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第一話 冥界軍進軍

これは西暦2028年、世界が終焉へと踏み出した記録である。

人類が信じて疑わなかった日常は、ある日突然崩れ去った。

その引き金を引いたのは、はるか古より封じられていた“冥界”の門。

かつて歴史を震撼させた英雄と怪物が、死と共に眠ることなく、再び現世に舞い戻ったのだ。


この日を境に――人類と冥界軍との、存亡を賭けた戦いが幕を開ける。

第一話 冥界軍進軍


 2028年12月24日――世界は静かに、しかし確実に終焉へと足を踏み入れていた。

南極大陸の深奥、氷に覆われた地の底で、何千年も封じられていた結界が、長き歳月による風化の末にひび割れたのだ。


それは人間の目には決して映らぬほど小さな傷にすぎなかった。

だが、その小さなひびこそが破滅の始まりであり、世界と世界を隔てる境界を穿つには十分であった。


裂け目の向こうに広がっていたのは、死と絶望の国――冥界。

そこから吹き荒れる黒き嵐は、厚き氷壁を粉砕し、ついに門を開かせる。


やがてその裂け目から姿を現したのは、三つの影であった。


「……久しいな」


低く唸る声を放ったのは、冥界斥候部隊隊長フランシス・ウォルシンガム。

エリザベス一世の下で活躍した冷徹な諜報の鬼才。潜入・暗殺をも辞さず、緻密な情報網を操って陰から国家を支配した伝説的スパイマスター。


その横には漆黒の忍装束を纏うその影――服部半蔵。戦国の世を震え上がらせた幻影の男。気配を消して立つだけで闇が濃くなり、見る者は己の死を予感する。百の忍を統べ、鬼神と恐れられた伝説の化身


そして最後に姿を見せたのは、シドニー・ライリー――その名は「スパイの中のスパイ」。変装と潜入の天才で、諜報・詐術・暗殺において無類の才を発揮し、世界を渡り歩いた伝説の諜報員。MI6にその名を刻んだ不世出の人材である。


彼ら三人の役目はただひとつ。

冥界から十万の軍勢を呼び込むための地を、この現世にて確保することだった。


冥界の門を背に、三人は南極の氷原をひたすら進んだ。

極寒の吹雪は容赦なく吹き荒れ、普通の人間であれば数歩と持たずに凍りつくような環境であったが、過酷な冥界の環境に適応した彼らの歩みを止めることはできなかった。


数日を経て、彼らはついに南米大陸の最南端、アルゼンチンの地へと到達する。


「ここからが本番だな。地を探さねばならん」

シドニーが冷ややかに言葉を落とす。


「……地を探す、か。人の世は広いようで狭い。いざ見つけようとすれば、意外と骨が折れるものだ」

服部半蔵は肩をすくめ、白い吐息を闇に溶かした。


「フン、骨が折れようが構わん。俺は骨ごと砕くほうが得意だ」

フランシスが笑い、背負った魔剣をわざと大きく鳴らす。氷原に低い音が響き、まるで地そのものが怯えているかのようだった。


シドニーは二人のやり取りを無視するように、ただ冷たい視線を大地に向ける。

「……遊んでいる暇はない。十万を迎え入れるには、冥気を安定して受け止める地脈が必要だ。条件を満たす場所は限られている」


半蔵は口の端を吊り上げた。

「探す手間はあっても、いざ見つければ“楽しい祭り”が始まる、というわけか」


「その通りだ」

フランシスはにやりと牙を見せる。

「早く見つけて、血の宴を始めようじゃないか」

 

広域転移陣を展開するためには、ただの土地では不十分だった。

広大であることに加え、冥気を安定して保持できる大地が求められる。


三人は荒野を踏破し、険しい岩山を越え、深き森を抜け、広大な平原を探し求めた。

そしてやがて、月明かりに照らされた巨大な湖へと辿り着く。


「……湖か」

服部半蔵が目を細めてつぶやいた。


広がる湖畔は平野に囲まれ、十万の軍勢を収容するには十分すぎるほどの広さを誇っていた。

さらに、この場所には地脈の力が集中しており、広域転移陣を設置するには理想的な条件が揃っていた。


「……ここだな」

フランシスは月明かりの荒野を見渡し、地脈の脈動を確信した。


「ふむ、確かに問題なさそうじゃ」

服部半蔵が闇に溶けるように現れる。敵影も結界も一切ないと告げるその声音には、忍びならではの冷徹な響きがあった。


「ならば、始めるか」

フランシスが不敵な笑みで準備を始める。


――――

 

フランシスは魔剣を地に突き立てた。

金属が岩盤を抉る音が響き、その瞬間、黒き冥気が稲妻のように大地を走った。


服部半蔵もまた、腰の魔剣を逆手に構え、静かに大地へと突き刺す。

刹那、刃から闇の文様が広がり、札を媒介に無数の鎖が地表を這い回った。


そしてシドニーも、魔剣を大地へ深々と突き立てる。

武器を通じて彼の呼気が大地に染み込み、冥気が脈動するように波紋を広げた。


三人の武器は互いに共鳴し合い、やがて平野全体を覆うほどの魔法陣を描き出した。


「魂の奈落よ、冥府の門を呼び寄せ!虚空の囁きと混沌の鎖より禁断の扉を解き放て!」


三人が同時に低い声で詠唱を始めると、大地の空気は震え、光は消え失せ、ただ黒き螺旋だけが地と天を繋いでいった。


「……これで十万は呼び込める」

「――始まるぞ」


三人が呟いた瞬間、周囲は暗黒に包まれ、大地を揺るがすほどの咆哮が轟いた。


広域転移陣の中央から、黒き柱が天へと突き立ち、そこから無数の影が吐き出された。

 

まず最初に最前列に立つのは三つの巨影であった。


大将軍、大王レオニダス一世。

三百の兵で帝国の大軍を退けた“伝説の王”。その時点で人間離れしていたが、冥界の冥気によってさらに強化された今の彼は、もはや人の領域を超えた存在だ。盾を構えれば大地が揺れ、槍を突き出せば稲妻のように敵陣を貫く。雄叫び一つで兵士の心を粉砕するその姿は、まさに歩く災厄。軍を率いる王にして、最前線で敵を薙ぎ払う怪物である。


軍師、ハンニバル。

「アルプスを越えた男」として知られる伝説の智将。生前でさえ未来を見通すかのような戦略でローマを震え上がらせたが、冥界に堕ちた今はさらに異質だ。ほんの一手先を読むどころか、数十手先の未来すら見えているかのように敵を翻弄する。しかも彼は冷酷無比。人の心の弱さを計算に組み込み、絶望を最大の武器とする。彼の策にかかれば、大軍さえ駒のように崩れ去るのだ。


将軍、スパルタクス。

奴隷から反乱を起こし、帝国を震撼させた反逆の闘士。その魂は冥界でさらに研ぎ直され、振るう剣はもはや戦術ではなく“虐殺”そのものと化した。斬れば百人、薙げば千人、流れるのは血の奔流。彼は勝利や栄光を求めていない。ただ戦い、その場を地獄に変えるためだけに存在している。スパルタクスの眼光に射抜かれた者は、剣が届く前に自らの心臓が砕ける錯覚に陥る。


 その後方からは、魔術師部隊、騎馬部隊、弓部隊、歩兵部隊。

さらに、冥府から解き放たれた数多の怪物――牙を剥くガーゴイル、炎を吐くワイバーン、地を蹂躙するサイクロプス、剛力ミノタウロス、見たも全ての命を奪うヒュドラ、その数、十万。


彼らを中心に、冥界軍十万は瞬時に整列し、紫の冥気を放って周囲を覆い尽くす。

大地は死に、空は腐り、湖の水は瞬く間に黒へと変わった。


「兵どもよ、聞け!」

レオニダスの声は雷鳴のごとく戦場を揺らした。


「ここに集いし者たちよ!我らは死してなお、地獄をも超えた、最強最悪の戦士達だ!お前たちの前に立ちはだかるのは、脆弱な人間にすぎん。肉は柔らかく、骨は脆く、心はすぐに砕ける!その首を刎ねろ!その血を浴びろ!そして叫べ――この世は我らのものだと!」


その言葉は兵の魂を焼き、正気を奪い、戦場全体を狂気の熱で満たした。


レオニダスの一声で、北に位置するリオガレゴスに向かい進軍を始める


――――

 

数時間後。

アルゼンチン軍は上空からの偵察により“それ”を確認した。


「……なんだ、あの軍勢は……」

ヘリの操縦士が震える声を漏らす。


見渡す限りの黒き波。

十万の兵が規律を保ち、整然と進軍している。

しかもその中には、明らかに“人ではない存在”が混じっていた。


「すぐに本国にデータを送れ!」

偵察部隊長の声は焦燥に掠れていた。


「現在十万の軍勢を確認!!」

オペレーターの声が上ずる。

「その中に……」


「もっと詳しく伝えろ!」

隊長は必死に叫ぶ。


「駄目です!カメラが、映像が……!全て霞んで……紫色の靄に包まれて――」

絶叫混じりの報告が途切れる。


次の瞬間、黒き閃光がヘリを貫き、爆炎が闇を照らした。

残されたのはただ一つの断片的な通信――

「十万の軍勢、その中に……」


偵察部隊からの唯一の情報、「十万の軍勢、その中に…」のみ報告を受けたアルゼンチン本国は混乱に陥る。


――――

 

だがア軍の対応は迅速だった。


動員された兵力は同じく十万。

戦車二百両、装甲車百両、中距離弾道ミサイル

さらにF-16戦闘機二十四機。


「敵は不明の軍勢……殲滅せよ!」


全軍をもって迎撃態勢に入った。


紫の靄が街を覆い、リオガレゴス市民は逃げ惑った。

だが逃げ切れぬ者たちは、容赦なく屠られていく。


冥界軍は一切の躊躇なく、街を破壊し、人を斬り捨て、蹂躙し、ただ前進を続けた。


そしてついに、アルゼンチン軍と冥界軍は正面から激突する。


「総攻撃だ!」

待ち構えていたア軍の戦車の砲口が一斉に火を噴き、榴弾砲の轟音が夜空を揺るがす。

歩兵の銃撃が無数の閃光を生み出し、戦場を昼のように照らした。


だが――。


「防御陣、展開」

軍師ハンニバルの冷徹な声が響く。


冥界の魔術師たちが一斉に杖を掲げ、重苦しい詠唱を開始する。

その声は耳で聞くよりも先に心臓を締めつけ、黒き光の壁が軍勢を包み込み、銃弾も砲弾も虚しく弾かれていった。


直後、空を裂き、F-16が急降下し、ミサイルを撃ち込む。

しかしその空にはすでに無数の影。

ミサイルは、ワイバーンの放った炎に撃ち落とされる。

ガーゴイルの群れ、ワイバーンの編隊が制空権を覆い、次々と戦闘機を撃墜していく。

爆炎が夜空に咲き、制空権は瞬く間に奪われた。


地上戦では、戦車部隊が突撃する。

だがその前に立ちはだかったのは冥界の魔術師であった。

振り下ろされた杖から火炎が奔流となって走り、戦車は一撃で爆砕された。


「ば、化け物だ……!」

歩兵の叫びが響いたが、その声に応える者はいなかった。


――――

 

その時だった。

冥界軍の密集陣から、ゆっくりと歩み出る影が一つ。


煤けた鉄鎧に、鈍く光る剣。

どこにでもいそうな一兵士の姿――だが違った。

その歩調には揺るぎがなく、周囲に漂う冥気は重圧で、見ているだけで肺が締めつけられるような圧迫感をもたらす。


「な、なんだ……あの男は……」

最前列にいたアルゼンチン兵が、喉を鳴らしながら呟いた。


返答はなかった。


代わりに、五人の兵の首が瞬時に飛んだ。


一瞬、風が吹いたように見えた。

だが実際には剣が閃き、空気を裂き、首筋を正確に断ち切っていた。

斬撃の軌跡は誰の目にも映らなかった。ただ残されたのは、血を噴き上げながら倒れ伏す死体だけ。


「ひっ……!」

兵士たちの顔から血の気が引く。


恐怖に駆られた十人が、反射的に突撃した。

銃口を向け、弾丸を雨のように浴びせかける。


しかし――男は一歩も退かない。


「……遅い」


その声と共に、剣が舞う。

刃は弧を描き、銃弾を弾き、まるで舞うように兵士たちの間を駆け抜ける。


一人目――首を一閃ではねる。

二人目――心臓を貫き、そのまま振り抜く。

三人目――剣が下から上へと薙ぎ上げ、胴体を真っ二つに裂く。

四人目、五人目、六人目――刃が止まらぬまま、血の線が次々と宙を描き、叫び声が途切れる。


「や、やめろ……! 近づくなっ!」


残りの兵が銃を乱射する。

しかし男は軽く身体を傾けるだけで全ての弾丸をかわし、まるで未来を予知しているかのように一歩先を進む。


「斬光――《エクスカリバー》」


淡々と告げられた言葉。

次の瞬間、眩い白光の軌跡が戦場を横切った。

十数人の兵士の体が同時に裂かれ、血飛沫が噴水のように宙を舞った。


生き残った兵士たちは、その光景に凍りついた。


「こ、こんなの……勝てるわけが……」

「悪魔だ……悪魔が歩いている……!」


誰も指揮官の命令を待たず、我先にと背を向けて逃げ出す。

銃を投げ捨て、叫び声を上げながら無秩序に走り去る。


だが背を向けた兵士たちの背中にも、斬撃は容赦なく襲いかかった。

剣筋は流れるように、まるで一振りごとに舞を踊るかのように美しく、それでいて恐ろしく正確に急所だけを斬り裂いていく。


追撃の足音すら聞こえなかった。

ただ、気づけば身体が裂け、膝が崩れ落ち、地に赤が広がっていく。


「……」


男は表情一つ変えない。

ただ、殺すために剣を振るう。

その背にあるのは誇りでも怒りでもなく、冷たい虚無。


雪原を赤く染めながら進むその姿は、兵士の目に“死神”そのものと映った。

人の形をした災厄。

目を合わせただけで心を砕かれるような絶望。


「ひ、ひぃぃぃっ!」

「た、助け――」


断末魔の声すら、すぐに途切れた。


やがて戦場に残されたのは、男の足跡と、無数の死体、モンスターに蹂躙された兵士たちの無惨な姿だった。


そして、その光景を見た兵士たちの報告はこうだった。


――ひとりの男に、軍が崩壊させられた。


その情報は瞬く間に世界を駆け巡った。


――人類が知らぬ“敵”が現れた。

――冥界の軍勢が現世を侵略し始めた。


世界の均衡は、この夜を境に崩壊する。

 

この夜、人類は初めて“冥界軍”の脅威を目の当たりにした。

十万の軍勢、その先頭に立つのは伝説の戦士たち。

人間の兵士たちは一瞬で崩れ去り、世界の均衡は音もなく崩れた。


次回――。

逃れられぬ死と絶望の前で、現代人たちは何を選ぶのか。

戦いの行方は、まだ誰にもわからない。

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