10 一仕事終えて
三人が蹄鉄を片付け、浄化に使った荷物を馬に載せ始めた頃にアルザーとサジンが洞窟から出てくる。
「無事に終わった」
「皆様、ありがとうございました」
「ジョルトが待ってるよ、早く戻ろう」
「ああ」
そう言いながら五人は荷物をまとめ、洞窟をあとにする。
森を貫く街道から少し離れた開けた広場、そこに一台の馬車が停まっている。
そのそばには剣を腰に帯び、革鎧を着た一人の男が時折、あたりを見渡しながら火を起こし、馬車に積まれた保存食の入った樽を取り出して食事の用意をしながら待ち人達の帰りを待っていた。
そこに草木をかき分ける音がし、森の中からビアトロ達が姿を表す。
「ラト様、それに皆様。ご無事で何より」
男は手を止めて近寄ると深々と頭を下げる。
「ジョルト」
「皆様お疲れでしょう、村に戻る前にここで一息入れてはと思い、用意をしておりました」
彼はジョルト、主にラトの従者として彼女の家、スリエード商会に仕えるものである。
「そうですね」
ビアトロ達は馬から荷物を下ろすと、兜や外套等を脱ぎ、円陣を組んで広場に腰を下ろす。
しかし、彼らの傍らには鞘に収められた剣が置かれており、完全には気を抜いてはいない。
「ありがとね」
その間、ラトは荷物を下ろした馬を馬車に繋ぎ直し、労をねぎらうかのように飼葉を与えてからビアトロたちに倣う。
「サジン殿も。一息いれてからお送りいたします」
そう言うジョルトは葡萄酒の入った盃を司祭に差し出す。
「これはありがたい」
「はい」
ラトとジョルトは手分けしてビアトロ達に小麦練餅とはちみつ入りの牛乳が入った盃を渡す。
小麦練餅とは小麦をこね、発酵して膨らませたのを焼いた彼らの主食である。
「ここに来る前に調達したんだ」
「柔らかいな」
小麦練餅を一口かじったアクレイの何気ない一言ににラトが笑顔でうなずく。
「うん、今朝焼いてもらったんだ、日保ちしないから早く食べてね」
サジンが渡された小麦練餅に頭を下げる。
「小麦練餅は天上の主からの贈り物、ありがたくいただきます」
それを見ていたアクレイがポネをかじりながら口元を緩ませる。
「どうしたの?アクレイ?」
「いや、懐かしいなと思って」
アクレイが手にしていた小麦練餅から視線を上げ、ラトを見る。
「俺の家は代々教会からの許しを得てポネ焼き窯の管理していたから」
「……そうだったんだ」
自身の事を語ってくれたアクレイが嬉しかったのかラトの表情がほころぶ。
「村の事、思い出させてしまいましたか」
「いや、気にしないでくれ」
アクレイの事情を知るビアトロが探るように尋ねるが、アクレイは首を振る。
「小麦練餅を見ていちいち思い出していたらきりがないからな」
「そうですか」
アクレイの様子にビアトロの表情が和らぐ。
と、そこに会話が途切れるのを伺っていたらしいサジン司祭が声を上げる。
「皆様、私はこれから司祭としての責務である祈りを捧げたいのですが、どこかに一人になれる場所はないでしょうか」
「ではこちらに」
サジンの言葉を聞いたジョルトが馬車の中に案内する。




