つぎはぎ
「おい!待てよ!逃げ ――わあっ!」
いきなり対話が途切れ、茂みを割って覗き込もうとしたら、むこうから突進してきた黒いものに、すれすれを飛び越えられた。
「・・・っくしょ」落ちたままの鶏肉をそのままに、むこうへ逃げる影を追う。
速いのは当たり前だ。が、こうやってよく追いかけるいつもの猫よりも、かなり小さい。
しかも、―――。
「そっちは崖だ!!飛びおりるなよ!!」
木と木の間。
黒い影はそこを目指して走り、あっと思う間もなくそこに着く。
「っくそっ!いくなっ!!」
何の迷いもなく、その黒いからだが ――― 跳んだ。
こちらの視界から黒い影はすぐに消えたが、威嚇のような悲鳴のような鳴声が響き渡った。
ちっくしょう!落ちたか?
崖のふちにたどりつくと、ワイヤーを手にしたカーゼルが、崖の下をながめながら、それをたぐりよせている。
「手順は違ったけど、まあいっか。ちなみにアビー、おれが知らない間に『猫』ってのは、こんな生き物になったのか?」
膝をつき、崖のしたに腕をのばすと、そのワイヤーが捕まえた動物をそっとあげてみせた。
「・・・おれも、これを『猫』ってよぶのかどうかは、わからねえよ・・」
カーゼルに引き上げられて現れたのは、黒い身体にワイヤーをまきつけた猫の顔をした動物だったが、見慣れた『猫』からは、程遠いものだった。
身体の形は、どう見ても猫というよりも、中型の犬のようだし脚も太い。短い尻尾には毛がなく、鱗のように硬いものでできている。おまけに、背中にはふたつの大きさが異なる奇妙な出っ張りがあり、ひとつは骨のように白く固まった小さな瘤で、もうひとつは小骨がそのまま刺さったようにみえたが、よくみるとほんのすこし羽毛がはえている。
猫がもがいて鳴けば、その小骨のような羽も、連動して羽ばたくようなうごきをみせた。
ウオオーーーーーゴ
『猫』が、遠吠えのように、悲しげな声をあげる。
この猫を『こいつ』とさげすんだように呼び、たとえ死んで見つかっても、しっかりと回収を要請した男の顔が浮かんだ。
「―― この猫、まるで覚悟した人間みてえに、川を見下ろしながら、とんだぜ」
カーゼルがワイヤーでずるむけた猫の傷を見ながら薄く笑う。
「おまえ、辛いよな?生きるの苦しいか? おまえが生まれた研究にかかわったタイチっていう男も、そういう状況だったけど、最後まで生きるのは放棄しなかったぜ。な?アビー?」
抱いている手を、おもいきり噛まれながら猫にかたりかける男は、思いのほか、優しい人間なのかもしれない。
―――――
「『キメラ』って知ってるか?」
「・・さあ・・」
「おれもよく知らねえ」
なんだよと呆れて煙を吐けば、「要は、つぎはぎだ」と寝転んだカーゼルが起き上がった。
「地球暦のころ、想像上の動物だったのを、本当に作ったりしてたらしい。それを、動物愛好家の男が、欲しいと思った。で、そういう実験をしている一人の男に声をかけたわけだ」
―――いくつかの動物を、あわせた、ありえない、動物。
「だが、こりゃあ、人間の元をいじる実験と同じだ」
「じゃあ、地球暦のころも、すぐに禁止されたんじゃないのか?」
そんな、生物の元をいじるような、おかしな実験。
「されたと思うか? ――人間は、思い通りのものを創り出すのが、大好きだろ?」
「・・・・・」
「その肉とってくれ」
芝にブランケットを敷き、上にはたくさんの食べ物がおいてある。
この様式で外で食事をたのしむのを『ピクニック』というのだと、おれたちを実家に呼んだ同居人で他人のアリスが言った。
同じく同居人で他人のフレッドは、こういうのが大好きだと言う。
おれはおくればせながら、休暇を改めて取り、同居人であるアリスの実家にやってきた。
天気はいい。
庭は、見渡せないほど、広い。
アリスの実家の建物は、『城』とよばれるほど、広くてばかでかい。
そこへ、なぜか、カーゼルやジャックがやってきていた。
「 ―― フレッドが、うちに、あの猫を見舞いに来た」
肉にかじりついた男が、むこうでジャックとボール遊びをする子どもを指す。
「知ってる。おれとラナディの話を聞いてたらしい。立ち聞きするなんて、おまえも男になったもんだって褒めてやった」
「・・・ふうん・・・。なあ、アビー・・・『家族』って、いいもんか?」
くわえた煙草を落としそうになる。
「あの子、猫に、・・よかったらうちに来ないかって、誘ってたぜ。 ―― うちのアビーなら、おまえのことも自分みたいに引き取って、『家族』になってくれるって」
そりゃ初耳だと、くわえなおしたそれを深く吸う。
「で?さっきのこたえは?」
りんごを見つけてかじりだした男が、しつこく聞く。
しかたないので、こたえをだす。
「 ・・・おれのところは、それこそぶかっこうな『つぎはぎ』だ。―― ガキの頃、教えこまれて夢見て想像してた『家族』なんて、ぶち壊しなほど、面倒で、うるさくて、わずらわしいうえに、こうやって場所がかわっても、いっしょについてきて、 ―――」
ふうううっと、溜め込んだものを吐いた。フレッドの笑い声がむこうから響く。
「―― ま。この先も、・・・きっと、このぶかっこうなままだ」
「・・そりゃ、おもしろそうだ」
りんごをかじりとって、カーゼルが笑う。
アビー!ボール取って!とフレッドが叫んでいる。
ころがってきた青いそれをうけとめ、地球ってこういう色らしいぜ、とカーゼルが立ち上がり、ばかみたいに高く高く、それを投げあげた。
―― 猫が家族になるのかは、まだわからない。
目をとめてくださったかた、ありがとうございました!