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助っ人


 逃げ出したペットは大抵、居住区域か、上階級の保養地である森林区域へゆき、そのまま政府の管轄範囲外の『外』へ出てしまう。

 『外』へ出るのは、政府からの許可が必要で面倒なのだが、今回はその許可といっしょに、頼んでもいない、『助っ人』が来た。  ―― こちらのほうが面倒だ。



「おお!懐かしい匂いがするなあ」

 『助っ人』は、ひどく嬉しそうに後をついてくる。

 他の役人と同じ制服、制帽だ。

 警務課の制服は動きやすい形とはいえ、どうしてこう、だらしなく見えるのか・・・。


「本当にラナディと同じもの着てるようには見えねえなあ」

 性格にしてもそうだ。このおっさんとラナディで、どうやって会話が成り立っているのか不思議だが、まあよけいなお世話ってやつか。

 ラナディの名を出すと、『助っ人』のおっさん、カーゼルはうれしそうにわらい、着込んでる年数がちがうんだよ、と胸をたたいてみせた。

「なあ坊や。それで、その、猫はどのへんに住んでるんだよ?」


「・・なあ、カーゼル。おれの歳、知ってるか?」

 このおっさんにかかれば、フレッドとおれはおなじくくりにされる。


「知るかよ。自分の歳だってよく知らねえんだ」


「・・・・」なんで、この人が来たかというと、この、警務課の元、出世頭は、ある日いきなり、役人をやめて、『外』へ出てゆき、少し前に戻ってきて、また、政府に勤めているからだ。

 きっと、『連れていけば役に立つだろう』ということで、許可証といっしょにラナディに《発行》されたんだろう。許可証の紙を持って「よおし!いくぞ」と事務所に現れたのだから・・。


 だが、道のないうっそうとした緑の中をゆきながら、大振りのナイフで蔦をぶった切った男は否定した。

「ラナディが持ってた書類の中におまえの名前があったから、抜き出して見た。そしたらおもしろそうだったから、おれが自分で許可証を発行した」


「・・・あんた、ほんとにラナディの上司やってんのか?あと、いっしょに暮らしてるってほんとうか?」


「ああ。どっちもほんとだ。おれのほうが、あいつより当然えらい。あいつのいくつ上だと思ってんだ?あれ、いくつだったかな・・・・まあ、いいや。こっちの先でいいんだな?」ナイフを持ち直し、蔦へ刃を叩き込んだ。

 カーゼルの戻ってからの勤め先は、本当は警務課ではないのだが、本人の希望とか、周りの要請とか、特異な立ち位置とかの事情から、警務課の制服を着続けているらしい。

 ラナディとは、色々あるらしいが、あえて聞かないことにしておく。


 誰だって、放っておいてほしい事実とか、確認してほしくない事柄なんて、持ち合わせてるだろう?






 もう、かなり歩いた。

 蔦が行き先を拒んだ低い木立は終わり、上へとのびた細い木々が生える薄暗い山の中にきていた。枯れ始めた葉が足元の柔らかい土の上におち、キノコらしいものがあちこちに生えている。

 気温はそれほど暖かくはない。これから、もっと寒い時期へと移ってゆく。

 空を飛ぶ乗り物があった時代に訪れることのできたもっと南にある場所は、サウナのように熱いのだと、物知りなおれの知り合いが言っていた。


 うそ臭いこの話をすれば、カーゼルが本当だと頷いた。今おれたちが暮らす陸は、はるかむこうで北から南まで細長く続き、そういう場所もたしかにあったと、日に焼けた男は平然と言う。

「どんな場所でも、そこには生き物がいる。おれたち人間より、よっぽど逞しく、賢く、潔く生きてる。すげえぜ。アビー。この星は、生命であふれてるってのを、実感できる。――人間なんて、ほんとちょびっと、頭がでかくなっちまっただけで、この星を理解した気になったのが間違いだ。この地球がおれたち人間を淘汰しようとしても、おれは驚かない。 ――なあアビー、・・・タイチは、ようやく墓に入れて、よかったな」


「―――」微笑んだ顔をむけられ、思わず見返した顔が険しくなった。


「にらむなよ、坊や。なにも、彼が淘汰されたなんて言ってない。タイチには、おめでとうって言ってやってもいいくらいだ。彼は、働きすぎだ。――だから、後に残したものも大きい。おれはラナディと違って頭は使えねえが、勘は働くんだよ。この仕事、しっかり片付けないとまずいだろ」


「ラナディから、何か聞いてるのか?」


「いや。聞いてねえけど、政府の研究所から動物が逃げたって報告はない。問題の男は研究所のほかに工業地区のはずれに倉庫を借りている。中には、研究所並みの施設があった。資金は上級の物好きから出てる。この上級、かなりの動物好きで有名だ。政府の『種族保存課』に協力して、保存のために捕獲してきた動物の一時預かりもしてる。――ただし、見返りに、預かった内の遠方に住む動物は、元の場所に返さずに、そのまま飼っていいことになってる。まあ、それを増やして売ってるとかの行為もないから、政府も特別許可ってかたちにしてるらしい。手元において、みて、可愛がるだけの愛好家ならば、よし、っていうことなんだろうな」


「その愛好家が、研究員に、特別施設提供?」


「倉庫内には、その手の特別な動物はいなかった。そのかわり、そのへんですぐ手に入る動物達はかなりの種類がいたな。で、機械類は、すべてぶっこわれてた」


「・・・あんた、意外とちゃんと仕事すんだな・・」

「気がむけばな」


 余裕の笑みを浮かべた男が、ふいに指を立てて止まるよう指示をだす。

「・・・聞こえたか?」

 むこうにある、常緑樹を眼でさした。


「いや」動物の声らしきものは聞こえない。

「麻酔銃は?」

「んなもんねえ」

 どうやらあそこから、緑の木々が低く茂る場所になっているようだ。


「持ってねえ? ・・・どうやって、捕まえるんだ?」

 子どものように、カーゼルが質問してきた。

「餌と、対話」

「・・・ふうん・・・」

 笑うか馬鹿にするだろうと思ったのに、カーゼルはへんな顔をすると、あっちだなと下った斜面をさす。

「あそこの木と木の間。まっすぐ下ればむこうは崖だ。その下は川。その、崖上に追い込んで、おまえが説得しろ」

 なんで、こんなところの地形を知ってるのか不思議だが、聞かずにおく。


 ゆっくりといきをととのえ、いつものように、写真を取り出し、捜す対象と同化しながら近付く。

 





   ―――みどり色の葉。

 

 うっそうとしたみどり。安全な場所だと思っていたのに、人間の匂いがしてきた。

  



「なわばりに入っちまってわるいが、しょうがねえ」




 足音もする。

 近付く。  ――こわい。



「こわがるなよ。おれは、危害は加えない」



 人間は、ひどいことをする。



「虐待されてたか?――おれはしない」



 人間は、こわい。



「じゃあ、ちょっと待つさ。そのかわり、もう逃げんなよ」



 人間が止まった。 ――もっとこわい。



「なんだよ?じゃあ、どうする?とにかくまあ・・・出てこいよ」



 ・・・出たら、つかまる。



「捕まえても、痛いこととか、しねえって」



 つかまったら、だめだ。



「平気だ。ほんと。・・・おまえ、・・ちゃんと、何か食ったか?」



 ・・・水をのんだ。



「・・・おれの・・家族、がさ、おまえに、これをやってくれって・・」



 ――いいにおいがする。



「フレッドっていう男の子なんだが、おまえのために鶏肉と格闘してたぜ」



 ぽん、と、白いものが樹の足元に投げ込まれた。



 ――食べ物だ。



「そう。何もおかしなもんは入ってねえよ」



 食べたい。 食べたくない。 食べたい。 食べない。



「どうした?腹減ってんだろ?」



 食べ ―――。人が、来る!!






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