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依頼人

みじかいはなし。短編にあげようとおもったのですが、なおしながら分割であげます。そのあと、短編の『なにが悲しいって』と同じようにそっと置く予定。。。




 「こいつをさがしてくれ」


 むかいのソファに腰を下ろし、落ち着かない両手を、合わせたり握ったり顔を触ったり。

 かさついた皮膚の色が悪く、落ち窪んだ目だけが、異様にぎらついている男だ。

 まるで、挑むように目をむけ、口を開きかけたこちらに言葉をかぶせる。

「千、払おう」


「・・・なんだって?」


 その反応を観察するように、じっくりと見てから男は続ける。


「金は前払いする。そのかわり、あんたの命をかけて探し出してくれ。『みつからなかった』っていうのは、なしだ」



 あんた、頭がおかしいんだろう?と言う前に、同じくらい頭のおかしい男の声が後ろから響いた。


「オーケイ。前払いで千五百だ。必ず探し出すよ。 そのかわり、死んでいてもいいんだろ?」


 おまえは黙ってろという意味をこめて振り向こうとしたら、肩をつかまれ、ソファのせもたれに押しこまれて動けない。

 むかいの《依頼人》は視線をあげ、確認した。

「・・・死んでいたら、いや、どちらにしても死骸はしっかり回収してくれるんだろうな?」


「そりゃ、責任もって」背後のジャックの軽い返答に、おまえが回収するんじゃねえだろが、という意味をこめて、どうにか下からにらみあげてやる。

「まあ、アビーいいじゃん。いつもの仕事と同じだろ?」

 ようやくはなしたこちらの肩を軽くたたくと、キッチンへコーヒーをとりにゆく。

 そりゃそうだがと思っても口にはださず、依頼人がテーブルに置いた写真を手に取った。


「・・・おい、ちょっと待てよ。これじゃあ、からだの色がわからねえじゃねえか」

 写っているのは、猫の顔の一部だった。


 むかいに座る男が、落ち着かなく腰を浮かすように「目だけ見えればいいときいたぞ」と気に障ったような声で聞く。

 確かにこの『A・A・アビー動物捜索請負所』を頼る人間には、〈 探し出す対象の、目が写っている写真をご持参ください 〉と、お願いしている。


  が、それは必要最低条件だ。



 手に取った写真には、依頼人がさがしてくれといった動物の、金茶の眼と黒い鼻の部分しかうつっていない。顔の毛は黒だが・・・。

「他の体の色がわからねえだろ?毛色は、固体を識別する、大事な要素だ」


「黒だ。全体、黒一色だよ」

 早口に、やはり怒ったように男がこたえる。


「そうか。黒猫ちゃんだ?」いつのまにかカップ片手にもどったジャックが、ソファの後ろから写真をうばい、かわいいねえ、とからかうように依頼人を見下ろした。

「こんなアップで写真撮るなんて・・・なんていうか・・・あんた、独身?それとも、黒猫ちゃんは、彼女の飼ってる猫?」


「さがすことに、関係あるのか?」


「 ―― いや。あんた、気前がいいお客様だから、今度うちの店にも来て欲しいなあ?って思っただけ。おれねえ、《西の街》でかわいい女を紹介する店やってんだ」よかったら今度来てよ、と営業する男へ、相手はさも馬鹿にした顔をつくり、遠慮する、と断言した。

 ジャックは、そお?残念、と笑って軽くながす。  さすが、こういうところはプロだ。



「さがしだすまでに、だいたい何時間かかる? あんたのところは、早いって聞いたから来たんだ」


 日数ではなく、時間で確認してくる態度が気に入らない。

「―― 猫、だろ?そうだな。『だいたい』、一ヶ月ぐらいか」


「一ヶ月!?冗談じゃない!」


「最速で二週間。ただし、もう五百増しになるよ」

 ジャックのすました声が背後から断言したが、抗議の目をむける気にもならない。おまえはいつからおれの代理人になったんだ?



「 ―― わかった。合計で、二千。前払いしよう。 ただし、さっきも言ったとおり、『みつからなかった』は、通用しない。わかったな?」

 指を立ててしっかり念押しすると、こちらが出した契約書に目をおとし、ペンを取った。


「・・・あんた、白衣が似合いそうだな」

「・・・・・・」

 署名が、おかしなぐあいで止まる。

「ずいぶん日に焼けてないようだから、内勤者だろう?」ぎらつく眼に負け、言い訳のように聞けば、あいてのその眼がそれた。

「あんたこそ。しかもこの暗い室内で色眼鏡とは、よほど光が嫌いなんだろ?」

「・・まあ。夜行性なもんでね」

 このこたえにやはり馬鹿にした視線をよこすと、最後までペンを走らせ、そのまま何も言わずに、ただ、こちらをにらんで出ていった。

 出してやったコーヒーにさえ、手をつけていない。




「 ―― さて、アビー」

 どすん、と男が去ったむかいのソファに、猫の写真をつまんだままジャックが座り、残され冷めたカップの横に、それをはじき置く。

「『こいつ』をさがしてほしいって言ってるわりには、呼び方にも態度にも、猫ちゃんにたいする愛情がなかったよねえ?」

「調子にのりやがって、二千だあ?おまえ、それを右から左に流せっていうんだろ?」

「まさか!それより、・・ほんとに、二千出すとはねえ・・・」

「てめえ、・・まさかここで、おれだけに丸投げしようとしてねえだろうなあ?あん?さっきの独身うんぬんはいったいなんだ?」


 ああ、とカップに口をつけたジャックは、いきなり腹が減ったなあ、と立ち上がった。

「 ほら、独身で、猫を恋人みたいにかわいがる人は女でも男でもいるけどさあ。おれが知ってるそういう人たちって、みんな、一匹だけじゃないんだよねえ。飼ってるの」

 台所へ続く奥の部屋へ消えながらの説明。


「ほお。それで?」

「いきなりあの金額だよ?溺愛しているか、溺愛してる人が飼ってるか。―― とにかく、必死でさがしたいってことでしょ?なのに、あの口調。 愛はどこにもみえなかったよ。しかも、猫のにおいじゃなくて、消毒液みたいなにおいさせてるし。黒い服には猫の毛一本もついてなかった。 断言するよ。あの男は、猫好きじゃない。だとしたら、恋人に頼まれて来たか?でも、それで二千出すって、ちょっとイカレた恋愛かもね」

 台所から探し出したチョコレート菓子をくわえてもどった男は、ソファにまたどすりと腰をおとすとテーブルの猫の写真を足の指でつまみあげた。


「 ねえ、アビー、猫が嫌いな男が、その猫に馬鹿みたいに金をかけてさがしだしたい理由って、なにかねえ?」


「知るか。知りたいとも思ねえし、おれはこれから休暇にはいる予定だ。なのに、勝手に話すすめやがって。いいか?居場所だけ、おれがさがしだしてやる。後は、現地に行っておまえが捕獲してこいよ」


「ま。やってもいいけど、おれは生きたまま捕まえられる自信はないよ。 あ、いいのか。死んでてもいいって」


「ちょっと待て」

 その、ものすごく楽しそうなジャックの顔は、あきらかに、わざと、生きていない状態にしようとしていることを示している。






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