#4 兵士
はぁ、と大きくため息をついてから、ユーレンは上品な物腰で語り出す。
「確かに613は貴重なデータを提供してくれました。人間の感情を理解する自律魔導人形。その学習データはあの623にもインストールされていますの。あの『NIGHT RAVEN』に所属して、人間の中で暮らしていたお陰です」
ムツミの受け答えは、機械らしい堅苦しい感じはあるものの自然で丁寧である。だがルイスの人と見紛うような自然な会話とは、やはりまだ違いがあるようにサチには思えた。
「宣伝効果も高うございました。国からの援助もたくさん受けられまして、623には613の3倍の開発資金をかけることができまして。ですがハッキリ言って613、あの子は失敗作です」
サチがむっとした表情になったその時、ムツミは二杯の紅茶を入れて戻ってきた。カップの一つはユーレンに、もう一つはサチに手渡される。しかしサチは紅茶を口にせず、すぐ横の書き物机の上に置いた。
「最近のあの子は狂っていました。623を『人間らしく育てたい』なんて言い出して、無理やり同じ部屋で暮らすようにしたり。
623がヘンな学習をしないか、ずっとひやひやしていましたもの」
「人間らしく成長することが、いけないことなんですか?」
「何を仰りますの、当たり前です。
自律魔導人形は人間よりも頑丈で精密。さらに人間なら致命傷になるようなダメージを受けても、パーツを取り換えるだけだから修理は簡単。人間的に成長なんてしたら、いつか人間に取って代わってしまう。
兵器は兵器、人間は人間。きっちりと線引きしておかなければ、いつか大変なことになるでしょう」
角砂糖を2つ溶かした紅茶を、ユーレンは優雅に啜る。
「それにね、あの『死神』さん」
「……クローディアさんのことですか」
「ええ、そう。聞けばあの人、死なないそうじゃありません? なのに『NIGHT RAVEN』じゃ裏方の仕事ばっかりさせていたんでしょう。セナさんのことは尊敬していたけれど、人を見る目はなかったようですわね、あの人は」
「そんなこと……っ!」
反論しかけたサチを制止するように、ユーレンは言葉を繋ぐ。
「いいかしら? 人には得意不得意がありますの。それぞれに出来ることは違って、それを最大限生かすのが組織というもの。いくら破壊されても替えの利く自律魔導人形は、人間を守る盾として最も相応しい。それはあの『死神』さんも同じじゃないかしら。死なない人間なら、最前線を張ってもらうのが一番だと私は考えますわ」
「……クローディアさんに、仲間のために盾になって死ねっていうんですか」
サチは握った拳に爪が食い込むのを感じた。
「何、怒っていますの?」
「当たり前です! 軽々しく『盾になれ』だなんて……!」
「軽々しく死ねるならそうするべきだわ。ねえ623、あなたもそうでしょう?」
「はい、仰る通りでございますお嬢様。私は自律魔導人形、人を守るためならば修復不能の損傷を受けることをも厭いません」
「そんな、そんなの……!」
ユーレンは飲みかけの紅茶を机に置く。
「三年生の貴女じゃご存知ないかもしれませんけど。楽団の活動はね、決して和気藹々としたクラブ活動ではないのよ。
これは『戦争』。人類を食らう『魔女の臓物』とそれに抗う人類の、生き残りをかけた生存戦争。そして魔奏器を振るう私たち魔奏士は『兵士』なのよ。人間的な感情は、戦地において判断を鈍らせる」
再び紅茶を手に取り、優雅に啜るユーレン。サチは、頭を揺さぶられるような感覚に陥って動くことができなかった。
サチのポケットの中で、二つの指輪が擦れて消え入るような音を立てた。
セナとユリーカの結婚指輪である。
人間的な感情は判断を鈍らせる――――セナは配偶者のユリーカを『臓物』に殺されたことに激昂し、『臓物』と戦って死んだ。
自らの死を招いたその判断は正しかったのだろうか。
後からでは何とでも言えるが、あのままセナとルイスが協力して戦っていれば、ユリーカ一人の死で『臓物』を倒せていた可能性はある。
だが、それを認めることはサチにはどうしてもできなかった。
ユリーカを殺されて自分を見失ったセナを否定することは、セナという人間そのもの――――彼女の強さだけではない、サチが触れて感じた、セナの持つ優しさや温かさのすべてを否定することのように、サチには思えてならなかったからだ。
「聞けば、もう他の楽団があの『死神』さんを引き取りたいって名乗りを上げているそうじゃありません?」
「……えっ?」
「聞いてないのかしら? まあわたくしなら絶対に同じ楽団に居たくはないですけれど。貴女、どうしてあの人が『死神』なんて呼ばれているか、ご存知?」
「いえ、聞いたこともないです」
「あの人のいる楽団はね、『血球』と戦って全滅するジンクスがあるの。そうよね、623」
「はい、お嬢様。クローディア・クランフィールドは聖ロアノール音楽学院に入学して以来7つの楽団に所属していましたが、その全てが『血球』との戦闘で彼女以外全員死亡、もしくはメンバーが治療不可能の障害を負って楽団を解散しています」
「そ、そんな……」
「貴女もあまりあの人には肩入れしないほうが宜しいと思いますわ。でないと、あなたもいずれあの人のせいで死ぬことになる」
気づくと、サチは1314号室を飛び出していた。
持って帰れと言われた『1812年』を部屋に放置したまま、サチは保健室へと駆け出す。




