26『無冠の英雄』
革鎧を着込んだエーブルとユイールを連れてアクレイ達は宿を出ると、酒場と宿の二階を繋ぐ連絡通路の下をくぐって酒場の裏に向かう。
そこには大きめの広場があり、そこでは大勢の男たちが剣や槍を手に鍛錬に勤しんでいる。
「ここは?」
その様に圧倒され、呆けた様子で尋ねるエーブル。
「ここはね、普段はうちが雇っている戦士の人たちが体を鍛えているところなんだけど、酒場の催しの会場になることもある場所だよ。
酒場の人はいつか人を集めてビアトロさん
の弾き語りとかを開きたいとか言っていたんだけどね」
ラトがそんなことを言っていると戦士たちの中からこちらに気づいた一人が歩み寄ってくる。
それは軽装の革鎧に身を包み、腰に訓練用の剣を下げた女性。
「あら?あなた達、何しに来たの?」
「お母さん!」
歩み寄ってきた女性を見たラトの声が上ずる。
「この人は?」
「エニアス・スリエード。ラトの母親であり、スリエード商会が雇っている戦士達を束ねている団長。そしてかつての教団との戦いで陰ながら功績を上げた『無冠の英雄』の一人」
ユイールの言葉に答えたアルザーに女性、エニアスは肩をすくめる。
「……わたしなんかが無冠とはいえ、英雄に数えられるのは気恥ずかしいのだけどね」
「だが、かの大戦時、今のガシオン公らと共に物資の輸送や情報の伝達、避難民の護衛などをこなしたのは確かだろう?故に今この商会があるのだから」
「でも家事は全然だけどね」
「うっ」
アルザーの言葉にラトが茶々を入れるとエニアスの表情が固まる。
「料理はできないし」
「あの時は旅から旅でいつ敵に襲われるか分からなかったから、簡単に煮焼きして食べるほうが良かったの!」
「外套や装備の修繕だってお父さんの方が上手いし」
「外套なんて暑さ寒さをしのげれば充分!武器や盾だって有り合わせでなんとかできたのよ!」
「お父さんが言っていたんだよね、昔は全身鎧兜で身を包んでいて華がなかったって」
「だから当時はそういう時代だったの!今はちゃんとそういう格好だってするし、社交界のしきたりだって習ったわ!」
「でも、その格好のほうがいいんでしょ?」
「そりゃあ、この格好のほうがしっくりくるのよ、動きやすいし……」
「ふふふ〜」
言い訳をする母をにこやかに見つめる娘、その視線に気づいたエニアスは、娘を睨みつけ眉をつり上げる。
「ラトゥ〜ニ〜」




