味な色をした日本刀型の魔奏器。
しかしその刀身の輝きは、敵を屠りながら奏でる音は、見るものすべてを魅了する。飾り気はないのに人を惹きつけてやまない――――この魔奏器はセナの姿にも似ているとサチは思った。
「セナは私に言ったわ。『私だったら、クローディアに復活能力なんて使わせない』って。『クローディアより強くなって、守ってもらわなくてもいいようになる』って。『クローディアを犠牲にしない、最高の仲間を集める』って。あの時はまさか、本当に実現するとは思わなかった。
セナは私に居場所をくれたの。誰かのために犠牲になるんじゃない、私が私でいられる、私のために生きられる場所。私の、唯一の居場所。『NIGHT RAVEN』。それなのに――――」
刀を握るクローディアの手が震える。ぽたり、ぽたりとこぼれた涙が、鞘の上を滑ってベッドに落ちた。
「失ってしまった。無くなってしまった。
セナも、ユリーカも、ルイスも。みんな私の大切な人たちだったの……!
二度と失わない、失くしたくないって誓ったのに! 死んだのよ、みんな!
私が守りたかったものは、いつも全部無くなっていく。この手からこぼれて行ってしまう。もう無理。こんなの耐えられない!」
「クローディアさん……」
刀を放り出し、顔を手で隠して泣き始めたクローディアに、サチは心が締め付けられた。
「……私は『葬送曲』を誰にも譲るつもりはないわ。誰かにこれを譲れば、きっとその誰かが私と同じ苦しみを味わうことになる。
本当はこのまま、戦場に出ることもなく朽ち果てていくのもいいと思っていたけれど。どうしても私は死からは逃れられないのね」
「……やめてください」
「きっと私は死神に愛されているんだわ。だから私は死ねずに、周りの人ばかりが連れていかれる。あなたも私のことはもう忘れなさい。これ以上私の側にいたら、あなたも死神に連れていかれるかもしれないわ」
「やめてください、クローディアさん!」
サチは立ち上がり、クローディアの手を奪うようにして握った。
クローディアにとっては、「NIGHT RAVEN」で戦うことが生きる目的だった。周囲の人間に死をもたらす呪われた『死神』。そんな不名誉なあだ名をつけられた自分を受け入れてくれる場所――――それこそが、クローディアにとっての「NIGHT RAVEN」であったのだ。
居場所を失う苦しみ、悲しみ。それは才能を理由に魔奏士になる夢を否定されたサチにも、ほんの少しだけではあるが理解できた。
「やりましょう、『NIGHT RAVEN』。2人で」
「何を言っているの。死神の私がいる楽団なんて、貴女の身に何が起こるか……」
「わたし、ずっと恩返しがしたかったんです。セナさんに、ユリーカさんに、それからルイスさんに!」
「恩返し?」
「はい。でもどうしたらいいのか分からなくて……わたしはまだ一人前じゃないし、戦うのは無理だし。魔奏器を届けるのが恩返しになるかなと思ってたんですけど、いまやっと見つけました!」
ぐっ、とサチはクローディアに顔を近づける。
「わたしが、クローディアさんの居場所を作ります。セナさんの代わりに……なれるかは分からないですけど、とにかくセナさんのやりたかったことを、わたしが引き継ぎたいんです。
セナさんだけじゃありません。ユリーカさん、ルイスさんのやりたかったことも、わたしが叶えてあげたい……それが、わたしの命を救ってくれた、生き方を示してくれたみなさんに対する、恩返しになると思うんです」
「死んだ人間に引っ張られる必要なんかないのよ、サチ」
「それは違います」
クローディアの手を握るサチの手に力がこもる。
「今はあの時とは違います。生きる目的も、理由も失ったわたしが今一番やりたいこと……それがみなさんへの恩返しなんです。
だからこれは、みなさんのためにわたしが犠牲になるんじゃない。わたしが自分で、そうしたいって思ったんです!」
「……強情な子。昔のセナみたいだわ」
「え?」
「あの子も今の貴女と同じことを言っていたわ。私のためになんて言わないでって言ったら『これはただの自己満足、私がクローディアのためにやってあげたいだけだよ』って……。
もしかすると、あなたも魔力融合であの子のバカが染ったのかしらね」
クローディアはサチの手を振りほどき、手の中にあった魔奏器を差し出す。
「取りなさい、サチ・ホシノ。『剣の舞』は貴女にこそ相応しい」
「え、これセナさんの遺品なんじゃ……」
「そうよ。セナはこの魔奏器を私に託すと遺言に遺していたの。『私のことを誰よりも一番良く知っているクローディアが、この魔奏器に最も相応しいと思う人物に渡してほしい』って。だから決めたわ。これは貴女のものよ、サチ」
サチはクローディアから『剣の舞』を受け取った。
生暖かい木製の鞘のぬくもり。柄を握ると、初めて触れたとは思えないほど手に馴染む。
その手に握る瞬間まで、受け取るのを断ろうと思っていたサチだが、鞘から数センチほど刃を抜いて考えを改めた。
サチは誓った。セナのやりたかったこと、クローディアの居場所を作るということ。それを引き継ぐとは、この魔奏器をも手にするということなのだ。
「……やります、わたし」サチはカチンと刀を鞘に収める。「わたし、絶対に強くなってみせます。クローディアさんを守れるくらい、強い魔奏士になります!」
「期待してるわね、サチ」
クローディアが微笑むと、目尻から涙の粒がこぼれた。
しかし、それ以降新たな涙が彼女の目からあふれることはなかった。鴉羽瀬奈は死んだ。だが、彼女の想いを受け継ぐものはここにいる。『剣の舞』を握るサチの姿に、クローディアは愛したセナの影を重ねていた。




