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外れないコンタクトレンズ


夜の総合医療センター救急室は、普段と違う慌ただしさに包まれていた。

 「コンタクトレンズが外れない」と訴える中年男性、伊東健太が運ばれてきたのだ。


 彼は目を見開き、異様な緊張感を漂わせながらベッドに横たわっていた。

 眼球に異物が張り付いているような感覚を訴え、まばたきもままならない。


「眼科の小山先生、すぐ来てくれ。検査ができない状況だ」

 氷川颯真は眉間に皺を寄せながら、救急室の一角に駆け寄った。


「これは……珍しいケースですね。コンタクトレンズが眼球に強力に吸着していて、物理的に外せません」

 眼科の小山敬が困惑した表情で報告する。


「患者さん、ご本人は外せない理由を説明できますか?」

 氷川が問いかける。


「……いや、自分でもわからない。突然、目が痛くなって、レンズが張り付いてしまったんです」

 伊東はうめき声を漏らした。


 検査のためにコンタクトを外したいが、レンズは微動だにしない。

 遠隔操作の電子ロックがかかっているかのように硬く張り付いているのだ。


「くだらない……こんなことが医療現場で起きるなんて」

 氷川は静かに呟いた。


 その時、伊東のスマートフォンが鳴った。

 画面には「コンタクトロック解除指令 失敗」の通知が何度も表示されている。


「……遠隔ロック? まさか、これはIoT機能が悪さしているのか?」

 氷川はスマホを手に取り、状況の深刻さを理解した。


 救急室に漂う緊張感の中、氷川は患者の目を見つめながら、静かに言った。


「よし、調べよう。この“くだらない”謎の真相を。」


翌朝、氷川颯真は眼科の小山敬と共に、患者の伊東健太の病室を訪れた。

 眼球に張り付いたコンタクトレンズは相変わらず外れず、彼の目は赤く充血している。


「これ、普通の医療器具じゃどうにもならないですね」

 小山が首を傾げる。


「伊東さん、何か心当たりはありませんか? このレンズ、普通の使い捨てタイプじゃないですよね?」


「……実は、IoT機能を組み込んだ最新のスマートコンタクトです。遠隔で管理できて、データも送信できます」

 伊東は苦しそうに答えた。


「ですが、今はそのロックが解除できなくて……どうしてこんなことに……」


 氷川はスマホ画面に並ぶ多数の「ロック解除失敗」の通知を見つめながら、眉をひそめた。


「スマホは誰が管理しています?」


「僕しか知らないはずですが……最近、謎のアクセスログが増えていて、知らない間にロックがかかったみたいです」


「……なるほど。つまり、遠隔操作で誰かがロックをかけている可能性が高い」

 氷川の声には、静かな怒りが混じっていた。


「くだらない悪戯に巻き込まれたんだな、これは」


 その時、病室のドアがノックされ、看護師の沢渡里美が顔を覗かせた。


「氷川先生、伊東さんのSNSに変なメッセージが入っています。元技術者の風俗嬢からのものらしいです」


「元技術者……風俗嬢?」

 氷川は驚いた。


「詳しく調べる必要がありそうだ」


氷川颯真は患者・伊東健太のスマートコンタクトの遠隔ロックを解除するため、調査を進めていた。

 そんな中、伊東のスマホに一通のメッセージが届く。


「お前が犯した罪に対する報いだ。すぐに行動を停止しろ。さもなければ…」


 送信者は、元スマートコンタクト開発チームの技術者、はるかだった。

 彼女は数か月前に伊東の会社を辞め、現在は風俗嬢として働いているという。


 氷川は小山眼科医と共に、遥の元へ向かった。


「彼女は技術者としては優秀でしたが、伊東社長の非道な行いに耐えかねて辞めたそうです」

 小山が説明する。


 遥は静かな口調で語った。


「彼は風俗で私たちの許可なく盗撮し、その映像を闇に売っていました。許せません。

 だから、彼のスマートコンタクトを遠隔ロックし、眼球に張り付かせて外せなくしたんです」


 氷川は唖然とした。


「くだらない復讐劇だが、その手法は危険すぎる。患者の健康を害することだ」


「でも、彼は何も反省していません。これくらいしないと、改心しないと思います」

 遥は目を真っ直ぐに見つめて言った。


 氷川は考え込んだ末、静かに告げた。


「医療としてはまず、君の仕掛けたロックを解除し、患者の健康を最優先に守らねばならない。

 ただ、この事件は倫理と法の狭間にある。君の行動が正しいかどうかは、医師としては判断できないが…くだらない迷宮に巻き込まれたな」


病室の薄明かりの中、氷川颯真は伊東健太と遥を交えて対話を試みた。

 重苦しい空気が漂う中、氷川は静かに語り始めた。


「伊東さん、君のやったことは許されない。だが、健康被害はこの医師の仕事として最優先だ。

 遥さん、君の怒りも理解できる。しかし、行動には責任が伴う。患者の命を危険に晒す行為は、いかなる正義でも許されない」


 伊東はむっとした表情で反論した。


「俺は正義のためにやったわけじゃない。金のためだ。ビジネスだ。勝手に俺を裁くな」


 遥は声を震わせながら言った。


「それでも、あんたのやり方は間違ってる。人のプライバシーを踏みにじっておいて」


 氷川は両者を見据えた。


「くだらないが、これは人間のエゴの縮図だ。だからこそ医者は感情を抑え、冷静に対処しなければならない。

 さて、遠隔ロックの解除だが、協力してもらわなければ、患者の眼は取り返しのつかないことになる」


 伊東と遥は一瞬、互いに目を合わせた。やがて伊東がうなずいた。


「分かった。解除のために協力しよう」


 遥も小さく息を吐いた。


「分かった。だけど、これが最後の警告だ」


 氷川は機械を操作し、慎重に解除コードを入力する。

 数分の緊張の末、コンタクトレンズはゆっくりと眼球から外れた。


 伊東は目を閉じ、深く息をついた。


「……ありがとう。こんなこと、もう二度としない」


 氷川は微かに笑みを浮かべ、決め台詞を吐いた。


「くだらない話に見えても、命が関われば真剣勝負だ。

 さて、次の謎も待っている。ICLの俺には使えないコンタクトレンズだな」

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