シロクロ
地下室に苦痛の声が響いた。声の主である三十代の男は四肢を鎖で繋がれたまま、しかし倒れることもできずに脱力した。
「はーい、即席女の子かんせーい♡」
男に激痛を味わわせたのは他でもない、白髪の若い男である。彼はしゃがみこんで「断面」を見つめると、マチェットを握った手で頬杖をついては恍惚の表情を見せた。
「アンタのイチモツって一番デカいときでどんくらい? 一四センチくらい? ……答えろよ」
頬を軽く叩かれた男は、焦点の合わない目をやっとの思いで白髪男へ向けた。すでに死んだように肌の色が青ざめているが、かまわず白髪男は地下室を見回した。
「んっとねー、一四センチつったら……こんくらい?」
手にとったのは錆びついて茶色くなったレンチ。白髪男は、それを頭のほうから思いきり突き刺した。
「っ……!」
一瞬だけ目を見開いたが、それ以上にこれといった反応はない。
「死んだかぁ」
白髪男はレンチを放り投げると、暗闇に向かって声をかけた。
「ねぇクロ、チンチン切られたら死ぬ確率ってどんくらいなんだろうね?」
暗闇の中には男がいたらしい。クロと呼ばれた人物はゆっくりと目を開くとだるそうな声を出した。
「さぁな、大昔の中国人にでも聞けよ。それよりシロ、早く続きをやれ」
「急かすねぇ……まーそう焦るなよ。髪の毛ならいっぱいあるんだし」
シロと呼ばれた白髪男は、うつろな目をした男の髪の毛を一本だけ引き抜くと、それを両手で潰すように、そして螺旋のごとくくねらせると、大きく弧を描いて叩いた。蚊をつぶすような一連の動き。
しばらくして男は蘇った。
切られた局部が元通りになっている。
「あれ……?」
「ビックリしたっしょ? 死ぬかと思ったでしょ。実際死んだんだけど!」
クロ……の言うところのシロは、自らの股間を見つめてまじろぐ男に対し、子どものように笑いかけた。
「死んだ……?」
「痛かった? ねぇ、チンチン痛かった?」
困惑する男。鎖で身動きがとれないのをいいことに、シロは男の全身をぐるりと見て回る。
「じゃあ痛くないってことでぇ……もっかいチンチンちょん切りまーす!」
「ひぇっ!? ま、待ってくれ!」
「え、嫌なんだ。じゃあ、やめといてやるかぁ……」
シロはそう言うと、マチェットを床へ落とした。
硬いセメントと金属がぶつかる音が響き、男は固唾を飲む。
そしてシロは、改めて男の前に立ち、まっすぐと姿勢を正した。
「念のため聞くけど、アンタなんでこんな目に遭ってるか分かってる?」
先ほどまでヘラヘラとしていただけに、低いトーンで問いかけてきたシロ。面食らった男は口をつぐむ。
「ぐふっ!?」
「おんなじこと言わせないでね。……なんで、こんな目に、遭ってると思う?」
男は不意打ちに蹴りを受けたが、拘束のせいで腹を押さえることもうずくまることもできない。
冷や汗をかく男の耳を引っ張ると、シロは再度、しかしゆっくりと詰問する。
男は少し震えながら答えた。
「俺が、女を襲ったから……」
「はいよく言えましたー! ところでその女性と面識はあったのかなぁ?」
「な、ない……たまたまそこにいたから、車の中に……」
自白する男の頭を、うんうんと相づちを打ちながら撫でるシロ。
すると男は、やっとの思いで出したような声で逆に質問をした。
「一個聞きたいんだけど……あんたって、蘇生師のシロだろ?」
「うん、そうだよ?」
シロは当然のように答えた。
「死んだ人間、何人も生き返らせて、神とか天使とか、いろんな人から言われてるだろ?」
「おかげさまでねー」
「なのになんでこんなこと……意味わかんねぇよ! あんたいいヤツじゃないのかよ!」
「いいヤツだよ、ボクは。こんなことしてる理由は二つある。一つ、儲かるから。二つ、楽しいから。納得した?」
何の気なしに答えるシロに、男はさらに困惑する。
「評判とか世間体とか……気にしないのか? もしあんたが、こういうことするヤツだってバレたら……」
「ははは! 誰がバラすんだよ」
笑い飛ばしたシロは、ゆらりと暗がりのほうへ向かい、やがて注射器を持ってきた。
「話戻すけど、被害者のことなんだけどねー? アンタのせいで望まない命まで宿ってたらしいのね。つーわけで次の拷問はこれ!」
「それは……?」
「これはぁ……なんだっけ? なんかの動物の精液なんだけど、マジでなんだっけ……」
「豚」
「そう、豚!……らしい」
クロが答えたのを皮切りに、シロは男の下腹部にそれを注射した。
「いてっ……ひぃ?! なんでこんなことするんだよ!?」
「んー……復讐代行サービスだから? にしてもコレどうなるんだろー! 妊娠はさすがにしないだろうけど、病気にはなるんじゃない? ねぇ」
「楽しみだな」
「クロもそう思う? よーし。この調子でどんどんやってこー、おー!」
拳を突き上げて意気込むシロの後ろには、さまざまな器具を手にしたクロの姿があった。