表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/19

焦げた微笑み

午前四時五十六分。

名古屋総合医療センター形成外科の術後回復室に緊急の声が響いた。

若い女性患者が目を見開き、激しく涙を流していた。

「顔が…熱くて…痛いんです…」

抱きかかえられた彼女の左頬は赤黒く腫れ、皮膚は炭のように焼け焦げていた。


氷川颯真は、疲労の色が濃いながらも状況を即座に理解した。

これは通常の手術後の炎症ではない。深く異常な熱傷だ。


「形成外科の中木原先生の執刀だろう?」

看護師の声に頷きつつ、氷川は冷静に手術記録と監視カメラ映像を確認した。

しかし、映像の一部が切り取られていることに気づく。

「これは事故か、隠蔽か……」

彼は拳を静かに握り締めた。医療現場の闇が、今、目の前にあった。



左頬の焦げ跡は、痛みとともに彼女の表情を歪めていた。

回復室の静かな空気を切り裂くように、彼女のすすり泣きが響く。


氷川は再度、手術記録に目を走らせた。

手術台の詳細な記録が残されているはずだったが、映像の一部が無断でカットされていた。

「なぜだ……?」


形成外科の若きエース、中木原零士の名前が画面に映る。

彼は名医と称され、医療センターのホープだった。

しかし、その瞳には隠しきれない焦りが潜んでいる。


一方、看護師の佐藤美咲は、不倫関係にある中木原を守ろうと必死だった。

彼女は手術中に起きた事故を隠蔽しようとしていた。


氷川は淡々と証拠を集め、患者の熱傷が単なる擦り傷ではなく、電気メスの誤使用によるものだと推理する。

だが、証拠は消されている。

「記録が改ざんされている以上、直接的な証拠は掴みづらい」

彼はそう呟いた。


しかし、患者の痛みの叫びが隠された真実を物語っていた。



形成外科病棟の控室。

氷川は中木原零士と向かい合った。

若くて精悍な顔立ちの医師は、どこか神経質な影を纏っている。


「氷川先生、彼女の顔の傷は手術の範囲外のものだ。私も信じられないが、電気メスの誤操作で熱傷が起きた可能性がある」

「しかし、映像記録は途中でカットされています。なぜ隠す必要が?」

「……それは…」中木原は一瞬目を逸らした。


「実は、手術室の看護師が…」と切り出した時、廊下から看護師の佐藤美咲が駆け込んできた。


「私が悪かったんです!」彼女は震える声で告白した。

「電極パッドを一時的に剥がし、そのまま貼り忘れてしまいました。あの時は怖くて…中木原先生が守ってくれると思って」


中木原は険しい表情で看護師を見つめ、深いため息をついた。

「俺たちは間違いを隠そうとして、傷つけた彼女に二度目の傷を負わせてしまった」


氷川は静かに言った。

「隠蔽は医療の最も重い罪だ。傷ついた患者の心を思えば、なおさらだ」


佐藤は絞り出すように言った。

「私、もう看護師を続けられないかもしれません…」


中木原が肩に手を置いた。

「それでも、君には償う道がある。患者さんに正直に謝り、未来のために動くんだ」


廊下の窓から夜明けの光が差し込み、氷川の瞳を静かに照らした。

「医療は人の命と尊厳を預かる仕事だ。その責任の重さを忘れずに、次の一歩を踏み出すんだ」



病室のベッドに横たわる女子高校生、美月みづき

鏡に映る自分の顔をじっと見つめていた。

左頬はまだ赤黒く焦げている。かつての輝きを取り戻すには長い時間と手術が必要だ。


だが彼女の瞳には、諦めの色はなかった。

「失った顔も、失った笑顔も、取り戻せる」

そう、心の中で決めていた。


窓の外、朝陽が少しずつ病室を暖かく染める。

遠くで氷川颯真の声が響く。

「再建は医療の奇跡だ。でも、それを支えるのは患者の意志だ。美月さん、君は強い」


美月は小さく頷いた。

「ありがとう、先生。私、負けません」


ゆっくりと手を握り返す氷川。

「共に歩もう。次の一歩を」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ