122 雷神の盾(トブロ・カスピナ)
そしてその溝は盾を手にしていたアルザーに向かって伸び、アルザーの立っているところで斜めに逸れると、スカータ・オシュに向かって延びている。
しかもその溝は大河を横断し、対岸にまで及んでいるようで、溝には川の水が流れ込み、地をえぐった裂傷の赤熱した部分に触れてもうもうと蒸気を発している。
「やはり穿光の一撃も弾くか……とすればその盾は我らの角鱗を用いたもの。ならば『雷神の盾』を生み出せるのも道理か」
「トブロ・カスピナ?」
「聞いたことはあります。トブロルネ。それは大いなる冬の時代に存在したと言われる雷の神の名。そしてカスピナは神々の世界で盾を指す言葉」
「だから雷神の盾というわけか」
「ああ。それは先程奴も使った竜族が使う防御の術だ。普段は鱗でことたりるからめったにはつかわぬが」
竜の放った聞きなれない単語に首をかしげるルアンスの疑問にアルザーとビアトロが答える。
「……人よ、人の子よ。主らに問いたい」
唐突に竜がアクレイたちに問いかけてくる。
「何故我に挑む?村人に請われたから……ではあるまい。竜退治の名誉のためか?」
一同の間にしばしの間、沈黙が流れる…がやがてその言葉にアクレイが答える。
「あの子供達に頼まれた、だから来た」
アクレイの短く簡潔な答えに竜の眼がわずかに開かれる。
「あの子供……主らがつれていたあの子らか……それだけか?」
「ああ」
「あの子らと主らの関係はなんだ?なんの関わりがある?」
「ない、行きずりの間柄だ」
再びの問いに即答するアクレイに竜はしばし無言になるが、
「……何ら関わりのないもののために主はその身を張ると言うのか?」
その問いにアクレイはしばしの沈黙の後、答える。
「……今の俺には帰るべき故郷も守るべき家族もない。だが、そんな俺にも生きていてほしいと望む人達がいる。
俺は、俺自身はその望みに値するのかを知りたい。
今の俺の力で何ができるのか、何かをなし得るのか、誰かを守れるのか……それを知りたい」
「だからあの子らを助けると?」
竜から投げかけられたその問いにアクレイは首を振る。
「それだけじゃない、俺にとってあの子達はかつての俺と同じ、大事な人を守りたいのに守れないでいる。あの子らを助けることはかつての俺自身を救うことと同じ。そう感じた、だから」
竜を見上げる小さき人間。しかし、その目は竜を見据え、曇るところがない。
「他人を救うことが自分自身を救うことになる……そういうことか」
そうつぶやき、アクレイを見下ろす竜のまなざしは不思議と穏やかであった。
「……ああ」




