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役人


 もぐもぐとチョコ菓子を口に押し込むと、独り言のようにつけくわえた。

「 おれ、《西の街》に来たこともないくせに、ああいう態度示すヒトって、好きになれないなあ?」

 ぽきぽきと指を鳴らして肩をまわすこの男は、笑顔でヒトを叩きのめす人種だ。

 にやつきながら、依頼人が残した契約書の署名と連絡先を確認している。


 おれはこうみえて平和主義者だ。こいつの興味を他へ振りたかった。

「なあ、ジャック、おまえが食ってるのは、フレッドが大事にしまっておいたチョコだぞ」


「え?ほんと?やばい・・・そっか。アビー、休暇にフレッドと何か約束してたんだ?」


「約束?べつにしてねえ」


 ジャックが、珍しいものを見る目をむけやがった。目をあわせていられず、煙草をとりだして口にくわえる。


 へえ、と、おかしな声をだし、「代わりの菓子は買ってくるよ」と残りのコーヒーをのみほした男が、いい笑顔をむけてきた。

「報酬はアビーが取っていいよ」


「・・なんだよ。気味悪りいなあ」

 こいつがこんなに気前いいなんて、今までにないことだ。

 煙草をくわえ、マッチをさがすこちらをながめるそのまなざしに、同情的なものがちらりとよぎる。


「あんな金額を払うほうが、よっぽど気味悪いと思うよ。それに ――」


 がちゃり。と、なんの気配もなかったのにドアが開いた。


「・・どうやら、オマケ付きみたいだしね」




「そのオマケとは、ぼくのことかね?」

 ドアを開けて現れたのは、顔見知りの役人だ。

 見慣れた制帽と制服。顔だけみれば役人になりたてのガキみたいだが、『警務課――特別警戒班』所属のっていうのは笑える。


 あれ?こいつが来たってことは、「おい・・・まさか今の男・・」火もつけていない煙草を噛みそうになる。


 役人は表情のあまりない顔をこちらにむける。

「警戒対象だ。あの男は、政府の『特別階級対策研究所』の所員で、行動監視下におかれている。いいかアビー、これはぼくからの依頼だ。―― あの男の依頼を受けたまえ」







 ここは地球。

 時はいま、『宇宙暦』で表されている。地球暦はもうとっくに終わった。

 『特別』なやつらが、火星に行っちまってからな。

 いま地球にいる人類は、ひとつの大陸に身を寄せ合うように暮らしている。

 細かく言えば、東西南北に区分けされ、『政府』に管理されているんだが、その中の西の端は、『特別区域』で、政府の干渉を受けない『西の街』として存在する。

 おれが暮らすのは、東にある商業区域。本来人が住む場所じゃねえから、夜九時すぎれば、電力の供給も止まる。不便?まあ、慣れてるから問題ねえけど。


 その、家を兼ねた事務所でおれは、『いなくなったあなたのかわいいペット捜します』っていう、動物捜索請負の仕事をしてるわけだ。『かわいいペット』っていったって、地球暦の頃とは、動物の仕様がちょっと違うんだぜ。


 イヌは手の平にのる大きさから、立てばおれよりでかいのまで。ネコはだいたい二メートル前後の大きさで、ほとんどヒョウとか山猫とかの動きと速さだ。トリ?ああ、鳥は一番難しい。ほとんどが、何千、何万羽の群れでいるから、そこに紛れ込まれたらおわりだな。サルは頭もいいし、動きも早いが、他の動物とちがって野生に戻れない。ほとんどが、自分から戻ってくるのは、考えた末の結果だろう。ウサギ?ああ、あの三メートル級なんてざらの、草食動物か・・・。


 そういうのを、どうやって捜すか?まあ、企業秘密なんてもんじゃねえけど。


        ――― みえるんだよ。おれには ――――

      

 たとえば、ここにその動物の写真がある。大抵のペットは、飼い主を見てるから、目玉もこっちをむく。 ―― おれは、その写真に写る、その、目玉をみる。そうすれば、みえる。 ―― その、目玉が何をみてきたのか、いまなにをみているのかが、こっちの頭の中に、流れ込んでくる。


 笑えるだろ?本人だって、何回やっても、笑えるからしかたねえさ。


 負担は大。  心拍数、呼吸、感情、目玉の奥。 ――大荒れ。

 それでも、その動物が今いる場所が最後に見えるから、すぐ捕まえに、出る。

 だから、仕事は早い。  が、正直、 あんまり数は、こなしたくない。


 中には、飼い主にひどい虐待受けて逃げ出したなんていう動物もいるから、そういうのを見たときは、最悪だ。

 すぐに、政府の『生活厚生課』に通報する。捕獲したペットを引き取りにきた飼い主も、動物も、そのまま政府の役人へと引き渡す。こういうのをやった後は、しばらく仕事を休むことにしている。

 見かけによらず、こんなおっさんでもデリケートなんだよ。


 まあ、今回の休暇は、そういうんじゃなくて、同居してる他人二人のうちの一人が、自分の実家に遊びにこないかと提案してきたので、ちょっと、のってみただけで・・・。

 






「アビー、休暇を取るらしいが、残念だがのばしてくれ」

 制服を着たラナディは、役人の象徴でもあるその制帽を取り、ジャックからカップを受け取った。


「誰に聞いたんだよ?」


 質問に、ごまかすように薄く笑ったあと、役人の顔に戻し話しはじめた。

「一年ほど前から、あの男が、勝手に何かの実験を始めているらしいと告発があった」

 本来、なまえの通り、『特別階級』の人間のための研究機関であるそこで、依頼人であるあの男が問題になっているのだと、役人はお茶を飲む。


 思えば、この役人と知り合うきっかけになったのも、その、『特別階級』だったおれの兄弟、タイチのせいだ。――ちょっと前、先に、墓の下へはいっちまったけど。

「なるほどね。それで『白衣』なんだ。でも、これ聞いたら、タイチきっと怒るよ。あの研究機関は、これからも、過去と未来をつなぐため、ずっと必要だろうって、大切な機関だって、・・いつも言ってたしさ」

 タイチを愛していたジャックは、やつの代理で腹を立てている。

 タイチに対するこいつのそれはきっと、こいつの人生で一度だけの純愛だろうけど、それをちゃんと聞いてみたことはないし、この先も、きっと聞くことはない。

 煙を吐きながら墓の下の兄弟へにやけてみせ、このところうちとけてきた役人を見た。


「で?何の実験を?」

「 ―― それは言えない」

「・・・おまえ、変なところで役人抜けないよなあ」

「ぼくは役人だ。それに今は仕事中だし、こうして話しているのだって、役人として君に協力を求めているからだよ」

 えらそうにお茶を飲む姿勢は、そうは見えない。が、まあいいとしよう。


「じゃあ質問を変える。依頼されたこの猫さがしが、あの男を監視するおまえの目的と合うんだとしたら、この猫じたいが、『勝手にやってる研究』と関係あるってことだよなあ?」

「・・そうだな」

 いいところに気付いたな、というような顔をむけられる。


 ・・・ものすごく・・・嫌な感じがする。


「報酬は、そのまま受け取るといい。正当な金だ。 ――だが・・」

 めずらしく言いよどむようにして、奥のドアへ目をやった。

「フレッドには・・・悪いことをした。休暇を、楽しみにしてただろう?」

 役人としてではなく、ラナディは謝った。


「・・おい、・・まさか・・」


「タイチが大事にしていた研究機関の存続にかかわるんだ。いち早く、解決できる方法を選ぶのは、しかたがないことだ。ぼくが知っている中で、一番仕事が速いのは、君だからな。――ちょっとだけ、ここに来るように手をまわさせてもらった」


「・・・おまえ、・・やっぱり役人だわ」


「知ってるさ」

 お茶を飲む役人とジャックが眼を交わし、揃ってこちらへ微笑みかけてきて、はめられたことを、ようやく理解した。







     ――― ※※ ―――



  ―――走っている。


 ここは、ああそうか。

 この景色は、南だ。

 高級で大きな住宅。

 上級の居住区か。  人の気配。  隠れる。  ――不安。こわい。

 また走る。  あたりが暗いほうがいい。

 地下鉄の入り口だ。   ああ、たくさんの人の匂い。 こわい。

 人の匂いがしないほうへ。

 暗いほうへ。

   ぎゃあ!!

 人に、ぶつかりそうになった。

  こわい   こわい   逃げる  逃げる   暗いほうへ ――。

 

 

 

      ――― ※※ ―――





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