令和版『三国志』 ~将軍たちの悩み~ 【短編完結】
時代は令和になり、人々の考え方も大きく変わってきました。働き方改革、SDGs、ジェンダーフリーなど、昭和世代、平成世代にはなかったものが増え、世代によってわだかまりも多そうです。
もしも、三国志の時代に令和のような考え方があったら、いったいどうなっていたでしょうか。
思い付きで書いたコメディです。笑って許して広い心でお読みください。
建安25年(219年)、劉備玄徳は成都の地においてため息を吐いていた。先年、漢中地域を手中に収め、軍師である諸葛亮孔明の進言により、功績のあった5人の武将を『五虎大将軍』に任じた。先日、長年の宿敵であった魏の曹操孟徳が病死したばかりで、いよいよ反攻に出ようかと考えていた矢先だった。その将軍たちから軍務がうまくいかないという相談があったのだ。
「わが君、ため息など吐かれていかがなされたか。」
「おお、孔明。将軍たちから軍務について報告があったんじゃが・・・。」
劉備はそう言いかけてため息を吐いた。どうやら主君の悩みは思っていたように重いもののようだ。孔明は劉備を主城の上座に案内すると、茶を煎じてまずは落ち着かせようとした。
「わが君、私がわが君にお仕えするようになって久しくなります。ですが、そのように悲しいお顔を見るのは奥方を亡くした時以来の事でありましょう。いったい何があったと言うのです?」
「そうじゃな。私にはもう今の若者の気持ちなどわからなくなってしまったかのようじゃ。」
劉備はそれぞれから受けた相談を話すことにした。
①右将軍・張飛翼徳の悩み
その日、厳しい調練を終えた張飛は、新たに徴兵した新兵たちが伸び悩んでいることを考えていた。今は、魏呉蜀がギリギリの均衡を保っているが、いつまた大戦になるかわからない。その為、少しでも早く新兵には一人前になってもらわなければならなかった。
「よし。苦楽を共にしてこそ兵たちも命を懸けて働けるというものであろう。今日は皆で酒でも飲みながら、これからの蜀について語るとしようか。」
張飛は配下に酒を用意するように命じると、新兵たちを酒宴に招いた。しかし、酒宴会場にはわずかな人数の新兵しか来ておらず、
「おい。これだけしか来ていないのか。今夜は酒宴だと通達したであろう。」
目の前にいた新兵に声をかけると、張飛が思ってもいなかったような返事が返ってきた。
「はい。全員に声を掛けました。しかし、酒宴は軍務とは別の為、参加しないという者が多く、集まったのはこれだけにございます。」
「な、なにぃ?」
軍務以外では給金は出ないと、多くの新兵たちが不参加を決め込んだのであった。
「将軍、酒の飲めぬ若者も多いと聞きます。まずは、集まった新兵たちで始めるとしましょう。」
「う、うむ。しかしな。」
「我らの時代とは違って、誰しも酒を飲むような時代ではなくなったのです。」
「そうか。仕方あるまい。始めるとしようか。」
釈然としないながらも、張飛は上座に座ると酒宴の開宴を宣言した。張飛たちの世代の考えとして、酒は交流手段の一つであった。しかし、今の若者たちはそうではないらしい。せっかく新兵たちを労おうと主催した酒宴にもかかわらず参加者が少ないことに、張飛は酒が進むにつれてイライラしてきた。
「おう! お前らしっかり飲んでるか?」
しかし、見ると新兵たちの酒はほとんど減っていなかった。
「はっ! お前ら全然飲んでねぇじゃないか。そんなチビチビ飲んでんなにが楽しいんだ?」
「将軍、私たちは楽しく飲んでおります。」
「笑わせるな。どいつもこいつもほろ酔いにもなっていないではないか。ほれ、どんどん飲め!」
そう言って張飛は自ら酒を注いで回った。しかし、新兵たちは頭を下げてうやうやしく杯に受けるものの、あまり口をつけようとはしなかった。鈍感な張飛にも新兵たちがどこかよそよそしいことなのがわかってきたのだ。
「おまえら! なぜ飲まない!! 俺の酒が飲めないってのか?」
張飛はとうとうしびれを切らして、大きな声を上げてしまった。しかし新兵はなぜか不思議そうな顔をして張飛に答えた。
「将軍がなぜお怒りになっているのかはわかりませぬが、飲めぬ酒を無理に進めるのはアルハラになる故、お止めくださいませ。」
「あ、あるはらぁ?」
「さようでございます。それに、今宵の酒宴は給金が出るわけCでもなく、我らとて明日に備えてできればもう休みたいのです。しかし、将軍のせっかくのお誘いを無碍にするのは礼を失すると思い参加したまででございます。
「ぐぬぬ。」
けっきょく、ほとんど盛り上がることも、酒が進むこともなく、小一時間ほどで宴会はお開きとなった。張飛は翌朝、劉備に酒宴のことを嘆いた。
「義兄上。今の若い奴らの考えが全くわからねぇよ。俺たちの若い時はよぉ。きつい調練やつらい戦のあとだって、酒を飲めばいつも元気になったっていうのによぉ。今時の若い奴らの考えていることは理解できねぇよ。」
劉備は世代が違えば考えも変わるから、じっくり付き合っていけと激励して張飛を軍務に戻らせたのだった。
孔明はその話を聞き、劉備に説明をした。
「なるほど。それはアルハラ、すなわち『アルコールハラスメント』というものにございますな。」
「あるはら、とな?」
「さようです。今は無理に酒を強要すること自体が禁忌とされる風潮がございます。張将軍は酒での交流を得意とする男。苦労されるやもしれませぬな。酒で身を滅ぼさなければよいが・・・。」
この後、酒に酔った張飛が乱暴を働いたことがきっかけで、酒宴後に部下に裏切られて命を落とすことになるのだが、それは後々のお話である。
②後将軍・黄忠漢升の悩み
黄忠はもともと長沙の韓玄に仕えていた。韓玄の死後、劉備に請われて降り、数々の功績を立てて五虎大将軍に任命された。これまでの経験を活かして兵たちには厳しい調練を行っていたが、今一つ成果が上がらない。今日は主だった若い幹部候補を集めて話をしていた。今でいう座学研修である。
「わしは自ら劉備様に願い出て先鋒を任された。同郷の魏延と共に蜀に攻め入り、ここで敵将を討ち、城や砦を奪うこと30余。劉備様が蜀を収めるようになってすぐに魏軍が攻めてきてな。これを定軍山で迎え撃ったのじゃ。その時わしは、敵将の夏侯淵と一騎討ちを行い、これに勝利したのじゃ。そう言った功績もあり、今のわしがある。」
しかし、そこまで話した時に、兵士たちが上の空であることに気が付いた。
「なにを呆けておるか! しっかり話を聞けぃ! おぬしたちの為にやっている講義であろう。」
「しかし、老将軍。将軍が今までご立派な功績をあげて今の立場になられたことは存じておりますが、我らにどうしろと申されるのでしょうか。」
この言葉には、黄忠も面食らってしまった。
「武功を立て、出世をする。その為には、わしやほかの将軍たちのように、何をやって成功したのかを知っておくほうがよかろう。」
「いや。私は出世を望んでいません。ほどほどに戦って、ほどほどに給金をいただければそれで十分でございます。」
「な、なに?」
「それに、老将軍のお話は、昔の栄光ばかりで現在には役に立つとは思えませぬ。」
「な、なんじゃと!!」
黄忠は怒りのあまりにこぶしを握り締めた。慌てて側近たちがなだめに入る。
「老将軍、落ち着いてくださいませ。若者のたわごとにございます。」
「なめ腐った若僧め! これだから最近の若い者はダメなのじゃ。」
そういうと、先ほどの兵士が吐き捨てるように言った。
「ちっ。思い通りにいかなければすぐにキレる。これじゃ老害じゃないか。」
「ろ、ロウガイ?」
けっきょく、講義はそこまでとなり、幹部候補の兵士たちは兵舎へ引き上げていった。黄忠はせっかく若者たちの力になりたいと話していたことだったのだが、どうやら受け入れてもらえなかったようだ。
黄忠は思い悩んで劉備のもとを訪ねて、この件を報告した。
「それがしには、若者の考えていることがとんとわかり申さぬ。」
劉備は、黄忠の経験は必ず若者たちの手本になると慰め、黄忠を陣へ戻らせた。
孔明はその話を聞き、なぜそうなったのか理解したように何度もうなずいていた。
「のう孔明。兵の言った『ロウガイ』とはいったいなんなのじゃ?」
「『老害』とは、老将軍のように、年齢を重ねた立場のあるものが、自分の意見を押し通そうとしたり、それができないとすぐに怒りだしてしまったり、周りのことを考えずに傍若無人にふるまう老人のことを言います。」
「しかし、老将軍は自分の経験を兵たちに教えていただけではないか。」
「わが君、その考え方がすでに片足を踏み入れ始めておりまする。お気をつけくださいませ。」
「ふむう。」
「しかし、老将軍が意固地になって無茶をしなければよい物ですが・・・。」
この後、黄忠は若い将軍たちが活躍する姿を見せつけられ、自分もまだまだやれると、果敢にも寡兵で敵陣に挑み、一定の成果を上げるも、その時の傷が原因で亡くなることになるのだが、それはまた別のお話である。
③前将軍・関羽雲長の悩み
関羽は劉備が蜀を平定後、荊州の守りの為に軍を率いていた。北には魏、そして南東には呉と、2つの大国に挟まれているのが荊州だった。荊州が落ちれば、蜀は窮地に立たされる。義兄である劉備がこの先も大国の君主として君臨するには、荊州は絶対に守り切らなければならない重要地域であった。
当然、そのために兵士たちの調練も蜀で一番厳しいものとなった。日夜、関羽は兵士たちを厳しく鍛えた。それは昼間だけではない。夜間にも実戦を想定した調練は行われ、あまりの厳しさにけが人のほか、死者まで出るような壮絶さだった。
しかし、今一兵士たちの士気は上がらない。関羽はある日の調練後、兵士たちを集合させて訓示を行った。
「貴様たちには最高の武具を与え、最高の環境で訓練をしているが、いまだに屈強の精兵とは言えぬ。このままでは魏や呉に立ち向かうには心もとない。」
「関将軍、いかに調練が大事でも、これほど厳しいことを続けていては兵たちも休まらずに倒れてしまいます。」
関羽の言葉を遮るように兵士の一人が口を開いた。関羽はムッとして答えた。
「誰が口をきいてよいと言った。荊州兵は蜀皇帝より預かりし戦力、そしてここの将は私だ。私の言うことは絶対であろう。」
「関将軍、それはあまりに酷うございます。兵たちを休ませてください。」
「黙れバカ者ども! そのような軟弱な考え方で荊州が守れようか!!」
関羽が一喝したとき、兵たちの間からざわざわと声が上がった。
「いくらなんでも無茶苦茶だよな。」
「ああ、あれじゃパワハラだよ。」
聞きなれない言葉に、関羽は、
「ぱわはら、とな?」
そう言ってそれが何なのか考えた。すると、再び兵たちから声が上がった。
「パワハラも知らないのかよ。それでよく五虎大将軍が名乗れるよな。」
「ああ、今時パワハラなんて流行らないよな。」
口々に不平不満をする兵士たちを前に、関羽はとうとう休みを与えることを決めるのであった。荊州を空けられない関羽は、この時のことを劉備に書面で報告した。
『義兄上、兵士たちの士気上がらず、成す術がない。私はどうすればよいものか。』
劉備は兵たちに休みを与えながら、引き続き魏と呉に備えるよう何とか対応してほしいと返信を送った。
孔明はその話を聞き、深く深くため息を吐く。
「わが君、兵士たちが言いたかったのはパワハラ、すなわち『パワーハラスメント』というものにございますな。」
「ぱわー、はらすめんと? またはらすめんとか。」
「さようでございます。『パワハラ』は、立場の上位にある者が、適正な範囲を超えて無理難題を押し付け、できなければ罵倒するようなことを申します。今の若い者には耐えきれますまい。」
「うむむ。」
「しかし、関将軍は義の厚いお方。熱が入りすぎているのでしょう。それが仇とならなければよいのですが・・・。」
余談だが、この後、関羽は力押しを推し進めた挙句に陸遜の計略に遭い、無念の最期を告げることになる。
➃虎威将軍・趙雲子龍の悩み
趙雲は劉備の命で、蜀の兵を統率していた。先の漢中での戦いでは、定軍山において危機に瀕した黄忠を救い出し、その功績で責任ある立場に就いていた。今日は領民たちがさまざまな陳述書をもって列をなしていた。
「趙将軍。こいつは人の女房を寝取り、そのうえ弟の女房にまでちょっかいをかけようとした。もう我慢がならねぇ、どうか、私闘をお許しくだせぇ。」
「ならぬ。私怨に駆られて愚を犯すな。」
「しかし、どうにも我慢がならねぇ!」
今日申し出てきた領民は、近所に住む優男に妻を寝取られたのだという。また、その優男はあろうことか男の弟の妻にまで近付き口説こうとしていたのだ。
他の将軍たちなら、このような他愛もない事は放っておくのであろうが、趙雲は生真面目な性格がゆえに、少しでも領民たちの助けになりたいと話を聞くようにしていたのである。
「お前の妻の言い分も聞こうではないか。」
「へぇ。」
男と入れ替わりに男の妻が部屋に入ってきた。
「お前は夫がありながら他所の男と不義密通を犯した。それは罪であるぞ。」
「あら、将軍様。お聞きしますが、うちの亭主は飲んだくれて働きもしない。あの男は生活に困った私に救いの手を差し伸べてくれただけなんですよ。あたしだって亭主がいるのはわかっちゃいますが、お金がなければ生きてはいけません。あの男は私と寝る代わりに、たいそうな額の金子を出してくれたんですよ。」
「ふむ。」
「お聞きしますがね。稼ぎのない亭主、子供たちはお腹を空かしている。でも、家には食い物を買うお金もない。そんな時、あたしが少しの間我慢してやれば、金が手に入る。家族が生き残るためにやった事さ。これは罪になるのかねぇ。それじゃ、働きもしない亭主は罪にはならないのかい?」
「うむむ。」
趙雲は困り、優男を呼び出した。
「お前は亭主のある女に言い寄り関係を持ったと聞くが間違いないか。」
「へぇ。間違いはございませんが、あの女は食うに困って途方に暮れておりました。あっしが養えればいいのですが、あいにくすでに女房がいましてね。一度の関係で終わらせる代わりに、当面の生活費を工面したんですよ。」
「亭主の弟の嫁にも手を出そうとしたと聞いたぞ。」
「それは誤解でございます。あの家は亭主もその弟も風来坊で働きやしねぇ。弟一家も同じように貧困に喘いでいたんですわ。あっしは少しばかり裕福な庄屋の家の者でしてね。同じように養うわけにはいかねぇが、同じようにすれば工面すると提案したんですわ。」
「金をやるのに女の抱くのがいい事とは思えぬ。」
「それは違います趙将軍。女どもは何も差し出すものがねぇので自分を差し出してきたんです。あっしだって鬼じゃねぇ。ですが、ただで金を渡せばまたせびられる。対価ですよ。対価。」
男の言い分もわかるような気がするが、なんともやるせない事である。趙雲は再び亭主の男を呼び出し、二人から聞いたことを伝えたうえで話しかけた。
「そもそもの発端は、お前が働きもせずに家族を養わなかったからではないのか?」
「酷ぇ。将軍はおいらが悪いというのですかい。」
「しかし、女房殿は働かずに稼ぎのないお前の為に身体を差し出したといっていたぞ。なぜ働かないのだ。」
「なんで男が働くと決めつけられなければならないんでしょうか。今まではそれでもうまくやっていたんだ。たまたま金が無ぇ時に引っ掛かりやがって。ほう、じゃあ、趙将軍は不義密通は致し方ないと、そうおっしゃるわけですかい。」
「い、いや。そうではないがな。」
「そりゃぁ、将軍はお立場もあり、金もある。おいらみたいな能無しの風来坊の気持ちなんざわかりゃしねぇでしょうよ。わかりやしたよ。おいらが悪いんですね。はいはい。おいらが悪いので、いっそここで斬ってくださいよ。女房に裏切られ、頼みの趙将軍はお前が悪いといわれ解決する気すらねぇ、もうこんな命にゃ未練もねえわ。将軍さんよぉ、早いところ殺してくれや!!」
男が開き直って怒鳴り散らかすものだから趙雲は頭を抱えてしまった。いったい、なぜ自分はこの男にこうまで言われなければならないのだろう。次第に気分が重くなっていくのを感じた。どうしたものか困り、とうとう劉備に相談をしてみた。
「子龍、お前は真面目で弱き者に優しく、なんとかしようと考えておる。今回のことはなかなか難しい問題であるが、なんとか男を説得し、女房と協力して家を支えるように説いてみてはどうか。」
そう言って対応するように指示を出した。
その話を聞き、孔明は困ったように微笑んだ。
「わが君。それは趙将軍も難儀しましたな。その男、カスハラと言われても仕方ありますまい。」
「かすはら? またなんとかハラスメントの略か。うん、わかったぞ孔明。加水分解ハラスメントの事じゃな。」
「はぁ。。。わが君、無理に無知を隠すのは愚君のやることですぞ。」
「ははは。冗談じゃ、カステラハラスメントじゃな。」
「カスタマーハラスメントにございますよ、わが君。カスタマー。つまりお客様の事でございます。この場合、趙将軍に相談をしてきた男がけっきょく悪いのですが、逆ギレして趙将軍に詰め寄った。挙句の果てには、すねて趙将軍に怒鳴り散らして無理難題を吹っ掛ける。困ったものですな。」
羽扇をヒラヒラさせながら、
「しかし、趙将軍は実直なまでの硬派な男。それが災いせねばよいがな。」
余談だが、趙雲は最期まで蜀に忠誠を誓い、決して劉備を裏切らなかったが、劉備の死後は劉禅への忠誠と劉禅の不甲斐なさへの憤りに挟まれ、生真面目な性格ゆえに死期を早めたともいわれている。
⑤左将軍・馬超孟起の悩み
馬超はもともと涼州の馬一族の長・馬騰の長子だったたが、馬騰が曹操の姦計によってほとんどの一族とともに討たれると、張魯を頼って漢中で再起を図るが、けっきょく蜀に降った過去があった。しかし劉備は、若いながらも曹操と互角以上の戦いを繰り広げ、あと一歩のところまで追い込んだ馬超の武勇を愛し、最上級の礼をもって蜀へ迎えた。青年馬超は劉備のその対応に感激して忠誠を誓ったのである。
五虎大将軍に任ぜられた後の祝宴の席で、末弟の馬岱は兄・馬超の出世を喜び、蜀でも有名な美女を取り揃えてその功績を讃えた。その酒席の事である。
「兄者。兄者も蜀の五虎大将軍、左将軍と大身になられた。そろそろいい嫁を貰ってはどうかと思って、国内でも選りすぐりの美女を集めました。どうぞお好きな女をお選びください。」
「岱よ。気を使わせてすまないな。そうだな、おれも嫁の一人や二人養えるようになった。いい女がおればいいがな。」
酒宴が始まり酒が入ると、馬超は酔いも回って気分がよくなってきてしまった。そして、先ほどから自分に酒を注いでくれる琳玲という女が気になって仕方なかった。琳玲は17歳の美女で、容姿端麗でスタイルも抜群、若いながらも妖艶さを兼ね備えたその姿に、馬超の心は虜にされた。
「おい、琳玲と申したか。おれの隣へ来い。」
「あれ、いけません。」
「お前はなんてかわいいのだ。なんというか、こう、とてもきれいだ。」
女性に免疫がなく、口下手な馬超は何とか琳玲を褒めようと言葉をつないだ。その近くで馬岱が頑張れと心の中でエールを送っていた。
「琳玲、もっと近くに来てくれ。そばにいてほしい。」
「あ、お止めくださいませ馬超様。」
「よいではないか。」
馬超は琳玲の手を取ると、半ば強引に自分のもとに手繰り寄せた。それを見ていた周りの将兵たちは、冷やかすようにもてはやした。
「そなたは美しいな。好きな男はおるのか?」
「いえ。そんな、そのようなお方は・・・。」
「そうかそうか。そなたのその美貌では男どもが放っておかないであろう。」
「いえ。そんなことはございません。」
馬超は酔った勢いもあってか、琳玲の肩に手を回した。肩回りをさすりながら、
「どうじゃ。おれのことは好きか?」
と声をかけた。琳玲は真っ赤になってうつむきながら、恥ずかしさのあまり手で顔を覆ってしまった。それを照れていると解釈した馬超は、肩に回していた手を琳玲の胸元に回そうとしたが、
「お、お止めくださいまし。」
琳玲はうつむいたまま立ち上がると、恥ずかしそうにそそくさと宴会場を出ていってしまった。その姿があまりにも愛らしく、馬超はじめその場にいた将兵は笑って盛り上がるのだった。
後日、琳玲の美貌が忘れられない馬超は、馬岱に銘じて琳玲の家に酒や着物や高価な調度品の贈り物をした。そして、もう一度会いたいから来るようにと使いを出したが、のらりくらりと返事をされてなかなか琳玲は顔を出さなかった。琳玲は地元でも大きな商家の娘で、その美貌は話題になっていた。
「琳玲に会いたい。岱、琳玲の家に行くぞ。」
「はい、兄者。」
二人は馬に乗って琳玲の家を訪ねた。すると、商家の主人が顔を真っ赤にし、怒り狂って二人を出迎えた。
「馬将軍! あなたは将軍の立場を利用して、公衆の面前で娘を辱めたそうですな! 娘は男が怖いと言って部屋から出ようとしなくなりましたぞ! セクハラだけでは気が済まず、ストーカーまでするとは情けない。面会もお断りしたはず、即刻おかえりくだされ! この件は陛下に苦情申し上げる!!」
それだけ言うと、主人は今まで送った酒や着物や調度品を馬超たちに押し返すと、固く門を閉ざしてしまった。自分を好いて照れていたのだと考えていた馬超にとってはまさに寝耳に水の話で、商家の主人の対応には目を丸くしてしまった。
「岱、せくはらとかすとーかーとはどういう意味じゃ?」
「さて、ようわかりませぬ。」
困った馬超は屋敷に引き上げると、弁解も兼ねて劉備に報告の書面を送るのであった。劉備のもとに馬超の使者が来るのと時を同じくして、商家の主人からの苦情の使いが城に到着していた。困った劉備は商家の使いに詫びを伝えて返すと、馬超には軍務に集中し、琳玲に関してはあきらめるように指示するのであった。
話を聞いた孔明は、大きく大きくため息を吐くと、
「わが君。馬将軍は若気の至りで過ちを犯しましたな。」
と話した。
「過ちか? きれいなおなごに惚れるのは男として仕方ないことであろう。」
「わが君、それを他の女衆の前で言ってはなりませぬぞ。セクハラと言われては蜀皇帝の権威は地に落ちましょう。」
「またもハラスメントか。今度はなんじゃ?」
「馬将軍が琳玲に行ったのはセクハラ、つまりセクシャルハラスメントにございます。」
羽扇を顔の前に寄せ、孔明はあきれたように首を振った。
「セクハラとは、性的な嫌がらせを意味します。相手が望んでいないのに性的な接触をするなど、決してしてはいけないことなのです。」
「馬超は琳玲が気に入ったからこそではないか。それに、どのみち妻になれば素っ裸にして・・・」
「わが君! それを奥方の前でお話すればタコ殴りにされますぞ。セクハラはじめ各種ハラスメントはこちらがどう思ったかではなく、相手がどう思ったかが重要になります。琳玲が嫌だと思ったのであればそれはもうセクハラになりましょう。」
「うむむ。では孔明、商家の訴えにあったすとぉかぁとは何のことだ。」
「わが君。少しは勉強なさいませ。」
そう言うと孔明は商家の訴状を取り出して説明した。
「馬超は琳玲に再三の贈り物をして、自分に会いに来るように要請したそうですな。琳玲はそれをやんわり断っていたようですが、こともあろうか馬超は商家にまで出向いて会おうとした。これは付きまとい行為になり、こういった相手の望まぬ行為は、ストーカーと言われて規制しなければいけないことでございます。」
「なるほどのぉ。」
「特に、馬超の行いによって琳玲は男嫌いになって外に出なくなったそうですな。これによって嫁に行くことができなくなれば、損害賠償を請求されても文句は言えますまい。」
「ふぅ。」
もう劉備はここまでのハラスメント騒動で目が回りそうになっていた。
「馬超も若いあまりに突っ走ってしまいましたな。わが君からは琳玲に固執せず、しっかり軍務を果たすようにご命令くだされ。」
余談だが、馬超は琳玲に嫌われたことでだいぶショックを受け、この数年後に47歳で亡くなっている。好かれていると思っていた琳玲に振られたショックは大きく、けっきょく馬超は女性不振に陥り、生涯妻は取れなかったといわれている。
劉備は成都の城壁から蜀の国を眺めた。田舎でむしろを織って生計を立てていた貧乏な時代から、天下を三分し、その一方の皇帝にまで上り詰めた劉備だったが、時代の流れと若い者の考え方の変化に付いていくのを難しく思っていた。
晩年、若い者に軍務を強要すればパワハラと言われ、無理を押し付ければ老害と罵られ、女に逃げればセクハラと言われることを恐れた劉備玄徳は、自らの考えひとつで行動するようになり、やがてそれは夷陵の戦いでの大敗を招き、白帝城で失意のうちに崩御する事になる。
その後、劉備が生涯をかけて築き上げた蜀は、孔明やその後継の姜維が必死に守ろうと戦い続けるも、愚君・劉禅の突然の降伏によって魏に吸収されて無くなるのであった。劉備が蜀漢を建国してわずか42年後の事であった。余談だが、劉禅は愚君で自ら考えることはせず、酒色に溺れ、悪意を持った側近の言いなりだったという。劉備に対してこうまで劣った人物になってしまったのを、晩年の孔明は姜維にだけこう分析し話していた。
「長坂の戦いの折、曹軍100万の軍勢をただ一騎で駆け抜けてお守りした劉禅様であるが、わが君は、子はまた成すことができるが、よき将はそうそう手に入るものではないと言ってな。趙将軍を労うと同時に、将軍を危険にさらす原因となった劉禅様を投げ捨てたのじゃ。その時、打ち所が悪かったのかもしれぬなぁ。。。」
そう言って、悲しそうに天を見上げたことがあったとかなかったとか。蜀漢の広大な自然の山々はそれを見て何を思ったのか、今も黙して語ろうとはしなかった。
終わり
最後までお読みいただきありがとうございました。
職場で先輩と各種の『ハラスメント』が三国志の時代に横行していたら、
そんな話をしていて思い付きで書きました。
はい。
正直言って時代背景とか細かい設定は完全無視しておりますので、
『三国志はこういう話じゃないだろう! (# ゜Д゜)』
とお怒りの方は、ぜひ横山光輝先生の『三国志』を読み直し、
この素晴らしい時代に浸ってください。
ちなみに!
私、水野忠は『三国志』が大好きであり、
中でも諸葛亮孔明と趙雲子龍は『W推し』で好きであることを追記しておきます。
あしからずご了承くださいませ。。。
m(__)m
では次回作で。
また。